69.お前も舌だけは信用できるからな
ソンジュ達三人はワイトの案内で宿に向かう。
その宿は大通りに面した場所にあった。さすがに高級ホテルとは言えないが、それでもそれなりの宿のようだ。
やはりワイトは一代爵であっても貴族として振舞っていたようだ。貴族が場末の宿に泊まれる訳がない。それは爵位を与えてくれた王家を馬鹿にしているのと変わらないからだ。
ワイトは宿の受け付けに部屋を頼む。やはり現平民とは言えど、橋を架けるために一季ほど泊まっていたからだろう。受け付けもワイトのために部屋を抑えてくれていたらしい。
そして三人は部屋に案内される。
部屋内を見回しながらユウは呆然としている。
四つのベッドが十分な間隔を取って並べられている。ベッドの先も広い空間が取られており、大きな机とソファらしきものまで設置されていた。
たぶんこの宿で最上級の部屋なのだろう。
ユウはよくもこの部屋を代官の家族に借りられなかったものだと思っていた。
ソンジュも少し呆れた様子でワイトに話し掛ける。
「さすがにこの部屋はないんじゃないのか?」
「いや、本当に空いてる部屋がここしかねえんだ。宿代は俺が持つから勘弁してくれよ」
「別にお前に払わせようなんて思っていないさ。確かに安全なのは間違いなさそうだからな。ユウ、部屋も確保した事だし食事に行こうか」
「あ……うん」
未だ呆然としていたユウがソンジュに答える。
だがワイトが少し申し訳なさそうに二人に告げる。
「あー、それなんだがよ。ちょっと知っている奴があの移動中の代官達の中にいたんだ。すまねえ。俺はこの街の代官とそいつに挨拶しておきてえから晩飯は一緒できねえ」
「お前は別に一緒でなくても構わないのだが。そうか、お前には貴族の知り合いがいるのか。ああ、お前も少し前まで貴族だったな」
「一緒じゃなくても良いって……冷てえな。まあ、この街の代官は橋を架けた時に世話になったしよ。それからその時に指揮を取ってた奴がいたんだ。たぶん橋を無事架け終えた褒美として代官に任命されたんだろうな」
「なるほどな。だが軍を脱走したお前に会ってくれるのか?」
「だから俺は脱走兵じゃねえよ! 本当はこの街の代官だけなら放っておいても良かったんだが二人揃っているとな。まあ、無視されるかもしれねえけどよ。言付けだけでもしておきたくてな」
「ふむ。それなら私達が一緒だと駄目だろうな。冒険者に異国人なんて連れて行ける訳ないだろうしな」
「赤弧狼が一緒だと歓迎してくれそうな気もするんだがよ」
「冗談だろう? 私は代官になんて会いたくないぞ」
「分かってるよ。とりあえず美味そうな店は教えておくから、そこにでも行ってくれねえか?」
「そうしようか。お前も舌だけは信用出来るからな」
「……舌以外は信用出来ねえのかよ」
三人は宿の受け付けに挨拶をして外出する。
宿の前で、ワイトはこの街の代官の屋敷に、ソンジュとユウは料理屋に向かって別れる。
ワイトに紹介された店の料理は結構美味しかった。やはり彼の舌だけは信用しても良いのだろう。
二人はゆっくりと料理を食べながら半刻ほど費やす。そろそろ夕一刻になる頃に店を出て宿に戻った。
宿の受け付けに確認を取るとワイトはまだ戻っていないらしい。
どうやら代官に無視されて追い返されたりはしなかったようだ。もしかすると代官と食事を共にしているのかもしれない。
ソンジュは湯を一桶だけ頼む。さっき浴場に行ったのだ。さすがに身体を拭く気はない。衣類を洗うためだけだから一つで問題ない。
そしてソンジュはいくつかの衝立も一緒に頼んでいる。やはりワイトのベッドを囲んでしまう気らしい。
二人が部屋でしばらく寛いでいるとノックの音がする。
ソンジュが扉を開くと、湯桶をもった男と衝立を持った男の二人が立っている。さすがに一人では全てを持ってこれなかったようだ。
もしかしたら女性二人しかいない部屋なので、何度も扉を開けさせるのに躊躇したのかもしれない。やはり気遣いの出来る女性でも安心して過ごせる宿らしい。
ソンジュは湯桶と衝立を受け取ると扉に閂を掛ける。
帰ってきたワイトがノックもせずに開けるかもしれない。ラッキースケベなんて彼女達は許す気はないのだ。
先にユウが衣類を洗う。もちろん裸体にポンチョだけを被った姿になる。
ソンジュが一緒の部屋にいるのだ。もしワイトが悪心を起こしても問題ないと信じているのだ。
そしてソンジュが衣類を洗う。彼女も下着を脱いで素肌に服を纏った姿だ。その豊満なスタイルが浮き彫りになっている。
ソンジュもユウが麻痺の魔法を使えるのを知っている。いざとなれば一晩ワイトを麻痺させておけば良いのだ。
二人が衣類の洗濯を終えてソファで寛いでいるとノックの音が聞こえた。
ソンジュが扉を開けるとワイトが立っている。二人が先に帰っていることを受け付けに聞いたのだろう。
女性がいる部屋にノックもせずに扉を開けるような真似は、さすがにワイトでもしなかったようだ。
ワイトは部屋内を見回す。そして端のベッドの一つが衝立で囲まれているのが目に入る。
思わずワイトの口から溜息が零れる。
「あー、うん。あそこが俺のベッドだよな。……分かってたけどよ」
「結構時間が掛かったようだが? ちゃんと会えたのか?」
「まあな。新たに代官に任命された奴も、この街の代官屋敷に泊まるみてえでな。おかげで纏めて挨拶できたさ」
ソンジュとユウから視線を逸らしながらワイトは話をしている。
さすがに身体の線が浮き出ているソンジュやポンチョだけを纏ったユウは、ワイトにとって刺激が強かったようだ。
気を抜くと二人を凝視しそうになるので、必死に見ないようにしている。
どうやらワイトの知り合いの貴族達は平民だからと見下さなかったらしい。共に橋の建造に関わっていたのだ。
他の魔法兵達は一旬くらいで交代している。魔法兵を土木作業に使うなんて、と散々不平を零しながら。
なのにワイトは丸々一季を、橋の建造開始から完成までを手伝っていたのだ。
この街の代官にしても、現場指揮を取っていた新規代官予定の貴族にしても、ワイトの方を気に入るのは当然だ。
このようにしてワイトは数多の貴族達に伝手が出来てきたのだ。ワイト自身は意図してはいなかったのだろうが。
魔法兵を続けていれば本当に羽柴筑前のようになれたのかもしれない。
「それでまあ話のついでに王都の情報なんかも仕入れてきたんだがよ」
「ほう。何か面白い話でもあったのか?」
「いんや。特に面白い話はねえんだが。……ただ眠り病の報酬が上がり続けている理由が分かったよ」
「あの依頼か。特に興味はないんだがな」
「まあ仕方ねえさ。調査と言っても何を調べるのかすら分かんねえんだしよ」
「それで、ワイト。その理由ってなんなの?」
やはりユウは眠り病に興味があるようだ。
たぶん発症の時期的にも自分が関係しているとは思えないが、それでもこの世界に来てから刻々と上がっていく依頼報酬が気になっている。
最初はソンジュに教えられた戒めの依頼だと考えていたくらいなのだ。
「ああ……村が三つ滅んだらしいぜ……」
「え!? 滅んだって眠り病で?」
「伝染性だったのか?」
「いや、その三つの村は相当離れていたようだ。生き残った村人も数人いるって事だしよ。そいつらが街に逃げてきて報告したらしいぜ。村が滅んだのも同じ日じゃねえしよ」
「生き残った村人達って眠り病になってないのね?」
「ああ、しばらく隔離されてたみてえだがな。ちゃんと生きてるってよ」
「それらの情報が何回かに分かれて王都まで届いたと言うことか。それで毎日のように報酬が変わっていったのだな?」
「そういう事だ。あの代官達の馬車も多すぎると思ったが、調査員も随行しているみてえだぜ。どうやら街ごとに近隣の村を調べるためによ」
「ならば冒険者に対する依頼も増えそうだな。各村々の眠り病患者の数や、もしかしたら他に滅んだ村がないかを確認するための依頼が」
ちょっと待ってよ! ソンジュもワイトも淡々と話しているけれど、それって大事じゃないの!?
この世界のこの国の村の人口ってどれくらいか分からないけれど、生き残りが数人って罹患率が九割越えなんじゃないの? 村が滅ぶなんて本当に伝染病じゃないの?
あ、でもどこかを起点にしてるんじゃなくて複数の場所で発生しているなら違うのかもしれないわ。ソンジュもワイトもそう言っていたじゃない。
「ねえ、その村っていつ滅んだの?」
「遠方の村は報告が遅れるしな。半季ほど前ってところか。行商人すら滅多にいかねえところだと滅んでいる村ってもっとあるのかもしれねえな」
「それは本当に村だけなのか? 都市部でも隠されているだけでもっと患者は多いんじゃないのか?」
「どうやらそうらしいぜ。代官達から聞いた話だと眠り病の患者は百人に一人はいるんじゃねえかな」
「えええ! それって非常事態でしょ! どうして二人共そんなに落ち着いていられるのよ!」
「って、言われてもな。確かに怖いけれどよ。伝染性もねえし予防できるかも分からねえしな。魔法で治療も出来ねえって事だし、どうしようもねえだろ」
「そうだな。神に祈るしかないだろう? 本当にそんなものが存在しているなら、この状況をどうにかしているだろうけどね」
……やっぱり死生観の違いなのかな。
ソンジュもワイトも危険な死病だと分かっていても気にしていないみたい。ううん、運命だって諦めているのかな。
でもなぜか分からないけれど、どうしても私はその病気になるとは思えない。それにこれも不思議なんだけど、ソンジュも大丈夫な気がするわ。
だけどワイトは違う。彼は眠り病に罹るかもしれない。
ワイトが眠り病で倒れたりしたら私は取り乱すかもしれないわ。別にワイトに気がある訳じゃないけどね。




