68.つまりお前は橋の下と言う事だな
三人で大通りを歩いていると、不意にワイトは何かに気付いたようだ。
そして慌てたように叫び声を上げる。
「いけねえ! しまったぜ、そんな時季だったか」
「どうしたの? そんなに慌てて」
「ああ、あの馬車の連なりか。春先の季節だしな」
「え? え? どういう事?」
「あの馬車には新たに赴任する代官なんかを乗せてんだよ。当然家族や使用人なんかも連れてな」
「それでどうして慌ててるの? ワイトは脱走兵だから手配されているとか?」
「だから俺は脱走兵じゃねえって! 違えよ。あの連中は年金付与で下級とは言えども、れっきとした貴族なんだよ」
「えーと……つまり?」
「ユウは今まで私達が泊まった宿を覚えてるかな? それなりの商人や下級貴族が泊まるような宿だっただろう?」
「あの馬車の数だ。乗ってるのも一家族や二家族じゃねえ。それこそ十近くの貴族がいるんだろうさ」
「もちろんこの街の代官の屋敷にも泊まる者はいるだろうが、無理しても二家族が限界だろうな」
「あ! 安心して泊まれる宿がなくなるって事!?」
「まずったな。橋を渡ってすぐに部屋を予約しておくべきだったか」
ワイトの言葉通りに馬車の群れが大通りに止まっているのが見える。商人が使うような荷馬車ではなく、屋根の付いた人を運ぶための馬車が何十台も。
それもいかにも贅を尽くしたかのような立派な馬車がだ。貴族御用達の馬車なのだろう。
年初に当たる春先のこの時季に代官の大移動が起こるのだ。新たに代官に任命された貴族達がそれぞれの任地に向かうのだ。
安全面を考えて複数の貴族達が纏まって行動するのだ。
一家族毎だと襲われる危険性も高い。だがある程度の数でそれなりの人数の護衛がいる状態だとその可能性も低くなる筈だ。
一家族で一人の護衛を雇ったとしても、十家族もいると計十人もの護衛がいるのと同じなのだから。護衛に掛かる費用も安く済むのだ。
だから副都辺りまでは纏まって移動して、そこから先で各々の任地に向けてばらけるようになるのだろう。
そして下級とは言えども彼等は貴族なのだ。一部は代官屋敷に逗留するのだろうが、それでもあぶれた貴族達は当然それなりの宿に泊まるだろう。
女性でも安心して泊まれるような宿に。
そしてそのような宿をソンジュ達も選んでいるのだ。
「でも予約していても追い出されたりしないの?」
「まともな貴族ならそんな真似はしねえよ。先に予約している奴を追い出す? この街の代官や王都の者達にそんなふざけた行為をしたと報告されてみろ。即座に代官を解任されて呼び戻されるだろうよ」
なるほどね。この世界の、この国の王の施政はまともなようだわ。ノブレスオブリージュ、貴族の義務なんかは確りしているみたい。
それに代官に任命されるのなら王家の直臣なんでしょ? 下手に馬鹿な真似をすると王家の評判を落とす事になるって分かっているのね。
でもそうなると私達が泊まれる宿はどうなるのかな?
「とにかく俺は馴染みの宿を幾つか廻ってみる。それで部屋が空いているか確認してくるからよ。ちょっと待っててくれねえか?」
「ああ、分かった」
そう言ってソンジュは辺りを見回す。そして一軒の茶屋に目を留める。
「そうだな、私達はあの店で待つことにする。お前はさっさと開いている部屋を確認してこい」
「ええと、ごめんなさい。私がお風呂でのんびりしていたせいよね……」
「いや、それは関係ねえよ。たぶん使用人なんかが先にこの街に訪れて部屋を確保してたろうしな。それこそ朝一にでもこちら岸に渡ってねえと無意味だったろうからな。そんじゃ行ってくるわ」
そう言ってワイトは走り出す。ユウのせいではないとだけ告げて。
ソンジュとユウは近くにあった茶屋に足を向けた。相変わらずユウは注文をソンジュに任せている。
ソンジュは適当にハーブティーを二人分頼んでいる。もうすぐ夕食の時間なのでお茶だけだ。この店も少し時間が経てば夕食を出すのだろう。
代官の入れ替え時季に遭遇するなんて不運だったわね。
でも、そうか。今が引越しシーズンだったのね。
って、おかしくない? 日本だったら四月が年度初めだから分からなくもないわよ。まさかこの世界は春の訪れで新年になるの?
「ねえ、ソンジュ。もしかしてこの世界って春分……日の出ている時間と日が暮れている時間が等分になったら年明けなの?」
「ああ、この国ではそうだな。どこかの遠方では最も日が出ている時間が短い時を年の起点にしている国もあるそうだけどね」
「やっぱり陽が再生するように思えるから?」
「その国ではそうなのだろうな。この辺では昼と夜の時間が逆転するのを再生と考えてるんだけどね」
なるほどね。再生って言うのも太陽が出ている時間が最も短くなる時か、昼夜の長さが逆転した時かの違いなのね。
でも正直言うとこの国の方が良いと思うわ。真冬に新年を迎えるのって辛いものがあるもの。
現代地球でも春先で温かくなってから新年だと良かったのにね。
二人でお茶を飲みながらしばらく待っているとワイトが戻ってくる。
ただその表情はあまり明るいものではないようだ。
「遅くなって済まねえな。宿なんだが……ほぼ全滅だったよ」
「ほぼ、と言うことは空いてる部屋もあるのか?」
「一応抑えてはいるんだが……四人部屋なんだよ。貴族連中はホテルなんかを利用するんだが、使用人のために部屋を取ったみてえでな。二人部屋は軒並み埋まってたんだが、かろうじて四人部屋が空いてたんだ。他の宿は埋まってたし、残っているのは底辺の宿か連れ込み宿くれえだしよ」
「なるほど。つまりお前は橋の下と言う事だな。良かったじゃないか。お前が架けるのを手伝った橋の下なら本望だろう?」
「ちょっ! 待ってくれよ! 『四人』部屋だって言っただろうが。俺は絶対何もしねえからよ」
「その宿では強靭なロープを貸し出しているのか?」
「だから、待てって! 最初の宿でも俺は何もしなかっただろ? 少しは信用してくれよ」
その遣り取りにユウは首を捻る。
ユウは最初にワイトと同室だった時は気を失っていたのだ。直前に行なわれたソンジュとワイトと宿の女将の会話など知りようもない。
目覚めた時にはワイトも同じ部屋にいたのだから。
「ねえ、ロープってどういう事?」
「同じ部屋に泊まるならワイトを縛っておくのに必要だろう? 最初の宿でも用意して貰ってたんだよ」
「でも魔法使いのワイトには無意味じゃないの? それなら私が麻痺させておいた方が良いんじゃない?」
「待て! 待て! 待て! そっちの方がきついだろうが!」
ワイトは顔色を変えてユウを止める。
確かにユウの麻痺は呼吸も出来るし心臓も止まったりはしない。だが指一本動かせなくなる。寝返りすら打てなくなるのだ。
いくらなんでも一晩中そんな状態で過ごしたくはない。
だからワイトは必死になって二人に懇願する。
「俺は本当に何もしねえって。身体を拭く時には外に出てるしよ。……って、今日は風呂に寄ったから不要か?」
「馬鹿な事を言うな。確かに身体は拭わないだろうが洗濯はするんだぞ」
「そうよ。私達の下着を見たいって言うの?」
「なら最初の宿みてえに衝立で区切るのでも構わねえからよ。頼むから見捨てねえでくれよ」
必死な様子のワイトに、ユウとソンジュは顔を見合わせる。
半分からかって楽しんでいるに過ぎない。二人共ワイトがそんな真似をするような男でない事は分かっているのだ。
実際に冒険者パーティーでは男女同室なんてよくある事なのだ。もちろんそんな関係でなくてもだ。
深い溜息を吐きながらソンジュは告げる。
「仕方ないか。今日は不測の事態だしな。だが少しでも変な真似をすれば朝日は拝めないと思え」
「切り落とすのでも良いんじゃない?」
「何をだよ! 怖えよ! ……とにかくあの部屋を借りて良いんだよな。なら行ってくるよ」
「いや、私達も向かおう。一応確認しておきたいしな」




