66.少し壁になってくれる?
橋を渡り終えて王都側の岸に着いたところでワイトが二人に話し掛ける。
「それじゃまずは昼飯にしようぜ。こっちの岸だと……あの店で良いか。料理屋は任せてくれねえか?」
ソンジュとユウも肯いている。
この街で土木作業とは言えども、一季を過ごしたワイトの言葉だ。今まで案内された店を考えても、ワイトが勧める店なら問題ないだろう。
ワイトに案内された店で昼食を取る。
昼二刻に入る頃までゆっくりと休憩を取りながらその店で過ごしていた。
そして公衆浴場が開くまでは、向こう岸でと変わらずに街を見物している。
とは言っても、河を挟んでいてもそんなに変わりはない。建物にしても通りの様子にしても、今までの街とそんなに違いはないのだ。
ユウですらあまり興味はないようだった。
ソンジュの提案でこちら岸のギルドにも顔を出す。
だがリーノピの報告は向こう岸で済ませている。もし連絡する必要があるなら、向こう岸のギルドの者が行なっている筈だ。
ワイトとユウを掲示板の傍に残して、冒険者資格を持つソンジュだけが受け付けで近隣の情報を聞いている。
向こう岸のギルドの副長を信用していない訳ではないが、まだ向こう岸に届いていない情報があるかもしれないからだ。
ユウはまた掲示板に残された依頼を眺めている。
あれ? こちら岸でも戒めの依頼ってリーノピ退治なんだ。
もしかしてリーノピって水辺に近いところに出没する魔物なのかな? だから河の両側で同じ依頼にしているのかな?
ワイトのあの戦法だとリーノピの遺骸の痛みも激しいものね。お肉の買取なんかはしてくれないでしょ。
百八十匹を越えてるのに総額で百五十レイにしかならないって言ってたもの。一匹辺り一レイ以下?
遺体の買い取りをしてくれるって事は食べられるんでしょうけど。でも運ぶ手間を考えたらやっぱり赤字よね。
討伐報酬だけでも足が出るだろうし、やっぱり戒めの依頼なんだ。
眠り病の調査依頼……また最高額が上がってる? 最低保障は変わってないようだけど。
なんだろう……私がこの世界に来てから上がり始めたの? もしかして私が関係しているの?
でも数年前から流行りだした病気だってソンジュは言ってたわよね。ワイトも最新情報だと数千人に一人とかって言ってたもの。
私が来る前から存在していた病気の筈だから私は関係ないと思うんだけど。
ソンジュが二人の傍に戻ってくる。どうやら特に変わった様子はないらしい。
そしてギルドを出て公衆浴場に向かう。時刻は昼三刻を少し越えたくらいか。
ワイトの話だと既に開いているだろうとのことだ。浴場の場所はワイトが知っているらしい。
公衆浴場はいくつかあるらしいが、ユウの要求で絞られている。
もちろん混浴はダメと念を押している。
ワイトは最初は安い、と言ってもそこそこの食事一回分の値だが、混浴の浴場を案内しようとしていたのだ。
何が悲しくて、ゆったりとお風呂に浸かりたいのに混浴を選ばないとダメなのかとユウはワイトを叱りつけていた。
それから清潔である事だ。
身体や髪を洗ってゆったり浸かりたいから風呂に行くのに、浴槽が汚れていたり風呂の水が毎日変えられていないなら意味がない。
つまりユウは日本式の浴場を要求しているのだ。
ユウはやはり分かっていないのだろう。中世ヨーロッパのような世界で日本式の銭湯を希望する。それがどんなに無茶な事かを。
さすがにソンジュもユウの言う事に首を捻っている。ワイトに至っては尚更疑問だろう。
だがユウの要求を満たすべく、そう言った浴場にワイトは案内する。
そこは料金も通常の倍以上は楽に掛かるような、屋敷に風呂が無いような下級貴族や上級の商人が使用するような浴場だった。
脱いだ服や荷物や金品も個別に預かってくれるような浴場だ。安心や安全を金で買うといった感じだろう。
ソンジュとユウはワイトと別れて入り口に向かう。この浴場は入り口から男女に分かれているようだ。
入った先は廊下のようになっている。廊下の先の方は内側だけ開いている。外から覗かれないように目隠しの壁になっているらしい。
ソンジュとユウの傍に女性が近付いてくる。受け付け係だろう。日本の銭湯のように番台があって、そこに陣取っているのではないようだ。
彼女は少し訝しげに二人を見ている。ここは一般冒険者が訪れるような浴場ではない。それなりの値が掛かるのだ。もっとも代金さえ支払ってくれるなら、相手が冒険者でも区別や差別はしないのだが。
近付いて来た女性にソンジュが声を掛けた。
「不審に思うのも仕方ないだろうな。安心してくれ、ただの客さ。そうだな、これを見てくれないかな」
そう言ってソンジュはギルド発行の認識票を見せる。ランク五だと分かる認識票をだ。
それを見た受け付けは恭しく頭を下げる。
彼女だってランク五の冒険者の認識票など初めて見るのだ。それでも認識票を見れば、声を掛けてきた女性が相当高位の冒険者だと分かる。
ランク五の冒険者ならこの浴場の支払いも余裕だろう。ランク五の冒険者を雇うなら一回の依頼料で千レイは用意しなければいけない、と噂されているのだ。
受け付けを安心させるために、ソンジュは先に料金を支払う。もちろんユウの分も合わせて二人分だ。
そして廊下を進み開かれた先に進んでいく。そこは脱衣場のようだ。ちゃんと脱衣場と浴槽のある部屋で別れているらしい。
見回すと脱衣場には椅子が置かれている。湯上りの客が休むためだろう。
明かり取りのための窓が何箇所も開かれている。外から覗かれないように高い場所にだ。おかげで室内でも暗くはない。
そして幾人かの店員が壁の傍に控えている。当然男性などはいない。
その女性達の一人はきっちりと服を着ている。彼女は客の荷物を預かるためにいるのだろう。彼女の背後にはいくつかの箱のような物が置かれている。そこに客ごとの荷物を納めるのだろう。
他の者は背中を流したりする湯女なのだろう。脱ぎやすそうな服を着ている。
もちろん彼女達は性的サービスを行なったりはしない。ここは男女で分けられた浴場なのだから。
他の客はまだいないようだ。
ソンジュは気にせずに服を脱いでいく。下着代わりの布も外して完全に裸体を晒している。
ユウはその姿に思わず見惚れてしまう。
うん、ソンジュって本当にスタイルが良いわね。なんて言うのかな。出るところは出ていて、引っ込むべきところは引っ込んでいるって感じ? 悔しいなんて思いもしないわね。
それにこの身長の高さだもの。もう少しスレンダーなら、モデルにだってなれたんじゃないかな。
あれ? でも身体に傷なんかは見当たらない? ソンジュって剣士だよね? 前衛の冒険者じゃないの?
ああ、そうか。魔法使いがいる世界だものね。ワイトの膝のように表面の怪我なんかは魔法で治しているんだ。
魔法士も全員が軍属って訳でもないようだしね。
ワイトのように除隊した魔法使いもいるんでしょ。たぶん治癒魔法使いの中にもそう言った人はいるんだろうな。
だけどそうなるとマンガや小説なんかで、ギルドマスターなのに顔に大きな傷痕が残っているのっておかしくない?
ギルドの長にまで上がったんでしょ? なのに治癒魔法に掛かるお金が無い訳ないわよね。
やっぱり記号、と言うかパターンなんだろうな。
厳つい顔をして顔面に大きな傷が残っていると強そうに思えるもの。それでギルドマスターと言われたら納得するからね。
「ユウは脱がないのかな? もしかしてユウの『住んでいた場所』では人前で肌を晒すのは良くない事なのかな?」
「え!? あ、違うわ。裸になるのも問題ないわ。……たんに見蕩れていただけだから。それからソンジュ、ごめん。少し壁になってくれる? その……私の下着を見られるのは少しダメだと思うから」
「ああ、そうか。確かにね。荷物を預ける時には服で包んでおいた方が良いな」
「住んでいた場所」と言ったのはソンジュの気遣いなのだろう。周りに無関係の女性が控えているのだ。異世界なんて言える筈もない。
ソンジュは周りの店員からユウを隠すように立ち塞がる。
ユウはソンジュの陰に隠れた状態で服を脱ぎ、更に素早く下着を外すと上着で包んでしまう。他の者には見られないように。
ソンジュもユウも生まれたままの姿だ。春先のおかげか寒さも感じない。
扉を開けて浴室に入っていく。もちろん引き戸ではなく開き戸だ。引き戸が主流なのは日本くらいだろう。
浴室はそこそこの広さがあった。浴槽が部屋の半分ほどを占めている。浴室内にも他の者の姿がない。どうやら早くに来過ぎたようだ。
床はタイル張りではなく、石が敷かれて漆喰で固められているようだ。天井近くに細い窓が作られていて外から明かりを取っているらしい。おかげで少し薄暗い程度で室内の様子もはっきり分かる。
湯桶がいくつか置かれているが、壁際には鏡も蛇口も無ければ風呂椅子もない。どうやら浴槽のお湯を使って身体を洗うらしい。
脱衣室にいた女性店員達は減った湯を補充するための湯運びの作業員でもあるようだ。
ユウはソンジュに確認するかのように問い掛ける。
「ええと、浴槽に浸かる前に身体を洗うのよね?」
「そうだね。なるべく湯を汚さないようにするべきだね。入浴料が安かったり混浴だったりの浴場では、そのまま浴槽に飛び込む者も多いのだけどね」
ああ、良かったわ。日本だと普通の考え方だもの。この世界じゃ通用しないのかと思っていたわ。でもこれから先にお風呂に入る機会があったら一番風呂を狙わないとダメみたいね。
けれどやっぱりあの宗教が無いおかげかな。ローマの時代には公衆浴場があったのにその後は廃れていくんだものね。
って言うか、混浴の浴場もあるのなら日本の江戸時代みたいな感じなのかな?




