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65.なかなかのもんだろ?

 夜が明ける。

 ソンジュに抱きかかえられるような体勢で眠っていたユウも目を覚ます。

 既にソンジュは目覚めているようだ。それでもユウを優しく抱いたままで微笑んでいる。


「……おはよう、ソンジュ」

「ああ、ユウ。おはよう」


 無意識にユウはソンジュの胸に頭を押し付けている。ソンジュはそんなユウを微笑みながら抱き締めたままだ。

 それにユウは裸身にポンチョを纏っただけの格好だし、ソンジュも下着を脱いでいるのだ。

 ユウのサークル仲間の一人で特殊な趣味を持った男がその光景を目にしたならば狂喜乱舞していただろう。


 窓から見える空は昨日と異なり快晴そのものといった感じだ。

 城門に近い宿だからだろう。往来からは既に働いている者達の喧騒もかすかに聞こえてくる。

 二人が着替え終わる頃にワイトが扉をノックしてきた。

 ソンジュが扉を開ける。ワイトは出立準備を終えて意気揚々としている様子だ。昨日に買った装備と二人に仲間と言われた事が嬉しいのだろう。

 そんなワイトにソンジュが告げる。


「ワイト、今日は街を出ないことにしたぞ。河を越えた向こう岸の宿を取っておいてくれ」

「はあ!? なんだよ急に。いきなりどうしたんだよ。なにかこの街でする用事でもあんのか?」

「ああ、風呂に入りたくてな」

「へ!? 風呂!? そのためだけにこの街でもう一泊すると?」

「確か王都に近い向こう岸の方に大きな風呂屋があったよな? それは変わっていないのか?」

「あ、ああ。変わってねえが……え? 本気か? 本当に風呂のためだけに出発を延ばすってのかよ!」

「当然だ。二人も女性がいるのだぞ。せっかくこの街に来たのに風呂にも入らずに素通りできるか? お前の装備を揃えるのに時間を喰ったんだ。おとなしく言う通りにしろ」


 ワイトは呆然とソンジュを見ている。なにしろ出鼻をくじかれたのだ。せっかく入れた気合をかわされたのだ。

 そしてユウの方に目を移す。晴れやかな表情をしているユウを目にして、ワイトも何かに気付いたようだ。

 諦めたように、だが納得もしているかのようにソンジュに答える。


「分かった、分かった。それじゃこちら岸をゆっくり観光してから橋を渡るって事で構わねえよな」


 ユウの気を紛らわせるためか。昨夜何かあったんだろうな。

 しっかし風呂ねえ。そりゃ公衆浴場なんて大きい河を跨ぐこの街か、でかい湖を背後に控えた王都にしかねえだろうけどよ。そんなに入りたいものなのかねえ。

 毎日宿に泊まってんだぜ。野宿なんてしてねえんだぜ。毎晩お湯で身体は拭いているだろうによ。


 俺だって橋を架けた時には風呂に行ったこともあるさ。

 だがそれも俺は魔法兵で一代爵とは言え貴族だったから可能だったんだ。

 なにしろ料金が高いんだ。あの大きさの湯船に湯を満たすんだぜ。薪代だって馬鹿にならねえだろ。

 貴族や裕福な商人、高ランク冒険者しか入れねえんだ。一般の平民が気軽に来れるところじゃねえんだ。

 平民ならそれこそ冬場でも一旬か二旬に一回くれえだろ。夏場なんかは河の水で身体を洗うだろうしよ。


 それに風呂は営業している時間も決まってるしな。訪れる商人なんかが目当てなんだぜ。この時期だと昼三刻から夕一刻までってところか?

 そんな時間だと結局この街に泊まるしかねえよな。だから今夜もって事かよ。


 ソンジュも風呂が夕方にならないと開かない事は知っているようだ。ワイトの答えに頷いている。

 だがユウだけは分かっていないようだ。


「あれ? すぐに橋を渡らないの?」

「風呂は夕方でないと入れないよ。それまで時間を潰さないとならないからね」


 ああ、そっか。天然温泉って訳がないものね。

 わざわざお水を沸かしているんだったら終日営業している訳ないわよね。

 電気がある筈もないし陽が沈んだら営業も止めちゃうんでしょ。ほとんどのお店がそうだもの。

 やっぱり地球の中世みたい。日の出ている内しか活動できないんだ。


 三人は宿を出てゆっくりと副都側の岸を見て回る。

 と言っても特に見るものなどはない。距離にしても城門から河まで一セオークしかないのだから。

 ユウも建物なんかは他の街と変わらないんだなとあまり興味はないようだ。


 三人はすぐに橋の袂に行き当たる。

 そして河に架けられた橋を見て、ソンジュとユウは唖然としていた。

 ソンジュにとってはこんな大規模な構造物を見るのは初めてだ。

 ユウは逆にこの世界でこんな橋が架けられている事に驚いている。


 えええ!? 土手からすぐ河なの? 河川敷なんてないの?

 そう言えば増水期だって言ってたわよね。うわあ、土手のギリギリまで川幅が拡がっているんだ。

 それでも中州が見えているって事は相当盛り上げたのね。

 ああ、あの石垣みたいなので川の流れを調整しているんだ。中州が川の流れで削られたりしないようにしているのね。

 中州だって橋柱を立てるだけの幅しか無い訳じゃないもの。さすがに一軒家を建てられる程じゃないけれど、それでも三メートルくらいの幅があるんじゃない?

 だって橋と橋の間には馬車を止められる空間だってあるでしょ。

 魔法兵って凄いわね。現代地球でもこんな事しようとしたら、何千億って予算が必要になる筈よ。


 それに一本の橋じゃないけれど壮観だわ。短いと言っても五十メートルくらいの橋が連なっているのは凄いと思うわ。

 遠目では細くて頼りないように思えたけれど、近くで見ると確りした石造りの橋よね。幅は十メートルくらいかな? これなら楽に馬車のすれ違いも可能よね。

 その上で一本毎に通行規制をしているなら簡単に崩れたりしないでしょ。


 ソンジュとユウの二人が橋に驚いてるのを見て、ワイトは少し鼻高々のようだ。彼一人が尽力した訳ではないが、やはり橋の敷設に協力した者として誇りたい気分があるのだろう。


「どうだ? なかなかのもんだろ?」

「ああ、これは凄いな。この街で河を渡れずに足止めを喰らったりしたが、もうそんな心配は必要ないな」

「本当に魔法兵って凄いのね。こんな立派な橋を架けられるんだから」

「俺なんかは魔法兵ってのは、こういう作業させるべきだと思うんだがよ。そりゃ魔法兵は戦闘にも役は立つんだろうが、こういった内向きの仕事に使った方が良いんじゃねえかな」


 ワイトの言ってる事はもっともよね。

 マンガや小説だと魔法って攻撃が主体で冒険者なんかになったりするけれど、絶対こういった土木作業なんかに使うべきよね。

 治癒魔法の使い手だって冒険者じゃなくて医者になるべきよ。

 そりゃ魔法を使える人が掃いて捨てるほどいるのなら別よ?

 だけど魔法使いが千人に一人とか、力のある人はその中でも十人に一人とか、治癒や回復の魔法使いだと更に少ないんでしょ。

 魔物なんかがいる世界だもの。魔法兵を戦闘に使いたいのも分かるけれど、開墾や治水なんかの内政に廻した方が結果的には国にとっても有意義だと思うわ。


 もちろん全員にそういう作業を行なえ、なんて言わないわよ。当然国を守るための人員だって必要な筈よ。

 でもね。それこそ一個小隊でも良いから工兵のような部隊を作るなんて考えつかなかったのかな?

 封建主義の弊害ってことよね。一代爵とは言え貴族扱いされていたら、そんな考えは持てなくなるんだわ。


 ワイトは元農民で成人近くまで魔法士のことも碌に知らなかったから、そういう目線で物事を考えられるのよね。

 つくづく魔法兵団って馬鹿よね。ワイトを放り出すなんて。

 ワイトが兵団長にでもなれば国の発展自体が変わったのかもしれないのに。


 ソンジュ達は橋を渡る。

 さすがに三人程度だと重量制限に引っ掛からないようだ。商人達の荷馬車などと共に通されている。全長五百メートルほどの一連の橋だ。ゆっくりであっても十分も掛からずに渡り終えてしまう。

 ワイトは既に慣れているのか何も感じていない様子だが、ソンジュは珍しげに辺りを見回している。いくつもの橋を繋いでいるとは言え、これほどの川幅を歩いて渡れるのはやはり驚きなのだ。

 さすがにソンジュも騒いだりはしていないが、橋の両端を行ったり来たりして河を覗き込んだりしている。

 離れた場所には小船が浮かんでいるのも見える。漁を行っているのだろう。


 そんなソンジュをユウは微笑ましそうに見ている。

 ユウは利根川や淀川、信濃川だって渡った事がある。地方の郷土料理の食べ歩きも趣味の一つだったのだ。さすがに全国津々浦々と言う訳ではないが、それなりに日本各県を渡り歩いていたのだ。

 だから大きな橋だからと喜んで駆け回ったりはしない。

 いつもとは逆の立場にユウはクスリと笑みを零していた。

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