64.今日は一緒に寝ようか
明日の打ち合わせを終えてソンジュとユウは、ワイトの部屋を後にする。
頼んだお湯で身体を拭い、残り湯で衣類を洗うのもいつもと変わらない。
ユウは変わらず裸身にポンチョを纏っただけの姿だ。
なんと言ったら良いのかな。寝る時にこの姿になるのも慣れてきたわね。
私は寝相が悪くないのが救いね。目覚めた時にだらしなく下半身を出していたりしたら、間違いなく自らの首を絞めていたわ。羞恥のあまりにね。
でも本当に開放感が気持ちいいわね。元の世界に戻ってもこのままになりそう。私はパジャマ派だったのに。
……元の世界に戻っても……か。……私は本当に還れるのかな。
もうこの世界に来てから一週間は経っている筈よ。
王都に向かってはいるけど、時空魔法や召喚魔法の情報が手に入るかも分からないわ。もしかしたら他の国に行かなけりゃならなくなるかもしれないのよ。
何ヶ月も、下手したら年単位の時間が掛かるかもしれない。
それに元の世界とこの世界の時間の流れが同じだとは限らないわ。
もしかしたら元の世界では、ほんの数秒しか経っていないのかもしれない。でも逆に何年も過ぎ去っている可能性だってあるわ。
サークル仲間の彼等が言ってたわね。七年失踪で死亡扱いって。
私は既に死んだと思われているのかもしれない。
もし還れたとしてもその頃には、彼の横には素敵な女性がいて子供達に囲まれて幸せそうに暮らしているかもしれない。
……そんな光景を見るくらいなら、いっそこのままこの世界でソンジュ達と一緒に過ごすのも。
ダメよ! 馬鹿なことを考えちゃダメ! 私は還るの! なんとしても元の世界に戻るの!
そうよ、彼が幸せに暮らしているならそれで良いじゃない。両親だって私が生きているって知ったら喜んでくれるわ。
私は浦島太郎になっちゃうのかもしれない。元の世界に還っても、私の知っている人達は全員亡くなっているのかもしれない。
それでも……それでも私は元の世界に戻りたいのよ!
そんなユウの様子を横目に見ながらもソンジュは何も言わない。
さすがにソンジュには時間の流れが違うなどとは分からない。だがユウが焦り始めている事には気付いている。
簡単に安心しろなんて言えないな。ユウはそんな誤魔化しが通用する齢でもないだろうしな。
ただ焦っては駄目だ。焦りは必ず何かを見落とすんだ。いくら焦ったところで事は進まないんだ。
今の状況だと確実に一つずつ片付けた方が却って役に立つ筈だ。時間が掛かっても王都で情報収集した方が結果としては良いんだ。
ふむ。ユウに一言掛けておくべきか。
「ユウ、今日は一緒に寝ようか」
「え!? そ、それって、ど、どういう……」
深い思いに沈んでいたユウはソンジュに掛けられた言葉に驚きの声を上げる。
なにしろ今までソンジュは一緒に寝ようなどと言った事がない。
宿では必ず二人用の部屋を取って、その上でソンジュはユウを護るために窓側のベッドに寝るようにしていたのだ。
え? え? え? 一緒に寝るって、ど、どういう意味?
確かにソンジュは綺麗よ。美人だし頼りがいはあるし凄く魅力的よ。その……身体だって素敵だもの。
わ、私には彼がいるのよ。そ、それに女性同士なんだから。
隣の部屋にはワイトが寝てるのよ。
私はそんなに大声を出す方じゃないけど、それでも声が漏れたりしたら。
ま、まあソンジュが相手なら良いかな。
それまで考えていた事をすっかり忘れ果てて何か慌てているようなユウに、ソンジュはまた声を掛ける。
「ああ、少し横になりながら話をしたくてね」
「え? あ!? うん、そういうことね……」
なぜかホッとしたような、それでいて残念なような気持ちでユウは答える。
と言うより、なぜそんな勘違いをしてしまったのかとユウは自分を殴りたい気持ちで一杯だ。
ユウは、たぶん彼の事を考えていたからだ、そのせいで人肌が恋しくなったからだ、と無理に自分を納得させている。
ソンジュは部屋の扉の近い方のユウのベッドに腰を下ろす。そのままベッドの上に倒れこむ。
上掛けを軽く持ち上げてユウが傍に寝転べるようにする。
やはりこの宿はそこそこの宿なのだろう。
クッションが藁束なのは変わらないのだが、シーツは厚手の布を何枚も重ねて縫われており藁先が飛び出るような事はない。
上掛けも同様に数枚の布を重ね合わせて縫われている。
ユウはおずおずとソンジュの懐に潜り込んでいく。
そんな気じゃないと分かっていても緊張しちゃうわよ。
なんでそんなに自然な仕草なの? なんか無駄に格好良すぎるわ。様になっていると言うか。
ソンジュって男性だったりしないわよね? いえ、胸のふくらみなんかは知っているんだけど。
「そういえばユウが期待していた風呂に行く余裕がなかったね。ギルドに寄ってワイトの装備の買い替えをしていたせいで。そうだな。明日は出立を止めて街や河の観光をしながらゆっくり休憩を取ろうか?」
「え!? あ、でもやっぱり王都までは急いだ方が……」
「この国にはね、急ぐ時はまず慎重に道を選べ、急ぐは不利益を招く、と言った諫言があるんだ」
それってたぶん「急がば回れ」か「石橋を叩いて渡る」、それと「急いては事を仕損じる」って事よね。やっぱり同じような事は言われているのね。
やっぱりソンジュには私が焦っているのが分かってるんだ。
「でも私の世界には『拙速は巧遅に如かず』って言葉もあるんだけど」
「ふむ」
ソンジュはユウの反論に少し考え込む。そして何かを納得したようにユウに語り掛ける。
「それは戦いに関する言葉じゃないのかな?」
「あ、うん。確か昔の兵法に長けた人の言葉だった筈よ」
「ならば、それは曲解されているんだな。それは限られた時間内にだけ通用するんだ。勝機を見出した場合にだけ意味があるんだ。たぶん本来は長期戦になるような真似をするなと言う戒めだろうな」
「え!? え!? えええええ!」
「その人の言葉には事前準備は重要だとかの言葉もあるんじゃないかい?」
ああ、そうよね。算多きは勝ち算少なきは勝たず、って言葉も聞いた覚えがあるわ。それって事前準備の事よね。
それにあの言葉は曲解されているってソンジュの言葉も納得よ。
例えば明日の会議の資料作り。それは拙くても急ぐべきでしょ。いくら良く出来ていても会議に間に合わなかったら意味がないもの。
でも長期計画とか新製品の開発なんかは慌てて策定しても駄目だものね。
ユウの考えている通り、その言葉は誤用されている。
この言葉を引き合いに出して「雑でも構わない。速やかに行動すべき」などと言う者もいるが、孫子にはそんな事は書かれていない。
兵站および国家経済といった戦略的視点を持て、との言葉なのだ。遠征が長引くと国の根幹に関わると言っているのだ。
全文を見ずにその部分だけを切り取って、誤解している人が多いのだ。
「だからユウも焦る必要はないんだ。心を落ち着けて物事に当たったほうが良い結果になるだろうね」
「……うん」
「ならば明日はゆっくりと過ごそう。私も風呂なんて久しぶりだからな」
「……そうね」
ユウはソンジュの胸に顔を埋めながら肯く。長くお風呂に入っていないと言ったソンジュの、それでも優しい香りに包まれながら。
そうね。急ぐのと焦るのは別だものね。
本当にソンジュって頼りがいがあるわね。ソンジュが男性だったら惚れちゃいそうよ。……ワイトには悪いんだけどね。
元の世界が本当に何年も過ぎているかなんて分からないんだもの。
まだ一週間程度しか経ってないのよ。急ぎはしても焦ったりしてはダメよ。




