63.ワイトはまた麻痺を喰らいたいの?
ワイトの装備を揃い終えると、三人は料理屋に向かう。
もちろんワイトがこの街に泊まる度に通っていた店だ。
運ばれてきた料理を食しながら、ワイトは申し訳無さげに告げる。
「わざわざ俺の装備に金を使わせて済まねえな。この借りは絶対近い内に返すからよ」
「はあぁぁぁ……」
ワイトのその言葉に大袈裟にユウが溜息を吐く。ソンジュはユウの横でワイトの言葉などまるで聞いてないような振りをしている。
さすがに気に障ったのかワイトが食って掛かる。
「なんだよ! そのわざとらしい溜息はよ!」
「ワイトって馬鹿だとは思ってたけど、ここまでだったとはね」
「喧嘩売ってんのか!」
「あのねえ。なんで『借り』なんて言葉が出てくるのよ」
「はあ!?」
「貸し借りなんてないでしょ。私達は仲間なの。パーティーメンバーなのよ?」
「パーティー……メンバー? ……俺が?」
「何よ。私を護り続けるって言ったのは嘘だったの?」
「……いや……本心だが……けどよ……」
「装備が壊れた仲間を優先するのなんて当たり前のことじゃない。ソンジュだってそう思うわよね?」
ユウの言葉にソンジュは軽く肩を竦めるだけだ。
だがソンジュの口からは否定の言葉は出てこない。ユウの言葉を認めているのと同じなのだ。
ワイトもそのソンジュの様子に驚いているようだ。
「けどよ。だからってあんな良い装備は必要ねえんじゃ……」
「ワイトは突撃砲……じゃなくて機動砲台……ああ、砲だと分からないかな……ええと……なんて言えばいいのよ!」
「動ける魔法兵で良いのではないかな?」
「そう! だから本当はソンジュ並みの防具を着けて欲しいくらいなの!」
「私も同感だよ。あんなに駆け回れる魔法兵がいるなんて知らなかったな。大概が護られながらその場を動かずに魔法を撃っている奴ばかりだからな。もしこれから先に戦闘が発生しても、取り得る策が増えるのは私にとっても喜ばしいよ」
「そうよ。だからワイトには強靭な防具を着けていて貰いたいの。治癒や回復の魔法を使う機会が減ると、私の負担だって少なくなるんだから」
彼女達の発言はワイトを仲間だと思っているから出る言葉だ。
ワイトもそれを感じたのだろう。黙って俯いたままだ。
しかしすぐに顔を上げて反論を始める。
「それならよ。ユウの方が優先じゃねえのか。もっと良い防具を着せて……」
「あのね。正直この防具でさえ私には重いの。今まで肘から先や、膝から下に防具を着けた事なんてないのよ。非力な女にはこれだけでも辛いのよ」
「……非力な女?」
「ねえ……ワイトはまた麻痺を喰らいたいの?」
ユウの怒りに満ちた言葉に、慌ててワイトは首を横に振る。余計なことを言ってしまうのがワイトのワイトたる所以なのだろう。
ソンジュも相変わらずなワイトに呆れているようだ。
そしてソンジュは話題を変えるために別の事をワイトに問い掛ける。
「しかし、お前はあの副長と随分仲が良かったようだな?」
「まあ、ほぼ一季は一緒にいたからな。飲みに行ったりもしたさ」
「だが彼の話では魔法兵は一旬交代だったのではないのか?」
「ああ、連中はな。いくら上が変わったとしても、簡単に組織の体質ってのは変わらねえってこった。土木作業なんてやりたくねえとよ。で、俺は志願して残ってたのさ」
「だが魔法兵が全員貴族出身ではないのだろう? お前のように平民出身者も多いと思うのだが?」
「その辺りは魔力持ち以外は分からねえか。貴族の子弟や街に住む奴等の子供は、大抵六つかそこらで魔法士に成れるかの検査を受けるんだよ。素質持ちならそのまま王都に集められて一代爵だが爵位を貰うんだ。ものごころ付いた頃から貴族扱いなんだぜ。勘違いしちまうんだろうな」
「お前は例外なのか?」
「ああ、言ってなかったか? 俺は農民だったんだよ。十四で初めて街に行った時に魔法の素質が認められたのさ。十四って言えば、まあ成人と一緒だろ? 一代爵を貰ったところで嬉しくなんてねえよ」
「さすがに小さな村を廻ってまで魔法士を探さないか」
「いや、農民なんかに指揮されたくねえんだろ。曽祖父さんの頃は巡回検査員がいたって聞いたからよ」
「愚かな話だな。それで魔法士を減らしているんだからな。賢王などと呼ばれていても、やはり変わらないようだ」
つまり羽柴筑前守は要らないってことね。ようやく魔法兵団長が代わって上総介になったのに、ワイトは怪我でリタイアしちゃったから。
王家は改革の真似事をしているみたいだけれど、それでも貴族主体で行なっているんでしょ。この世界だと仕方がないのかもしれないけれど。
「あれ? 魔法使いの素質って遺伝するんじゃないの?」
「全く関係ねえとは言えねえな。だが魔法兵同士が結婚しても、十人に一人くらいじゃねえかな。魔法の素質を持ってる子供が産まれるのはよ。まあその子はほとんどが魔法兵になれるだけの魔力持ちだが」
ああ、これは絶対に私の事を、特殊な治癒や回復の魔法が使える事を、ソンジュやワイト以外の人に知られてはダメね。
間違いなく肌馬扱いされてしまうわ。そして休む間も無く子供を作らされるんでしょうね。……私の意志と無関係に。
話に聞く限りこの世界には隷属の首輪も奴隷紋もないようだけれど、私の力だと物理的は抵抗は厳しいでしょ。
いくらなんでもソンジュやワイトに国と戦えなんて言える筈もないからね。
「じゃあ魔法貴族なんてのがいるの?」
「いや、いねえな。『貴族』の『当主』か『跡継ぎ』で、その上『魔法士』なんて奴はそうそういねえだろ。片方だけが魔法士だと子供に魔法の素質がある確率なんて、偶然平民に産まれる魔法士の確率と変わらねえしな」
ああ、だからあの馬鹿は俺に嫉妬してたんだな。
今言った珍しい部類の奴だったからな。たぶん魔法兵の女を幾人も側室にして、魔法貴族にでもなりたかったんだろうじゃねえかな。
奴の親もそんな愚かな目論見を王家に晒す訳にはいかねえから、奴を即座に廃嫡したんだろうしよ。
それに奴は魔法士としてもギリギリの力しかねえし、上級魔法が使える俺が目障りだったんだろうさ。
つくづく馬鹿な奴だったな。農民出のしかも十五歳になってから魔法兵になった俺に嫉妬するなんてよ。
放っておいたって俺に靡く女なんている訳ねえだろうに。……自分で言ってて悲しくなってくるんだが。
「そう言えば土木作業と言ったな。魔法兵団はどんな仕事をしていたんだ?」
「河の流れを堰き止めたり変えたりするんだよ。それで水が流れなくなったところに中州を造ってくんだ。まあ、その指示は代官やギルドマスターがするからよ。相手は一代爵じゃねえ本物の貴族様だ。いくら嫌でも逆らえる筈もねえしな」
「実際に橋を架けたのではないのだな」
「そいつはさすがに無理だな。職人の仕事だよ。橋の架け方や強度なんか魔法兵に分かる筈もねえしよ。冒険者が橋に使う石を運んで来るんだ。あの副長はその指揮を取ってたんだよ」
「なるほどな。それでお前と親しくなったのか」
ソンジュは上手く話を変えながら、その後を続ける。
ユウの表情で何を想像しているのかが分かっているのだろう。
それにソンジュはユウをそんな目にあわせるつもりはない。国と戦ってでもユウを護り抜くだろう。ワイトと一緒に。
三人は夕食を終えて宿に戻る。
ソンジュとユウ、ワイト一人に別れて部屋で一服する。
その後にワイトの部屋に集まる。いつも通りの流れだ。
ワイトもどれだけ時間が経っていても、もう何も言う気もなさそうだ。
「それで明日はどうするよ。他の連中と同行していても、今日みてえな事が起こり得るんだろ?」
「明日の天候次第だろう。昨日までは問題なかったのだからな。晴れていたら今までと同じで良い筈だ」
「もし明日も雨が降ったりしたらどうするの?」
「その場合も今日と同じだよ。付かず離れずの距離を保ちながら進むさ。もっとも後方の連中との間隔には十分注意する必要があるだろうけどね」
「まあ、この季節に二日連続で雨が降るとも思えねえんだがよ」
結局今までの方針を変えないと言うことで話は纏まっている。実際に取り得る手段など他にないのだ。
三人だけで先行するか、もしくは最後尾を進んだとしても、魔物の群れに襲われるだろう。
レリの街とウォーロキの街の間の街道を、換金屋に寄り裏組織の連中と戦ったせいで最後尾を進むことになり、スプルの群れに襲われたように。
ウォーロキの街と副都との間の街道を、膝の回復に浮かれたワイトが先行し過ぎたために、ピーフスの群れに襲われたように。
そして商人や旅人達に紛れて進む気もない。彼等に声を掛けられてユウのことを詮索されるのも面倒だ。
なにしろユウは黒髪黒目の如何にも異国人と言った容貌なのだ。いくらローブを纏いフードを被っていても傍に寄られれば気付かれるだろう。




