6.換金は可能ですか?
ソンジュはまず宿の確保を行なおうとしていた。
この街で何をするにしても拠点を構えるのが最優先となる筈だ。
先にこの街のギルドなどで時間を費やして、場末の宿や連れ込み宿しか空いている部屋が無いとなると最悪だ。
いくら腕に自信があるとは言えども女性が二人で泊まるのだ。
前の街のギルドで聞いた安全そうな宿を探すべきだろう。
なぜだろう。ソンジュはユウも一緒の部屋に泊まると考えていた。
「まずは宿に案内しよう。女性でも安全に泊まれそうな宿は聞いているしな」
「あの……私はこの辺りの貨幣は持ってないんですけど」
「とりあえずは私が払おう。君は換金出来そうな物は持っていないのかな?」
「換金ですか……」
街の様子を見る限り、本当にこの世界は中世っぽい世界みたい。
電灯どころかガス灯も見当たらないし、大通りなんかは石畳だけど少し外れたら土の道で舗装もされていないようだし。
家屋なんかも巨人が出てくるアニメで見たような建物みたい。
高層ビルも無ければ、自動車なんかも走っていない。
現代地球ならどんな田舎だって自動車くらいあるでしょ。この規模の街で見掛けないなんて有り得ないわよ。うん、やっぱり中世っぽい異世界なんだ。
そして直近で不要な物を考える。この世界で売っても問題無さそうな物を。
ペットボトルは……ダメね。水筒代わりに必要だもの。それにプラスチックなんて絶対人前に出せないわよ。
スマートフォンや腕時計のような機械は論外だし、ペンやカッターも残しておく方が良いと思う。
衣類は……候補には考えておこうかな。この格好だと絶対目立つでしょ。でも化学繊維の服なんて売ったら不味い気もするんだけど。
ああ、もう! 日本の通貨が両替できたら問題ないのに!
……あれ? もしかして硬貨は無理かもしれないけれど、紙幣なら「売れる」んじゃない?
たぶんだけど中世っぽいこの世界には紙幣なんて無いわよね。
美術品としての価値ならあるんじゃない? あの超細密画に潜像模様、すかしやホログラムなんて珍しいと思うわ。
そりゃ支払いにはクレジットカードを使う事が多かったけれど、やっぱり現金だって持ち歩いてたわよ。
社会人なら年齢に千円を掛けた金額の現金くらいは持っていたほうが良い、って教えてくれたのは付き合ってた彼だったかな?
宿が決まったらソンジュに相談してみよう。紙幣を見せたりしたら変な気を起こすかもしれないけれど。
まあ、日本の貨幣なんて盗られたって構わない。どうせ合わせても一万四、五千円しかないし、そもそもこの世界では使えるとは思えないんだから。
ソンジュが案内したのは表通りにあるなかなか立派な宿である。
さすがに街の中央辺りにある超一流のホテルとまでは言えない。けれど大通りに面しており安全そうな宿だ。
宿の受付には男性が立っている。たぶんコンシェルジェの役目も受け持っているのだろう。
「すまない。女性二人だが泊まれるだろうか? 見ての通りの冒険者なのだが」
「ええ、部屋は空いていますよ」
「隣街のギルドで安全な宿だと聞いている。値段も普通なら問題は無いが」
「もちろんです。今夜だけでよろしいので?」
「ああ。だが少し延びるかもしれない。それでも大丈夫だろうか?」
「ええ、構いません。とりあえず三日程度は部屋を抑えておきます。そうですね。宿泊が延びる場合はその日の昼三刻くらいまでに伝えて貰えれば大丈夫です」
ソンジュが冒険者だと名乗っても無碍に扱われる事はない。
それどころか受付の男性は少し嬉しそうに対応している。
他の街でも女性にとって安全な宿だと知れ渡っている。一流ホテルと言う訳でもないのにだ。
そしてこの二人の冒険者も安全で快適に過ごせたならば、この街や他の街のギルドでもそのことを伝えてくれるだろう。
この世界では口コミと言うのは重要なのだ。
その受付の男性自らが二人を部屋に案内してくれた。
さすがに風呂やトイレが部屋内に存在している訳ではない。
共同のトイレならともかく、風呂なんて宿に存在していない。普通は身体を拭くためのお湯が販売されるのだ。
案内をしながら受付の男性は二人を観察している。
自分との交渉を行なっていた女性は凄い美人だった。これは変な男に絡まれたりする可能性が高いだろう。
もう一人の黙って後ろに控えていた女性は、黒い髪に黒い瞳をしていた。見慣れぬ衣服を着ていて明らかに異国人だ。
こちらも異邦人だからと、おかしなことを考える奴がいるかもしれない。
もしかしたら彼女はこの国の言葉が分からないのだろうか。自分と交渉をしていた美人の女性は通訳兼護衛なのかもしれない。
父にしっかり言っておくべきだな。
元々冒険者上がりの父が、この宿の娘であった母を口説き落としたって自慢していたし。
結構力量のある冒険者だったらしいが、あっさり冒険者を止めている。惜しむ者も多かったそうだ。本当に心から母に惚れていたのだろう。
そしてこの宿の護衛をしている。そのおかげでこの宿は安全だった。馬鹿な野郎共は父が叩きのめすのだ。
自分だって父の勧めで冒険者をやっていた。二十歳、ランク三に上がった頃には冒険者を止めて母から宿の営業の勉強を始めたのだが。
今ではこの宿の主人をしている。
そしてふと気になる。
隣街のギルドで評判を聞いたと言っていたが、隣街に冒険者ギルドなんてあっただろうか?
冒険者ギルドでなく商人組合を指していたのだろうか? それとも冒険者ギルドのある街を隣と言っていたのだろうか?
冒険者ならそれも考えられるか。ギルドのある所だけを街と見做す事も。
「こちらの部屋です。お出かけの際は一声お掛けください」
「了解だ。一休みしたらギルドに向かおうと思っている。荷物を残したりはしないが部屋は見ていてくれ」
「はい。ギルドの場所はご存知でしょうか?」
「ああ、おおよその場所は前の街で聞いている。たぶん分かるだろう」
受付の男性は一礼してその場を去っていく。
なるほど、やはり彼女はギルドのある街を隣と言っていたようだ。
さて、父には早々に彼女達のことを言っておかなければいけないな。
案内された部屋はツインの部屋らしい。だがそんなに広くはない。
六畳間くらいの部屋の両端に一人用のベッドが二つ置かれただけだ。ベッド一つ分の空間が間に空いているに過ぎない。
部屋に入った二人はそれぞれベッドに腰を下ろす。
そして早速ソンジュに千円札を見せる。あくまで美術品として。
差し出された紙幣にソンジュは驚きの声を上げていた。
「なんだ、これは!? こんな紙片に精細な人物画だと! それに中央部の空白はなんだ!? 光に翳すと人物画が浮かび上がってくる? それに傾けると隠された模様が浮かび上がる?」
「ええ。この小さな紙片に幾つもの技術を注ぎ込んでいます。裏側も見て貰えますか。そちらにも精密な画像や隠れた模様があります。どうでしょう、換金は可能ですか?」
「……可能だ。と言うか、これは……とんでもない値が付きそうだ。下手をすれば家が一軒買えるかもしれないぞ!」
えええええ! そりゃ確かに偽造防止のために様々な技術を盛り込んでいる筈だけど、家一軒と同等なんてありえないでしょ。
うわー、不味かったかも。ある程度の値は付くと思っていたけれど、そこまで高い価値があるとは思ってなかったわ。
「少し草臥れているようだが……本当に美術品なのか? まさか同じ物が幾つもあるのではないだろうな?」
そりゃ現代日本では使いまわされるような物だもの。結婚祝いや香典なんかを除いたら新札なんて使わないわよ。草臥れているのも仕方ないじゃない。
それに千円札ならまだ数枚残っているし、一万円札だってあるんだけど。
ソンジュがあのホログラムを見たらどんな反応するのか想像も付かないわ。
「その顔だと美術品ではないのだな。他にも持っているのか?」
「……ええ、別の紙片もあります」
「一応見せて貰えるかな?」
財布から抜き出した一万円札をそっと差し出す。
ソンジュはそれを食い入るように見ている。
「なんだ、この部分は? 金属や銀ではないようだが……似たような光沢をしている? そして傾けると虹のように色が変わって模様が現れる!? こんな小さな箇所にどれだけの細工をしているんだ!?」
だよね。想像していた通りの反応だわ。ホログラムなんて初めて見たでしょ。
私だって改めて見ると驚きだもの。
「……君がこれを作ったのか?」
「いえ、まさか。特殊な職人にしか出来ませんよ。私には到底作れません」
って言うか、紙幣の偽造なんて犯罪よ。無期懲役になったっておかしくないくらいの重犯罪なんだから。
そもそもこんなの作れる技術を私が持っている訳ないじゃない。




