59.夢は寝てから見るものだぞ
ワイトが駆け抜けた先では爆発のような音が聞こえてくる。
その度に数匹のリーノピがその下の土と一緒に吹き飛んでいるようだ。
「ほう、アイツもなかなかやるな。確実に仕留めるのではなく、碌に動けないようにしている訳だな」
ワイトのいない方向からは何匹ものリーノピが飛び掛かってくる。それらを軽く捌きながらソンジュは呟いている。
それはリーノピにとっても、いや、リーノピを操る「何者か」にとっても予想外だったのだろう。
魔法兵だったワイトがリーノピ達のいる場所を駆け回り、ソンジュがユウの防御に専念してその場を動かずにいる事など。
このままリーノピ達が動かずにユウの方に魔法を飛ばしていると、ワイトに全部が駆除されてしまう。
確実に生命活動を止められる訳ではないのだが、それでも一緒に吹き飛ばされる土塊などでリーノピも傷付いていく。リーノピの体長は兎と変わらないのだ。小さな衝撃でもその身体への影響は大きくなるのだ。
そしていくら数が多くても碌に動けなくなったリーノピに止めを刺すなど、ユウですら簡単に行なえるだろう。
だからユウの方にも、いや、ソンジュが傍にいようとも襲い掛からずに放っておく訳にはいかない。
リーノピを操る存在がいるのかは分からない。だがリーノピ達自身がこのまま動かずにいては危ないと本能が訴えているのだろう。
凄い! ワイトって私のように無詠唱の魔法が使えるの!?
ううん、違うわ。何かを呟いているもの。でも今までの呪文と違って一言か二言程度みたい。そんな短い呪文で魔法が発動してるの?
ワイトって本当に上級の高位の魔法士だったんだ。
それにソンジュが言ったように確実に仕留めている訳じゃないみたい。
そっか。ゲームなんかじゃないものね。HPが数パーセントでも残っていれば全力で戦える世界じゃないんだ。
四つ足の魔物だもの。腕や脚が一本でも傷付いたらまともに動けなくなるわ。
お腹に衝撃喰らったら昏倒するかもしれない。頭なら脳震盪を起こすか、下手をすれば死んじゃうかもしれない。
倒さなくても良いのよ。動けなくするだけで相手の戦力は落ちるのよ。
あ! なんかワイトが近付いてきている。
うん。分かってる。治癒と回復が欲しいのよね。何も言わなくても目線だけで通じるわ。
任せなさい! ちゃんと戦闘前の状態に戻してあげる!
……車の中で両親が聞いていた歌に「目と目で通じ合う、そういう仲になりたいわ」なんてのがあった気がするんだけれど。……なんだろう。なぜかワイトと以心伝心なのはあまり嬉しくない気がするわね。
こんなことを暢気に延々と考えられるのもソンジュのおかげよね。
ソンジュも凄いわ。だってワイトが駆けている場所以外の方向から飛んでくる相手を、一匹も漏らさずに捌ききっているんだもの。
それもワイトとは違って確実に仕留めているんだから。
確かに相手の狙いは私なんだから、私を護るように立っていれば幾らでも敵には事欠かないわよ。リーノピが撃ってくる風の刃? 風の魔法すら叩ききってるんだもの。
そんな魔物達を全て私に近寄らせずに屠るって普通なら出来る訳ないでしょ。
もしソンジュをすり抜けてきた相手がいたら麻痺の魔法を掛けようと用意していたんだけど、全く必要がないようね。だって一匹も後ろに逃さないんだもの。
つくづくソンジュって凄い冒険者よね。二つ名持ちなのも当然だわ。
ワイトはリーノピ達の周囲を一周してきたようだ。息を弾ませながら二人の元に戻ってくる。
「もう一周廻ってくるぜ。ユウよ。すまんが治癒と回復、それからもう一度強化とやらを掛けてくれねえか」
「あ、うん。でも、そんなに無理しなくても」
「徹底的に叩くさ。どうせ奴等は死も恐れねえし逃げ出しもしねえだろ。それから操ってる奴に二度と俺達に、ユウに馬鹿な考えを持たせないように教え込まなきゃならねえだろ」
「……ありがと、ワイト……」
そう言ってユウはワイトに治癒と回復、そして強化の魔法を掛けていく。
強化の重ね掛けに意味はないのかもしれないが、それでも強化のほのかな灯りが身体を覆っていくのを見てワイトも気合いを入れなおしているようだ。
リーノピに魔法を叩き込みながら一周してきたワイトの身体は傷だらけだった。風の魔法で何箇所も鎧や衣類が切り裂かれている。
血が滲んでいる場所だって見受けられる。途中でユウが治癒や回復の魔法を掛けていたにも関わらず。
それどころかローブは土に塗れていて、破れた衣類から見える肌には殴られたような青痣まで見えている。
……たぶんあの爆発の魔法って自爆技なんだ。自分にも影響があるんだ。
そうよ、私だって範囲系の魔法で気付いていたじゃない。敵味方の区別無しに魔法が掛かってしまう事に。
爆発なんて物理的な影響がワイトにだけ及ばない筈がないじゃない。
ワイトも頑張ってるんだ。どれだけ自分が傷付いても文句も言わずに走っているんだ。
……絶対に許さない。私を襲っている相手を。魔物を操り私を消そうとしている相手を。
神様のような特別な力を持っているのかもしれない。直に殴り込む事なんて出来ないのかもしれない。
だけど絶対に一泡吹かせてあげる。
私は絶対に死んであげないし、一緒にいるソンジュもワイトも死なせない。私が生き続けることで、その目論見を潰してあげる。
ユウの魔法で身体の状態が元に戻った事を確認すると、ワイトは再び駆け出していく。リーノピが最も多く残っている方向に。
ワイトが戻ってきたことで、少し圧力が増していたリーノピの攻撃もソンジュが上手く捌いている。いや、ワイトがリーノピの総数を減らしている事で、その圧力自体が減っているのだ。
ソンジュは傷は全く受けていないが疲れてはいるようだ。ユウはそんなソンジュにも回復の魔法を掛けている。
風の魔法を放ってくるリーノピや飛び掛ってくるリーノピの総数が減っているからだろう。体力が戻ったソンジュがユウに軽く声を掛けてくる。
「助かるよ。ユウがいれば何時間でも戦えそうだな」
「勘弁してよ。ソンジュやワイトは大丈夫かもしれないけれど私にはきついの。魔力なんかはともかく精神の方ががもたないわよ」
「そうかな? 結構余裕があるように見えるのだけどね」
さっきの覚悟のせいかな? 絶対に死んであげないって決意したからね。誰かの思惑通りになんかなってあげないってね。
ソンジュはそんなユウの様子にクスッと笑みを零す。
「それにしてもワイトも凄いな。アイツは魔法兵だったんだろう? いくらユウの強化の魔法がかかっているとは言え、あんなに動けるとは思わなかったな」
「そうよね。魔法使いって私の想像だと固定砲台……ええと、動かずに威力の高い攻撃をする人だったから」
「その想像は間違いじゃないよ。魔法兵と言うのは、あくまで護られながら高威力魔法を撃ち込む存在だからね。だから一人で突っ込んで行ったアイツは特別なんだろうな。本当に凄い奴だな」
あれ? あれ? なんかソンジュがワイトの事を特別だって認識していない?
え? 意識しているの? うん、確かに今の姿はカッコいいと思うわ。普段の言動はアレなんだけどね。
って、今はそんなこと気にしている場合じゃないでしょ。
ワイトは周囲を駆け回りながら、その途中でまた近付いてくる。ユウの魔法が届くギリギリの五メートルほどの距離に。
その度にユウは魔法を使う。治癒と回復の魔法をワイトに向けて。
それを確認するとワイトはまた走り出す。その背後に爆発音を響かせながら。
やはり普通に自由に走る事が出来るのが嬉しいのだろう。身体は傷付いているのだろうが、その表情には笑みが浮かんでいるようだ。
ワイトがまた一周を終えて二人の傍に近寄ってくる。
先程よりは怪我も少なく疲れてもいないようだ。だがユウはそんなワイトに再度治癒と回復の魔法を掛けている。
襲い掛かってくるリーノピはもういないのだろう。ソンジュも鞘にこそ戻していないが剣を降ろしている
「たぶんまともに動ける奴は残っていねえ筈だぜ。しかし、どうして俺は倒れてねえんだ?」
「なんだ? お前は倒れてユウに介抱されたいとでも考えていたのか?」
「いや、あんたの方にって。……ソンジュさん? あんたは俺を介抱する気はねえと……」
「私がお前を? 夢は寝てから見るものだぞ」
ワイトはがっくりと肩を落とす。二人には自分の勇姿が全く通用していないと思ったのだろう。
実際にはソンジュもユウもワイトの凄さに感心しているのだが、それを素直に表に出すような二人でないことをワイトは忘れているのだ。
ふふふ、残念ね。ワイトも思っていても口にだしちゃダメでしょ。そういうところがワイトらしいんだけどね。
でもワイトが自分が倒れていない事を不思議がってるのはなんでかな?
え? もしかして魔力切れで昏睡すると思ってたの? その覚悟で駆け回っていたの?
確かにあの爆発を連続で起こし続けていたんだから考えられなくもないわ。
まさか私の回復って体力だけが対象じゃないの? 魔力も回復させている?
ゲームなんかで言うメディテーションみたいな効果もあるの?
ふと思いついてユウは自分に魔力回復の魔法を掛けてみる。
そしてすぐに溜息を吐いた。
あ、これはダメね。少し魔力が回復したような気もするけれど、それ以上に魔力を使ってるわね。差し引きマイナスじゃ意味がないわ。自分に掛けても無駄なだけね。
でも他人の、ワイトの魔力を回復できるのが分かっただけでも儲けものよ。
もちろん限度はあるんだろうけれど、ワイトの継戦能力が上がるのは凄く喜ばしい事だと思うわ。




