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58.それで私達の勝ちなのだからな

 ユウには感じとれないが、ソンジュもワイトも何かが近付いてくる気配に気付いているようだ。


「数が多そうだな。一匹毎の気配は小さいのだが、数の暴力と言うことか?」

「そうみてえだな。ピーフスほど大きくは……いや、こりゃスプルより小せえ奴等だな。リーノピくれえか?」

「まさか戒めの依頼に合わせた魔物で襲わせるようにしてるのか?」

「確かにあの依頼に書かれている魔物ってのは、近辺にいてもおかしくねえ魔物だけどよ。ならばギルドが関わってやがるのか?」

「さすがにそれはないだろう。今まで会ったギルドマスターも魔物の襲来に心底驚いているようだったしな」


 リーノピ……兎くらいの大きさの魔物よね。ワイトも近接戦が出来る護衛がいたら倒せる程度だって言ってたわ。

 ならそんなに恐れる必要がないのかな。


「だが数が尋常じゃないな。一匹毎の気配がこの程度だと、総数は二百に近いのだろうな」

「ははは。そんな数で群れを作る魔物なんて聞いたこともねえよ」


 二百匹!?

 例え魔物が兎くらいの大きさだって、そんな数がいれば危険じゃない! ネズミくらいに小さくたって二百匹もいたら無理よ。

 最初は五十近いスプルの群れで、二度目は強力な魔物のピーフスを八匹も集めてきて、今度はあまり強くはないけれど数を無茶苦茶に増やしたんだ。


 そんなに私が邪魔なの? 消し去りたいの?

 私は内政チートなんてしていないでしょ。するつもりだってないわ。

 能力チートでワイトの膝を直したのがダメなの? だったら治癒や回復の魔法なんてチートを与えなければいいじゃない。


 ああ、サークル仲間達が言ってたわね。

 異界からの召喚者や転移者は、存在するだけでその世界に影響を及ぼすって。

 本当に何もしなくても、何かが変わるだろうって。


 例えば食事よ。

 私が何かをお店で食べたとすると、当然その材料も一人分減るでしょうね。

 その材料を使った料理を食べられなくなった人がいる筈よ。その人が別の料理を食べると、当然その料理の素材の残りも変わるわ。

 その流れが延々と続くと、その人達の食後の行動が変わるかもしれない。

 それは微細な変化かもしれない。けれど世界線は絶対に変わっている筈よ。

 そしてその状態は私がこの世界に存在する限り続いていくわ。歪みだって拡大していくに違いないでしょう。

 だから人に知られないように、影響が少ない内に対処したいって言うの?


 冗談じゃないわよ! 私は来たくて、この世界に来たんじゃない!

 この世界に悪影響が及んだとしても、それは私が悪いんじゃない!

 責めを負うのは私じゃない! この世界に私を連れて来た「誰か」に責任を取らせなさい!


「周りを囲みに入っているようだな。ワイト、あの火の幕は使えるか?」

「無理だな。アレは何かを燃やしてる訳じゃねえから天候は関係ねえんだが、相手が水を被っている状況だろ。スプルの時と違って、突っ込まれても相手側の影響は小せえだろうな」

「ユウは麻痺させられるかい?」

「たぶん無理よ。言ったかもしれないけど、届くのは私から半径五メートル……百オークくらいが限度だもの。それに範囲で麻痺を使ったら、私はまた気を失うと思うわ」

「ならば私が駆除して廻るしかないか。ワイト、お前はユウを護りきれ。多少の傷ならユウが治してくれる。全てが片付いた時にユウだけでも無事に残っていたら、それで私達の勝ちなのだからな」


 ソンジュが剣を抜きながら他の二人に告げる。ただ、その表情は苦渋に満ちている。

 ソンジュが一人で周囲を、ユウの周り三百六十度全てに対応するのはやはり厳しいのだろう。

 ユウの護衛にワイトを残すにしても、ワイトは近接戦が得意な訳でもない。あらゆる方向から飛び掛ってくる多くの相手に、詠唱が必要な魔法を一々唱える暇もない筈だ。


 もしソンジュがユウの傍に残っていたら、相手は直に襲い掛からずに魔法を繰り出し続けるだろう。ユウの麻痺が届かない離れた位置から。

 たとえソンジュでも全方向から放たれる魔法には対応できない筈だ。

 すり抜けた魔法がユウやワイトを傷付けていくだろう。そしてソンジュも疲れ果てて、最後は魔法を喰らう事になるのだろう


 しばらく考え込んでいた様子だったワイトが声を掛ける。


「……なあ、ユウよ。俺にもあの強化って魔法は使えるんだろ。あの素早く動けるようになる奴がよ。ソイツを俺に掛けてくれねえか?」

「え!?」


 ワイトは何を言ってるの?

 魔法使いって言ってしまえば固定砲台でしょ。それにいくら素早く動けるようになっても詠唱速度に変化はない筈よ。

 ……まさか逃げるつもり?

 それなら仕方がないわよね。私は別にワイトを縛る気なんてないもの。逃げ出しても恨んだりしないわ。


「ワイト、どういうつもりだ? 逃げる気か?」

「馬鹿言ってんじゃねえよ。ソンジュ、あんたはユウの防御に専念してくれ。アイツ等は俺がやるよ」

「ふむ。お前に出来るのか?」

「たぶんな。俺は魔力切れで昏倒するかもしれねえ。だけど放り出すのは勘弁してくれよな」

「……分かった。ユウ、ワイトにも強化魔法を掛けてやってほしい」


 ソンジュもワイトが逃げ出すつもりで言ったのではない事が分かったようだ。

 ユウも肯いてワイトとソンジュに強化魔法を掛ける。


「……ワイトの敏捷性と器用度を強化。ソンジュの敏捷性と器用度と筋力を強化。私の敏捷性を強化……」


 ユウの魔法は呪文は不要な筈だが、やはり声に出したほうがイメージしやすいのだろう。日本語で小声で呟いている。


 自分に対する強化魔法は気休めに過ぎない。

 仮に五十パーセント能力が向上したところで、あまり意味がないのだから。

 ステータスなんて物はこの世界にもない。

 そしてソンジュの力が百から百五十になるのに比べて、ユウの力が十から十五に変わったところで大きな差はない筈だ。


 そして三人の周りを囲み終わったのか、魔物達はその姿を現してゆっくり近付いてくる。

 その様子を見たソンジュとワイトは呟いている。


「本当にリーノピのようだ。二百近い群れが人前に姿を現すなんてな」

「そんな話は聞いた事すらねえな。前のピーフスの『群れ』もだがよ。一体何をどうすれば、魔物達にそんな真似をさせられるんだろうな。ユウよ、動き回ってる俺にも治癒は出来んだろ?」

「うん。それは問題ないわ。けれど先にも言ったように、私から百オーク以内にいればの話よ」

「なら問題ねえ。さて、それじゃ行ってくるわ」


 そう言い残してワイトは駆け出した。


 なるほど、ユウの強化ってのは凄えな。こんなに身体が軽く感じるなんてよ。これならやれそうだ。

 俺は農家の長男だったんだ。だから棒切れ一本で害獣を追い払った経験だってあるんだぜ。

 そりゃ貴族のお坊ちゃんみてえに、ガキの頃から剣術やってるような奴には敵わねえし、体術なんかも教わってねえ。

 だがよ。力仕事なんてガキの頃からやってるし足の速さだって、貴族や裕福な平民のガキなんかとは違って鍛えられてんだよ。


 軍にいた時だって衰えねえように訓練していたさ。おかげで上の者に目を掛けられたり、そのせいで嫉妬されたりしたんだがな。

 俺は近接戦は苦手に違いねえ。なにしろ十五から習い始めたし、魔法の修行の方が大事だったからな。

 剣術や槍術、体術なんかの系統だった技術は、たくさんの同僚の中でも一番下手だっただろうさ。


 でも基礎体力に関しては誰にも負けてねえ自信がある。腕力にしても脚力にしても持久力に関してもな。

 ものごころ付いた時から鍬を振るってたんだぜ。朝から晩まで休まずによ。

 害獣との「追いかけっこ」だって毎日のようにしてたんだぜ。


 俺の魔法はユウのように直に離れた相手に掛けられるもんじゃねえ。自分の周囲に発動させて、そいつを飛ばしてるんだ。

 それに呪文の詠唱だって必要だからな。どうしても足を止めて行なう必要があるんだ。護ってくれる近接戦が出来る兵士も要るさ。

 だけど秘策がある。短縮詠唱だ。

 さすがに無詠唱って訳にはいかねえが、それでも短い詠唱で済むような訓練をしていたんだよ。そのぶん余計に魔力は喰うんだが。

 軍にいた時は隠していたよ。成功率は高くねえし、早く倒れちまうし、であまり意味がねえからな。それに余計な嫉妬も貰いそうだしよ。


 さて、連中の間を駆け回ってやるとするか。俺はユウのおかげで「また」走れるようになったんだからな。

 相手との距離が短くなりゃ、魔法の効果が出るのも早くなんだろ。

 走りきってやるよ。力が続く限り全力で、魔法を撃ちながらな。

 それで倒れたところで二人に見捨てられはしねえだろ。……たぶん。

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