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56.ようやく分かったみたいね

 ソンジュが隣の部屋の扉をノックすると、疲れ果てたような顔をしたワイトが扉を開ける。


「遅……いや、なんでもねえ……」

「あら、ようやく分かったみたいね」


 少し空元気な感じでそう返したユウを、すこし怪訝そうにワイトは見ていた。

 だが何も言う気はなさそうだ。黙って二人を部屋に招きいれる。

 いつものようにベッドの真ん中の空間に置かれた机の傍に二人を残して、ワイトは窓側のベッドに腰を下ろす。


「明日も今日と同じ隊形でも構わねえのか?」

「それで問題ないな。魔物に襲われない方が大事からな」

「そんでどっち側に泊まる? どちらにもよく厄介になってた宿はあるんだが」

「え? それってどういう意味?」

「ああ。次の街は前に言った河を挟んで発展している街なんだよ。今の時期だと増水期だし川幅が一セオークくらいはあるんじゃないかな」


 一セオークって……換算すると五百メートルくらい? 本当に大河なんだ。

 それにこの辺りって海の近くじゃないんでしょ。なのに幅が五百メートルあるなんて、河口付近はどれくらいの幅になっているの?


「渡し舟や河で獲れる魚で栄えている街だよ。河の両岸に別れているけれど一つの街になっているんだ。ああ、そう言えば。ワイト、お前はあの河に橋を掛けたとか言ってなかったか? 街の様子も変わっているんじゃないのか?」

「んー、特に変わってない筈だぜ。結局王都から来る奴も、王都へ向かう奴も河を渡った先で宿を取るからよ。どちらかの岸の方が寂れてるって訳じゃねえな」

「ならば私達も橋を渡った先の方で休むとするかな」


 ちょっと、待って! なんか簡単に言ってるみたいだけど、五百メートルの幅に橋を掛けるって凄い事じゃないの!?

 石組みのアーチ橋だとそんな長さの橋が掛けられる筈もないし、だとしたら吊り橋? でも植物の蔓や蔦なんかじゃ支えきれないでしょ?

 もしかして近代的な吊り橋なの? 鉄や鋼のロープを使っているの?

 え!? それって転移者か転生者が居るって事!?


「ねえ、ワイト! 一セオークの幅の河に掛けた橋ってどうやったの!?」

「なんだよ、急に大声出して。別に普通の橋だよ。魔法で二十くらいの中州を造り出して、それぞれを繋ぐように橋を掛けてくんだよ」

「ああ……大きな橋が一つじゃないんだ」

「そりゃ無理に決まってんだろ。それに橋には人数制限があるからよ。渡し舟も無くなった訳じゃねえし、街の両岸とも栄えてるぜ」

「人数制限があるの?」

「馬車の制限になるけどな。そりゃ橋が幾つもあったって、一本あたり五百オークの長さがあるんだぜ。一度に渡れる人数も限られるさ」

「私達だと問題ないのね?」

「まあ三人組なら待つこともなく渡れるだろうぜ」

「まさかユウは一セオークの幅を一つの橋で渡れるとでも思っていたのかい?」


 ああ、そう言うことね。なんか二人の呆れ顔と視線が痛いわ。

 別に一本の橋で全てを賄う必要なんてないものね。

 私の世界で中世程度の時代だと中州を二十も造るのって大変、と言うかほとんど無理だもの。でもこの世界だと魔法を使って簡単……じゃないかもしれないけれど出来ちゃうのよね。

 魔法が使える世界だもの。私のいた世界とは違うわよね。

 どうやら転移転生者が関わっていたんじゃなさそうね。


「その顔だと一つの橋だと思っていたようだね。ユウの世界なら、そんなことも可能なのかい?」

「……私が知っている一番長い橋は、たぶん一つで四セオークくらいの長さがあるんだけど……」

「……もう驚く気も起きねえな。つくづくユウの世界ってのは凄えんだな」


 私が知っているのは明石海峡大橋だけど二キロくらいの長さだった筈よ。確か世界最長だって聞いた覚えがあるんだけど。

 橋の様子は映像でしか見たことないけれど、現代日本人の私だって信じられないもの。

 だって二キロよ。歩いたら三十分は掛かる距離よ。それなのに何千何万の車がその橋を渡っていても落ちたり崩れたりしないんでしょ?

 人間ってあんな大きな建造物を造れるの? って思うわよ。


 ダメね。どうしても現代地球の日本の知識で考えてしまう。意識を切り替えないと馬鹿な事を言って、他の人にも異界からの迷い人だと気付かれちゃいそう。


「少し話が逸れたが、ワイト、お前も橋の設営に関わったんだろう? その橋は安全なのか?」

「俺が関わってると不安だって言いてえのか?」

「そんなつもりは……あまりないさ」

「あまりって……いいよ、もう。そもそも俺だけが派遣されてた訳じゃねえし、そんなに簡単に落ちたりしねえよ。って言うか、ソンジュ、あんたはあの橋を見た事がねえのか?」

「お前が昨年架かったばかりの橋だと言っただろう。私はしばらく辺境巡りをしていたから、王都には行かなかったのでな」


 まあ、そうだよな。ソンジュの気持ちは分からなくもねえけどよ。

 王都近辺の依頼じゃ物足りねえんだろ。低ランク向けの依頼が多いからな。

 魔物や盗賊の討伐なんて周りの街の冒険者が済ましちまって、王都の近くまでは余程の事でもねえ限り廻ってこねえしよ。

 王都の貴族連中も鬱陶しいんだろうな。赤弧狼なんて二つ名持ちを放っておく訳ねえからさ。

 さすがに王都に住むような奴等がソンジュが女だからって愚かな事は言わねえだろうが、領兵や軍への勧誘はしつこそうだしよ。

 王都に近付くのを避けたいってのは当然だろうな。

 あー、さすがにユウはそんな事情は分からねえようだな。ソンジュの言葉通りに受け取っているみてえだしよ。


 最終的に橋を渡る事と河を渡った先の岸に拡がる街のほうで宿を取る事、それまでの道中は変わらずに三人で固まっている事を確認する。

 そしてソンジュとユウはワイトの部屋を後にした。

 二人は割り当てられた自分達の部屋に戻り、頼んでおいた湯で身体を拭い衣類を洗っていく。

 ポンチョを被り下着を洗いながらユウはソンジュに話し掛ける。


「次の街ってちょっと楽しみなのよね」

「ユウは河が好きなのかい?」

「河と言うよりお水ね。河沿いの街だと、きっと水が豊富なんでしょ? 公衆浴場なんかもあるんじゃない?」

「ああ、確かにあるよ。ただ湯を沸かすのも大変だから少し値は張るけどね」

「え!? ……どれくらい掛かるの?」

「そうだな。私達が食べている食事の一食分の値くらいだろうね」


 私達って一般冒険者が通うような店じゃなくて、中堅以上の冒険者や下級貴族が行きそうな店でご飯を食べてるよね。

 それって公衆浴場じゃなくて、ちょっとしたスパ並みの値段ってこと?

 たぶん換算すると数千円だもの。やっぱりこの世界じゃ毎日お風呂に入るような習慣はないのね。


 それとやっぱり沸かすのね。温泉なんてないんだろうな。

 ソンジュも地震に驚いていたじゃない。活火山なんてほとんど無いんでしょ。

 どこを掘っても温泉が出てくる日本って、つくづく異常な国よね。


 それでもこの世界に来てから初めてお風呂に入れそうだもの。どうしても期待しちゃうわよ。

 確かに毎日お湯で身体は拭っているけれど、髪はどうしようもないしね。

 ほんと身体中をお湯に浸けたいわ。これも日本人の性なのかしらね。シャワーだけだと何か物足りないって思っちゃうもの。


 マンガや小説だとどうだったかな? って、言うまでもないわよね。現代日本と同じような環境に決まってるじゃない。

 毎日お風呂に入っていて、石鹸なんかも当たり前のようにあって、それどころかシャンプーやコンディショナーだって存在してるんだもの。

 お肉や野菜のような食材が品種改良されていて、香辛料や砂糖だって安価で大量に入手できて、味噌や醤油も短粒種のお米すら和風の国から調達可能で、現代日本と同じような料理が作れるだものね。

 異世界の人達だって普通に「旨味」が理解出来るんだもの。

 本当に羨ましい世界ね。私もそんな「現代の生活」が送れるような異世界に行きたかったな。

 ああ、白いご飯とお味噌汁が欲しいわ。カレーだって食べたいわ。


 様々な理不尽に思いを巡らしながらユウは眠りに落ちていった。

 ユウの考えている事を知らないソンジュも、そんなユウが眠りに付くのを確認してから目を閉じる。

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