55.怖くないの?
この街でもワイトのよく使っていた宿に泊まることにする。
宿では相変わらず快く迎えられている。ワイトは相当感謝されているようだ。
まさかワイトって、どこの街でも歓迎されている様子を私達に見せつけたいだけじゃないでしょうね。
……確かにカッコいいなと思っちゃうわよ。
代官や貴族が褒めるのとは違って、街の人々が感謝しているんだもの。本当に平民の人々の役に立ってるって事だもの。
でも残念ね。私はやっぱり彼の方が素敵だと思っているから。
ソンジュは赤弧狼の二つ名持ちだから、多くの人々に感謝や賞賛もされているんでしょ。この程度じゃアピールにならないと思うんだけど。
もちろんワイトにそんなつもりはない。
女性にも安全な宿を選ぶと、自分がよく泊まっていた宿になるのだ。
街の近隣で盗賊退治や危険な獣や魔物の討伐が行なわれると、王都から派遣されてこの宿に泊まっている魔法兵のおかげだと皆が思うのも当然だ。そしてそれは事実なのだ。
そんな宿に訪れる事が自分の業績を自慢している事にワイトは気付いていない。自分のやってきた事を紹介する良い機会だと分かっていないのだ。
この齢で彼女すらいないワイトらしいと言えるだろう。
もっともワイト以上に有名な筈なのにその事を煩わしいとしか思っていないソンジュや、既に彼氏のいる異界人のユウには、いくらアピールしても無駄に違いないのだが。
宿の予約だけ行なって、三人はギルドに向かう。街道周辺や次の街の情報を仕入れるために。
ソンジュだけが受け付けに向かい、ワイトやユウが掲示板の傍にいるのもいつもと変わらない。
ユウは相変わらず掲示板を眺めている。
この街のギルドの戒めの依頼って討伐のようね。
でも一匹あたり五レイって。相当の数をこなさないと赤字じゃない?
リーノピってどんな魔物なんだろう? 魔物じゃなくて獣かな?
ユウは隣で所在無げに立っているワイトに問い掛ける。
「ねえ、ワイト? リーノピって動物知ってる?」
「あん? ああ、依頼に残ってんのか。こりゃ戒めの依頼って奴だな。リーノピは魔物だよ。大きさは……そうだな……兎くれえか。スプルよりは弱えが風の魔法を使ってくるな」
「そんな大きさなら一人で何匹も持って帰れそうだけど?」
「奴等は群れを作ってんだよ。それも四、五十匹て数でな。俺だって一人じゃ逃げ出すに違いねえよ」
「ならパーティを組んでれば?」
「魔法が使えねえ冒険者でも十人くらい揃ってれば問題ねえが、リーノピ討伐程度でそんな人数集まりゃしねえだろ」
「え? え!? ワイトでも尻込みするような魔物なの?」
「いんや。俺なら近接担当の護衛が二人いれば楽勝さ。三人でリーノピ四十匹で二百レイか。悪くはねえな。けどリーノピなんて見かける機会のほうが少ねえと思うんだがよ」
十人だと一人当たり四匹、二十レイってところかな。単純換算で八千円ほど?
悪くはないと思うんだけど、それだけの人数を集めるのも一苦労よね。
それに探し出すのも大変そうだし、だから戒めの依頼になってるんだ。
それにしてもワイトってソンジュに負けないくらいの自信家だわ。
仲間じゃなくて護衛って言ってるって事は、その人達は直接戦闘に加えなくても問題ないんでしょ。
本当に魔法使いって凄いのね。相手が兎くらいの大きさならば四十匹くらいでも楽勝なんだ。
……他には……やっぱりこのギルドにも眠り病調査の依頼が貼ってるわね。
うわ、最高額が百レイまで上がってる。最低保障ですら二十レイ?
毎日のように変わってるじゃない! しかも凄い額になってる!?
きっと焦ってるんだ。それこそ王家に患者が出たのかもしれないわ。
人が水も飲まずに生きられるのって何日くらいだったかな? 二日? 三日?
眠ったままで動かないのなら少しは日数も伸びる? それでも五日目までは保たないでしょ。
もっと前から本格的に原因や治療方法の究明に努めてたら良かったのに。
ソンジュが二人の傍に戻ってくる。どうやら特にめぼしい新規の情報もなかったようだ。
そして三人は夕食を取って宿に帰っていった。
いつも通りにソンジュとユウの女性陣、ワイト単独に別れて部屋で一息つく。
ユウは部屋で寛ぎながらも、少し気になっているのかソンジュに問い掛けた。
「ねえ。ソンジュもワイトも眠り病には興味がないみたいだけど、放っておいても良いの?」
「うん? ユウは気になっているのかな? 正直なところ、私には手の出しようがないと言ったほうが妥当かもしれないな」
「手を出せない?」
「治癒魔法でも治せない病気なんだよ? 医術や魔法に関して素人の私では、何をして良いのかも不明だからね」
「ワイトは?」
「アイツは元魔法兵だが、治癒や回復の魔法には詳しくないのだろう。ユウの魔法に驚いていたじゃないか。たぶんアイツだって何をどうすれば良いのかが分かっていないさ」
「でも……怖くないの? もしかしたら自分も眠り病に掛かっちゃうんじゃないかもしれないって」
「それは確かに怖いよ。だがそれも天運だろうな。噂によると病の前兆もないようだしね。突然倒れて眠りに落ちるんだ。防ぎようもないだろう?」
たぶん死生観の違いなんだろうな。
病気や怪我で死ぬのも当然だと考えているみたい。冒険者のソンジュや軍属の魔法兵だったワイトなんかは、特にその思いが強いのでしょうね。
治癒や回復の魔法がある世界だと言っても、その魔法が使えるのが一万人に一人なんでしょ。強力な魔法使いだともっと少ないんでしょ。それこそ国に一人いるかどうかくらいしかいないんじゃないかな。
たぶん平民は魔法で治癒して貰えるなんて考えてないでしょ。それって治癒魔法が存在していないのと同じじゃない。
きっと地球の中世の人達と変わらないのね。
私は嫌よ。このままこの世界で誰かが死ぬのを見るなんて嫌だよ。
……そう、私は怖いの。気になるんじゃなくて怖いのよ。
無差別に降りかかる死病? そんな病気がある世界が怖い。
一緒にいる人が、ワイトがそんな病気に掛かるかもしれないのが怖いのよ。
だけど本当は気付いてもいるわ。現代日本でも何が起こるか分からないって。
例えば交通事故による死亡。酷い時には年間で一万人以上の死者が出ていたって聞いたもの。
一億の人口で一万越えよ。ソンジュが最初に言っていた「眠り病の患者は一万人に一人の割合」より多いじゃない。
最近は減っているって話だけど、それでも年間で数万人に一人は交通事故で亡くなっているんでしょ。
飲酒運転や無謀運転で「自殺」した人は別にどうでも良いけれど、巻き添えで亡くなった人はまさかこんなに突然に生命が絶たれるなんて考えてなかった筈よ。
だから眠り病だって同じなのよ。
それに……私は確かに眠り病は怖いと感じている。
だけどなぜかは分からないけれど、私は自分が眠り病に掛かるって思えない。あくまで理屈じゃなくて感覚的なものなんだけど。
私がこの世界の出身じゃないから?
ソンジュが言っていた世界の意思が私を護ってくれている?
そんなのとはなにか違う気がするけれど、私も「ソンジュ」も眠り病になる事はないって気がするの。
ワイトには悪いんだけど、どうしてだか私達二人だけは違う気がするのよ。
「まあ考えても仕方がないことだよ。今はユウが元の世界に還る方法を探すのが一番大事だろうからね」
「うん……そうね」
ふむ。ユウは眠り病を気にしているようだな。
きっとユウの世界には存在しない病気なんだろう。いつ侵されるか分からない病気が怖くて仕方がないのだろう。
いやユウは異界の者だ。たぶん眠り病に掛からない筈だ。なぜだろう。確信は出来ないのだが、そんな気がしている。
もしかして私やワイトがそんな病に掛かるかもしれない事に怯えている?
たぶんユウの世界では医術もはるかに進んでいるのだろうな。この世界では死病と言われるものでも治せるくらいに。
……まさかユウの知識だと眠り病も治せるのではないのか? ワイトの膝を元に戻したように。
いや、彼女は医術に詳しい訳でもないようだ。ワイトの膝の治療だって偶然その状態を治す方法を知っていたからだろう。
どんな仕事なのかはよく分からなかったが「総務」と言う作業をしていたと聞いた覚えもある。
世界の意思とやらが、そんなユウを招いたとも思えないしな。
とにかくユウは無事に元の世界に還る事だけを考えていれば良いよ。
他の事は私やワイトに任せておけば構わないさ。
あまり軽いとは言えない雑談を終えて、二人は明日の相談をするためにワイトの部屋に向かった。




