54.それは本末転倒だよ
ソンジュが二人の傍に寄ってくる。
どうやら特にこの街の周辺には問題となる事も起きていないらしい。次に向かう街でも同様のようだ。
周辺情報をソンジュから聞いて、三人は夕食を取りに向かう。
ワイトが遠征の折に使っていた店だ。さすがに宿とは違い顔まで覚えられてはいないようだが。
宿では身分を明かす必要もあるのだろうが、料理屋でわざわざそんな真似をする事はない。だからワイトが知られていないのも仕方がないのだろう。
やはりワイトが勧めるだけあって、その店の味には文句がない。ソンジュもユウも満足そうに食していた。
ワイトは平民出身とのことだが、軍に所属していた時の暮らしや遠征のおかげか舌は肥えているようだ。
食事を終えたソンジュ達三人は宿に戻っていく。
この宿でも隣接した部屋を用意してくれていたらしい。ワイトは受け付けで感謝の意を述べていた。
ソンジュとユウ、ワイト独りと、それぞれの部屋に案内される。
それぞれの部屋で軽く一息つくと、ワイトの部屋に集まった。
「いまさら言っても無駄なんだろうが……遅えよ」
「無駄だと分かってるなら言わなきゃ良いんじゃない?」
愚痴るようなワイトの呟きをユウは軽く返している。傍のソンジュも我関せずと言った態で立っている。
ワイトは深い溜息を吐いた。
まったく、それなら先に身体を拭いていても良いんじゃねえのかよ。
時間の無駄だと思わねえのかよ。分かんねえな、女の考える事は。
ワイトは気付かない。
身体を拭いた後に女性二人がどんな姿になるのかが分かっていない。
ソンジュが鎧の類を全て外して、下着すら脱いだシャツとズボンだけの姿になる事を。
身体を拭った後の残り湯で衣類を洗い、ユウが夜着代わりのポンチョだけを裸身に纏った姿になる事も。
二人がそんな姿で男の部屋に来る筈がない事に気付いていない。
その辺の気の利かなさこそが、ワイトがワイトである理由なのだろう。
「それで明日はどうすんだ? やっぱ俺は離れてた方が良いのかよ」
「でもそれって今日と同じでしょ? 意味がないんじゃない? 私だけが独りで離れていると、どうなるのかの方が知りたいでしょ?」
「前にワイトも言っていたが、それは本末転倒だよ。護るべき対象のユウを単独にしたら意味がないからね。三人で一緒にいる方が良いだろう」
「だな。はあ、良かったぜ。やっぱ独りは寂しいからよ」
「何を言っている? お前は商人達と仲良くやっていたではないか」
「変なこと言ってないでしょうね?」
「ただの世間話しかしてねえよ! 俺は一人で旅してる振りまでしたんだぜ」
「ほう。情報収集をしていたのか。それは賢明だな」
「え!? あ! ……いや……その……本当に世間話だけで……」
「ふう。使えない男だな」
ソンジュの呆れたような言葉に、ワイトは肩を落とした。
と言っても、相手は副都と王都の間を進む商人でしかない。商人独自の噂などもあるだろうが、ユウに有益な情報を持っているとも思えない。
迷い人の情報などを聞こうとしても、たぶん意味はなかっただろう。
ユウが雰囲気を変えるためか、明るくワイトに問い掛ける。
「それで最近の噂とかってどんなのがあるの?」
「眠り病に関することくらいか? 一番大きな噂ってのはよ」
「それって、どこのギルドに行っても貼り出されている依頼のこと? そもそも、眠り病ってなんなの?」
やっぱり知りたいわよ。ソンジュの言っていた戒めの依頼じゃないようだし。
それに毎日のように報酬が更新されているのも気になるわ。
もしかしたら緊急の問題じゃないの?
「眠り病か。ここ最近、と言っても数年前から耳にするようになった病気だね。なんでも急に眠りに落ちて目覚めないらしい」
「ああ、食い物どころか水すら受け付けなるんだとよ。無理矢理口に流し込もうとしても、窒息しちまうらしくてよ。死病の一つだな。治癒魔法では治せないようだぜ。ただ死に顔は穏やからしいがな」
「それって重大事じゃないの!?」
「その患者数もせいぜい一万人に一人くらいさ。もっと危険な死病なんて他にもあるよ。他人に伝染するようなのがな。眠り病は伝染病じゃないらしいね」
「ソンジュよ、その情報はちと古いんじゃねえか。俺が軍で聞いた時点で数千人に一人だったぜ。昼間に商人と話した時には、患者を隠してる家族も多いって聞いたしよ。今だと千人に一人くらいはいると思うぜ」
千人に一人!? それも確実に亡くなる死病が!? 人口一億越えの日本だと十万人規模ってこと!?
それって国家緊急事態宣言が出されてもおかしくないでしょ!?
……それでもこの世界だと驚くようなことじゃないのね。
ペスト、黒死病の流行では欧州の人口が三分の二になったって聞いたもの。三人に一人が亡くなったのよ。
それに比べたら千人に一人なんて大した事がないと思うのも仕方ないのかもしれないわね。
たぶん黒死病や結核なんかの方が危険なんだ。他人に伝染するような病気の方が重要なんだわ。
眠り病ってのは伝染性はないんだもの。そんなに危険視されていないのね。
「このところ毎日のように眠り病調査の報酬が増えているようなんだけど……」
「増えていると言っても、あの額ではな。冒険者は無視するだろうね。それに軍や領兵が調査しているんだろう?」
「さすがに俺達のような魔法兵に調査なんて事はさせてなかったけどよ。一般の兵士だと駆り出されてたみてえだな」
「たぶん王都に住む高位貴族の中から患者が出たのだろう。それで慌てて報酬の改定に走っているのさ。患者が平民や地方貴族のときは放っておいたのにな」
「賢王なんて呼ばれていても全てを把握してる訳じゃねえだろうしな」
……なんか二人共冷めてるわね。この死と隣り合わせの世界では仕方ないのかもしれないけれど。
確かにそこまで緊急事態って訳でもないみたいだものね。
商人の噂には他には大したものはなかったようだ。
収穫前で麦の値段が少し上がっているとか、どこかの街で裏組織が一つ潰されたとか、その程度の噂しかないらしい。
ユウは聞き流しているようだが、ソンジュは裏組織壊滅の噂で何かに気付いているのかもしれない。
明日はワイトも一緒に歩く事を確認して、ソンジュとユウは部屋に戻る。
頼んだお湯が届くと身体を拭いて衣類を洗い、二人は就寝した。
翌朝になるとワイトが受け付けに礼を言って、三人揃って宿を後にする。
朝食はいつものようにワイト御推薦の店で取る。昨夜とは違う店だったが、ソンジュもユウも絶賛しながら食している。
ワイトはなぜか自慢げだった。
王都へ向かう側の城門に到着する。
相変わらず王都に向かう人達はそこそこ多いようだ。この街道では毎日がこの調子なのだろう。
簡単な検査を受けて税を払うと、三人は城門を潜り抜ける。
後に続く者達と付かず離れずの距離を取りながら先行して進むのも、昨日までと変わらない。
昼休憩を取るために街道を離れて草原に座り込む。
「しっかし何も起こらねえな。副都までの道中が嘘みてえだぜ。ちと退屈にも思えてくるな」
「なんでよ。その方が良いでしょ。魔物の襲来なんて御免よ」
「ユウの言う通りさ。あんな事が起こる方が不自然なんだ。お前だって王都からの遠征は数多くしているのだろう。その道中は不審な事件が多かったのか?」
「いや、分かってんだけどよ。軍を抜けての初めての旅だからな。なんかこう……もっと面白え事があるんじゃねえかって期待してたからよ」
「言霊とか引き寄せの法則って知ってる? 口にすると、そうなる可能性が高くなるのよ。もし魔物の群れが現れたりしたら、ワイト一人に対処させるからね」
「勘弁してくれ。前にも言ったと思うが、近接戦が出来る者に護られてねえと魔法兵なんて役立たずなんだからよ」
軽く雑談をしながら休憩を終えて、再び街道を歩き続ける。
向かう先の街から来た商人や旅人ともすれ違っている。次の街では人除けや意識逸らしの魔法なんかも掛かっていないようだ。
数度の休憩を挟みながら進むと次の街の城門が目に入った。
ワイトの言葉はフラグにはならなかったらしい。特に何かが起きる事もなく無事に隣街に辿り着けたようだ。




