52.そんな事言ってないわよ!
受付から情報を聞き出したのだろう。ソンジュが二人の元に近付いてくる。
「特に周辺で変わった事は起きていないようだ。とは言え、それでも私達は二回も魔物の襲撃を受けたんだけどね」
「違えねえや。それも五十匹近いスプルの群れや、八匹もいるピーフスの群れなんかのよ」
「それでも周辺の情報を聞いておくのは無駄じゃないんでしょ?」
「そうだよ。近隣に盗賊が巣食っていたりするかもしれないしね」
「盗賊って……レリの街の裏組織の人達みたいなの?」
「あの連中は少し違うかな。大概は襲われるのは商人さ。私達のように碌に荷物を持っていない冒険者を襲ったりしないだろう」
「ソンジュの言う通りさ。冒険者を襲うような奴はいねえよ。なんであんな連中がわざわざ自ら危険に飛び込んでいく?」
「言われてみればそうよね」
マンガや小説じゃ女性ハーレムの主人公冒険者パーティに襲い掛かる盗賊達がいるけれど、そんな事ある筈ないわよね。
冒険者になるような女性よ。素人同然の盗賊が敵う訳ないじゃない。
この辺もやっぱり違うみたい。私の知識って本当に役に立たないわね。
軽く雑談をしながらギルドを後にして、そのまま夕食を取りに向かう。
この店もワイトが遠征時に利用している料理屋だ。
ワイトやソンジュは当然だが、ユウも満足そうに食していた。
宿に戻って一息つくと、ワイトの部屋に集まるのも変わらない。
相変わらず来るのが遅いとワイトは愚痴っているが、ソンジュもユウも気にした様子は見受けられない。
「しかし、こう何もないと逆に不安になるぜ」
「良いじゃないの。何も起こらないほうが楽でしょ。それとも明日はワイトが一人だけ見えないくらい離れて先行してくれるの?」
「勘弁してくれ。護衛も無しの魔法士なんて役立たずなんだからよ」
「……ふむ。一度試した方が良いかもな」
「え!? ソンジュ? 私が言ったのって冗談だよ?」
ワイトとユウのじゃれ合いのような会話に、ソンジュは口を挟む。真面目な表情と声色で。
ワイトもユウも驚いた顔でソンジュを見詰めた。
「たぶんユウも気付いているのだろう? あの二組の魔物の群れがユウを目的としていた事に」
「……うん」
「今日のように商人や旅人の目の届く範囲で、なのに同行者が私独りだと襲われるのかが知りたいのでね」
「ちょっと待てよ! それで俺だけ単独で先行させるってのか! そりゃ知りたいのは分かるが、ちと酷くねえか?」
「先行しなくても良いさ。はるかに離れた後方にいる商人や旅人と一緒にいても構わない。二、三セオークくらい離れた場所にいてくれればな」
二、三セオークって、換算すると一キロちょっとくらいかな? どんなに慌てて駆け寄ろうとしても数分は掛かる距離よね。
前の二回とも護衛……と言うか、二人が傍にいたもの。その人数を減らして襲われるかどうかを確認してみたいってこと?
「分かるけどよ。それならあんたが遠くにいても良いんじゃねえか?」
「ふん。どんな状況になっても私がユウの傍を離れる筈がないだろう?」
「俺だってそんな気はねえよ! 絶対護るって言っただろうが!」
「冗談だよ。だが魔法士二人だけだと、やはり不安だからな」
「ならユウを離れた場所に……って、そりゃ本末転倒だな。仕方ねえ。明日はその隊形で進んでみるか」
「ユウも良いかな?」
「ええ、ソンジュが傍にいてくれたら安心だもの」
「……ええと……俺は傍にいなくても構わねえと……離れた場所にいろと……」
「そんな事言ってないわよ! ワイトの魔法だって頼りにしてるんだから」
まったく、ワイトったら。そんなに拗ねるんじゃないわよ。ちょっと可愛いって思っちゃったじゃない。
口にしたら調子に乗りそうだろうから言わないけれど、ワイトの事だって頼りにしてるのよ。
私の事情を知っても誰にも言わずにいてくれているし、私を護ろうとしてくれてるんだもの。
いくら私が膝を治してあげたと言っても、あんな魔物の群れに立ち向かうのなんて並大抵の勇気じゃない筈よ。ただの感謝だけでは出来ないでしょ。
ワイトのあの軽薄そうな口調はやっぱりダメなんだけどね。それでも地球に彼がいなければ、少しは気になっていたかもしれないわ。
明日の打ち合わせを終えると、ソンジュとユウは自分達の部屋に戻る。
宿の受付に頼んだお湯で身体を拭い、残り湯で衣類を洗う。
夜着代わりのポンチョを被って残り湯で下着を洗いながらユウはソンジュに声を掛ける。
「ソンジュ……私を消そうとしているのって誰なのかな?」
「人ではないだろうね。もし魔物を調教できる者がいたとしても、死も恐れずに襲わせるのは無理な筈だよ」
「じゃあ……神様みたいな存在?」
「神なんて存在するとは思えないけどね。民族の数だけ神はいるんだ。それこそ神なんて何千何万もいるのだろう。それに本当に神と言われるような存在がいたとしても、下界に手を出したりはしないだろうな」
「巨大な宗教なんて存在しないの?」
「それはどんな民族でも信じているようなものかな? この世界にはそんなものは存在しないよ。ユウの世界にはあるのかい?」
「世界中の誰もが信じている訳ではないけれど、そんな感じの宗教はあるかな。唯一神がいて、それを崇めているようなのが」
「その唯一神とやらは、人と関わりを持ったりするのかい?」
「経典ではともかく、特定の個人と関わったりしないわ」
「だろうね。もし神とやらが存在していても、『人間』だけを特別視するとは考えられないしね」
そうよね。神様なんて実在する筈もないし、人間だけを特別扱いする訳がないもの。
自らの似姿に合わせて人類を創った? こんな不完全な形態をしている神なんている筈ないじゃない。
人のために動物を創りだした? 人間が万物の霊長だとでも言いたいの?
異教徒は人間じゃない? そんな心の狭い存在が神な訳ないじゃない。
少なくとも私はあの宗教に賛同できないわ。
モラルや道徳を教えるための宗教の存在までは否定しないけれどね。
けれど、この世界にも神様なんて実在していないのね。
神様が二手に分かれて私を駒に代理戦争しているのかとも考えたんだけど。
そんな事もないみたい。
「私は世界の意思がユウを排除しようとしているのかと考えていたよ」
「世界の意思? それって神様とは違うの?」
「そんな人間の想像上の産物とは違うよ。と言っても、こちらも私の妄想かもしれないけれどね。この世界の異物であるユウが目障りなんじゃないかな?」
「この世界の異物……」
「だけどユウはこの世界に来てから魔法が使えるようになったのだろう? それは誰かに与えられたと考えるべきだよ。となると、逆にこの世界の意思がユウを護ろうとしているのかもしれない」
「この世界が私を護っている?」
「結局分からないと言う事だよ。誰がユウを排除しようとしているかなんてね」
うん、考えても無駄ってことだけは分かったわ。
この世界の意思と言われるようなものがあっても、それが二つも三つも分かれている訳ないでしょ。複数の意思が陣取り合戦でもしてるって言うの? いくらなんでも馬鹿馬鹿しすぎるわよ。
だってこの世界に私を連れてきたのと同じ力を持つ存在なら、大人しく私を還せば済む話じゃない。
とにかく私は自力で元の世界に戻るための方法を探すしか無いのよね。
洗濯を終えると二人は眠りに入る。
さすがに先日までと違い、順調に隣街まで来れたのだ。ユウは心地よい眠りに落ちていく。
ソンジュはそんなユウを優しく見守りながら、自分のベッドに潜り込んだ。
翌朝になり三人は宿を後にする。
ワイトお勧めの店で朝食を取り、昼食を仕入れておくのも副都の時と同様だ。
副都側よりは衛兵の数が少ない王都への城門の前に立つ。街を出る人数も副都側より少ないようだ。
昨夜の打ち合わせ通りに、ソンジュとユウはワイトと別れている。二人は衛兵の検査を受けて税を払い城門を出て行く。
やはりユウは高ランク冒険者が雇っている荷物持ちだと思われているようだ。いや、ソンジュがそう思わせているのかもしれない。
ユウは身分証明となるものなど一切持っていないのだから。
そのまま二人連れのように思わせて、馬車を牽く商人達と付かず離れずの距離を維持しながら先行する。
ワイトもはるか後方を歩いている筈だ。
もともと彼は一人で王都に向かおうとしていたのだ。放っておいても問題はないだろう。




