51.今日は何も起こらなかったようだな
翌朝目覚めたソンジュ達はすぐに着替えて宿の受付に向かう。
この宿では交渉に立つのはワイトだ。彼の馴染みの宿だから当然なのだが。
「世話になったな。ありがとよ。また来る事もあるかもしれねえが、そん時はよろしくな」
「ええ、貴方なら歓迎しますよ」
「あー、俺はもう軍人じゃねえんだが」
「ふふふ。この近辺の街では魔法兵に感謝してるんじゃない。『貴方』に感謝してるんです。年に何度も足を運んで助けてくれた貴方にね」
「俺はただの便利屋だったんだがな」
「そんな事情は私達には関係ありませんよ。実際に王都から此処まで来てくれて、様々な対処を行なってくれたのは貴方ですから」
受付の男の手放しでの賞賛にワイトも戸惑っているようだ。
ソンジュ達の方を向きもせずに、軽く肩を竦めている。
そして三人は宿を後にした。
「ふむ。どうやらお前は人気があるようだな」
「止してくれ。遠方への派遣は俺に押し付けられてただけさ」
「魔法兵って大きな街々に分散配置されてないの?」
「基本は王都詰めだぜ。そっから遠征派遣されるのさ。副都とは言え、魔法兵を置いとくのは不安なんだろ。反乱を起こされるかもしれねえしよ」
「魔法兵と言うのは相当な戦力になるからね。纏めて手元に置いておきたいのだろうな」
「え!? ならなんでワイトはレリの方から王都に向かってるの?」
「遠征先で怪我したんだよ。あの時は他所の国から流れてきた盗賊団の討伐だったのさ。そこそこの人数で赴いたんだぜ。治癒魔法士まで連れてよ。怪我は治してもらったが、それでも俺は走れもしねえし余分な休養なんかが必要だったりで放っておかれたのさ。他の連中はさっさと王都に戻ったぜ」
「その時に軍を辞めたのか?」
「ああ、治してもらった時点で、俺が走れねえ事も長時間歩く事も出来なくなったのも皆が分かってたからな。そんなのを引き止めてくれる奴は誰もいねえよ。ある程度の身体慣らしを終えて冒険者にでもなろうかなと王都を目指してたら、あんた等に出会ったのさ」
本当にワイトの扱いって酷かったのね。あれほどの魔法が使えるのに。
やっぱり封建制の弊害なんだろうな。出身が貴族や裕福な家庭じゃないってだけで軽く見られるんだもの。
ワイト自身はあまり気にしてないようだけど。
それに身体慣らしってリハビリ? やっぱりこの世界の治癒魔法って自己回復を促進しているだけのようね。
治ったようには見えるけれど、元の状態に戻るって訳ではないみたい。
訓練なんかで身体を馴染ませないとダメなんだ。
朝食は昨夜に訪れた料理屋とは別の、だがワイトが良く使っていた店に案内してくれた。
その店の料理の味もユウにも問題ないものだった。やはりワイトは最底辺とは言え貴族の一員であったようだ。
昼食代わりとなる物を買い込んで、三人は城門に向かった。
城門は前日よりも多くの人々が群れている。王都へ向かう方向だからだろう。
簡単な検査を受けて出市税を払い、ソンジュ達は街を出る。
周りには多くの商人や旅人、依頼に向かう冒険者が溢れていた。
ソンジュ達はその者達と付かず離れずの距離を保ちながら街道を進んでいく。
商人や旅人の護衛代わりをする気もないし、話し掛けられたり事情を詮索されるのも面倒だ。
だからと言ってその者達とはるかに離れて歩いたせいで、また魔物に襲われるのも馬鹿馬鹿しい。たぶん商人などが見える位置なら魔物は襲ってこないだろう。
かろうじて商人達が見える距離まで離れて先行するようにしている。
「王都までの街の宿は安心してくれ。そこそこの宿は分かってるからよ」
昼休憩を取りながら、ワイトはソンジュとユウに少し自慢げに告げている。
もちろんユウはこの辺りの街など知りもしない。ソンジュもワイトに任せるつもりのようだ。
昨夜に副都で泊まった宿で分かっている。ワイトが定期的に王都と副都を往復していて、その際にはある程度以上の宿に泊まっていた事も。
向かう先の街からの商人や旅人とも幾人もすれ違っている。
次の街では移動阻害の魔法なんかも掛かっていないようだ。
ローブを纏いフードを被ったユウは異国人だと見抜かれることもない。傍には同じような格好をしたワイトもいるのだ。特に怪しまれることもない。
すれ違う中にも同じような格好をしている者達がいる。旅人にとっては珍しい姿ではないのだろう。
休憩を適宜取りながら、三人は街道を歩いていく。
相変わらず地平線まで見渡せるような草原が広がっている。小高い丘などは見える事もあるが、高くそびえるような山々は見当たらない。
さすがにユウも景色を眺めるのに飽きているようだ。
うーん、見渡す限りの草原って憧れてたんだけど。
数日間も延々とこの景色の中を歩いていると飽きちゃうわね。途中で小川なんかを渡ったりもしたけどそれでもね。
確かソンジュとワイトは大河川で道が遮られてるって言ってたけど、それまではきっと同じような景色なんだろうな。
早くその河に着かないかな。
ワイトもさすがにもう駆け回ったりはしない。それでも少し嬉しげに見える。
そのまま街道を進んでいくと道の先の方に城壁が見えてくる。
時刻は昼三刻半ば頃だろうか。たぶん昼四刻までには到着するだろう。
「今日は何も起こらなかったようだな」
「やっぱ、あれか。他の者達とそんなに離れずにいたからか? 人目に付く状態での襲撃は避けてるってことか?」
「よく分からないわね。不要な犠牲者は出したくないってことなの?」
「けどよ、俺達なら、ソンジュと俺なら犠牲になっても構わねえってか?」
「ユウを護る存在なら居なくなっても構わないと言うことだろうな」
「……ねえ、二人は本当にいいの? 私と一緒にいても。危険じゃない?」
「言っただろう。パーティーの仲間だと。相棒だと。ユウが元の世界に還れるまで私はいつまでも付き合うよ」
「俺だって膝を癒してもらった恩があるしな。治ったからハイさよなら、なんて薄情な真似をする気はねえよ」
「……うん……ありがと……」
少し涙目になりながらも、微笑んでユウは二人に礼を述べていた。
三人は城門に辿り着く。
入城検査自体は簡単に終わる。なにしろ高ランク冒険者のソンジュと元軍属魔法兵のワイトだ。信用も実績も十分なのだろう。
ユウもやはり彼らの荷物持ちだと思われているのか、異国人でも誰何されたりしないで済んでいる。
ワイトの案内で宿に向かう。
その宿でもワイトは覚えられていて歓待されているようだ。部屋もすぐに二部屋が用意される。
部屋の予約だけしておいて、三人は再度町に繰り出す。
「え? ギルドに行くの? 今日は何も無かったのに?」
「あはは。何も討伐の報告や依頼の確認だけがギルドの存在意義じゃないよ。この街の周辺やら街道やらの情報を調べるために行くんだよ」
「俺も軍属だった頃は街を通過するだけだとしても、代官のところに顔を出して周辺の情報を確認してたしな。さすがに今は出来ねえけどよ」
「商人の組合だって似たような事をしているだろうな。まあ私は商人じゃないし、やはりギルドで確認するのが妥当だろうね」
そっか。ギルドってただの日雇い労働者の業務斡旋所って訳でもないのね。
冒険者の互助組合みたいな側面もあるんだ。いろんな情報を共有したりしているんだ。
依頼完了報告の冒険者達で混雑する前にギルドに寄っておこうってことね。
ギルドに入るとソンジュはワイトとユウを残して受付に向かう。
ワイトは軍を辞めたばかりの平民だし、ユウは異国人だ。冒険者資格を持つのはソンジュだけだから仕方がない。
ユウはまた掲示板を眺めている。
あ! これってソンジュが言っていた戒めの依頼よね。
追記の方に頭割りとか、食事の支給無しって書いてあるもの。騙すと言うか、ちゃんと確認しない冒険者に注意を促しているのよね。
……ここにも眠り病の調査の依頼が貼ってあるわね。やっぱりコレって戒めの依頼じゃないんだろうな
あれ? 最低保障額が付記されているじゃない。だけど五レイってなんなのよ。単純換算で二千円? 宿代と食事代で足が出るんじゃない?
国の依頼なんだろうけれど……冒険者を舐めているんだろうな。
そりゃ有意義な情報を持ってこない冒険者に対価を払うのは無駄だと思うかもしれないけれど。
でも冒険者達も端からこの依頼を受注しようなんて気は起きないんじゃない? まさか善意の協力なんて期待しているの?




