50.閑話:ウォーロキの街
「ギルドマスター、確認が取れたようです。一部は他の獣に喰われていたそうですが、スプルの遺骸が四十六体だそうです」
「そうか。まあ、赤弧狼が嘘を言う筈もないか。しかし四十六匹もの群れが、どこから流れてきたんだ?」
ウォーロキの街のギルドマスターは副長からの報告に、ホッとしながらも疑問を口に出す。
副都に隣接するウォーロキの街は、ある意味重要な交通の拠点なのだ。
副都には王都に直接向かう街道と、このウォーロキの街へと繋がる街道との二つの道しか存在しない。直接副都に攻め込める国などないのだろうが、それでも防衛の都合上そうなっている。
そしてウォーロキの街から四方に他の街への道が伸びているのだ。
ウォーロキの街より先の街から集められた物資は、必ずウォーロキの街を経由して副都に運び込まれる。と言っても、ウォーロキの街で集積されることもなく素通りになる事が多いのだが。
そんな事情もあるのでウォーロキの街から他の街への街道は、いつも「掃除」されている筈なのだ。
「あの日だけレリの街へ向かう城門に、一人の通行もなかった理由の方は分かっているのか?」
「それが不明なんです。あの前日にレリの街への街道の調査討伐依頼が終わっていました。なので、次回の定期調査の依頼まで間があったのは不思議ではなかった筈です」
「それはそうだな。副都方向ならともかく、その他の四方の街道まで毎日調査討伐の冒険者を送る訳にもいくまい」
「他の依頼に関してもあの日だけを避けた訳では無いそうです。肉屋や薬屋にも確認を取りましたが、在庫からも急いで依頼を出す必要はなさそうでした」
「商人の方はどうだ?」
「商人達の方も詳しく確認しました。ですが急病人が出たり、馬車の定期確認でこの街で休む予定だったりとおかしな点はありませんでした。医師や鍛冶屋にも確認を取っております」
「……本当に偶然だったのか」
「実際にレリの街からは十数組の商人や冒険者、旅人が来ています。レリの方では普通にこちらの街への街道を使う依頼もあったそうですから」
「そうか、他には何もないか?」
「レリの街のギルドからの連絡がありました。なんでもレリに巣食っていた裏組織を一つ潰したそうです。ただこの件は街道に通行が無かった件とは無関係だと思いますが」
「ほう。最近レリでは不穏だったと聞いていたからな。ようやく片を付けたか。まあ確かに、あの日だけこの街から向かう者がいなかった件とは関係ないだろう」
やはり偶然だったか。何か特殊な事が起きているのかとも思ったのだが。
まあ、そんな日も有り得ると分かったのは幸いだ。
これからはチェックさせて、特定の街道方向の依頼が絶えぬようにしなくてはならない。そんな日は街道掃除の緊急依頼でもギルドで出すようにするか?
そんな事を考えていたギルドマスターの部屋の扉が荒々しくノックされる。
外からは「緊急事態です」と叫ぶ声も聞こえてくる。
報告に来ていた副長が、ギルドマスターが肯くのを見て扉を開ける。
そこに立っていたのは受付を任せている職員の一人だった。副長がその職員に声を掛ける。
「どうした?」
「はい。副都への街道沿いにピーフスが現れたと冒険者から一報がありました」
「なんだと!?」
ギルドマスターは驚いたように叫ぶと、報告に来た職員を部屋に招きいれてから扉を閉める。
あまり外に漏らしたくない内容だ。なにしろ副都への街道の調査討伐が完全ではなかったと言う事だからだ。
もっともピーフスは単独行動しかとらない魔物だ。その大きさから危険でもあるが、無駄に刺激しなければ問題はない。
「それで討伐する人員が欲しいと言ってきているのか?」
「いえ、運ぶための馬車を用意しているようです」
「なんだ? 既に倒しているのか。ギルドから馬車を廻してやろうか?」
「いえ。二頭立ての馬車を八台用意しているようで」
「な!? 八台? 二頭立てで? なぜ、そんなに必要なのだ?」
「……八匹の群れだったそうです」
「……」
ギルドマスターは驚いた様子で呆然と口を開けたままだ。
傍にいた副長もその言葉に信じられないように口を噤んでいる。
確かに自分は冒険者の経験も無い文官に過ぎないだろう。それでもギルドマスターとしての最低限の知識は持つと自負している。
スプルが群れを成す魔物である事も、ピーフスが繁殖期を除いて群れを成さない事も知っている。
なのに八匹だと? ピーフスが群れを作っていたとでも言うのか?
「……それで馬車を八台用意するなら、全てが倒されていると言うことか?」
「そのようです。連絡をくれた冒険者、その冒険者は商人の護衛をしていたらしいですが、によると三人組の旅人らしき者が倒していたそうです」
「……三人組の旅人か……」
「赤毛の大柄な女性が商人と買取交渉を行なったそうです。連絡に来た冒険者の話では、たぶん赤弧狼ではないかと」
「……だろうな」
やはり彼女達か。
四十六匹のスプルも倒した者達だ。八匹のピーフスの群れも問題ないのだろう。元魔法兵も一緒なのだろうしな。
彼女も自分の存在を隠したいとは言ってなかった。だからギルドの職員や高ランク冒険者には告げたのだ。
赤弧狼が女性である事を知っておいて貰った方が良いからな。下手に手出しをするような者はこの街のギルドにはいない筈だ。
「副都からの商人や冒険者、旅人は来ているのか?」
「え? それはいますが……副都から来た者達に何か問題でも?」
「いや、そうではない。普通に来ているのなら問題はない」
人除けと言う事もなさそうだ。そもそも、そんな真似が出来る者がいるとも思えないが。
赤弧狼の自演かとも考えたが、彼女にそんな事をする意味もない。いまさら名を売る必要なんてないだろう。
「分かった。とりあえずは代官様と相談して、全ての街道の魔物調査と討伐の依頼を出すように図る。それと前回の街道の調査討伐に関わった冒険者達に詳しく聞き取りをするんだ。彼等が手を抜いたりしていないかを調べろ。副長、良いな?」
「はい」
「それからピーフスに関しては続報が入り次第、即座に私に連絡するように。君は受付の業務に戻りたまえ」
「了解しました」
しかし、どうなっておるのだ? この数日の間に魔物の群れが街道沿いにまで現れる状況が二件も起こるとは。
どちらも大した被害が出ていないのが救いだが。
と言うか、赤弧狼には感謝するしかない。彼女のおかげで被害が出なかったのだろうから。
とにかく周辺の魔物に関して調査が必要だ。
受付の職員と副長が部屋を去ってから、ギルドマスターは執務室の机に向かい腰を下ろす。
他の報告書類などに目を通していく。
一番上に置かれた連絡の書類を見ながら溜息を吐く。
眠り病の調査の最高額の値上げか。
国の連中は状況が分かっておらんのか? 最高額を上げても意味が無いことに気付かんのか?
実際に依頼を受ける冒険者にとっては最低補償額の方が重要なんだぞ。
宿で寝られて食事が取れてそれで少し残る程度の保障がないと、この依頼は誰も受けんぞ。
眠り病か。こいつも厄介な問題だ。
ある日突然眠ったまま起きない病気だ。最初は伝染性のものかとも思われたが、村や街を問わずに発生してるんだ。離れた場所で同時にだ。
眠ったまま食事も水すら受け付けずに衰弱して亡くなっている。なのに、その死に顔は穏やかで微笑んでいるようであると聞いた。
美しく幸せな夢を見ながら死んでいくのだろうか?
まだ数千人に一人くらいだが、その数は次第に増えているとも聞く。
たぶん国の全域で患者はいるのだろう。いや、情報がはっきり入ってこないので詳細は不明だが他国も同様のようだ。
国も少しは本腰を入れて欲しいものだ。危機感がなさ過ぎると思うのだが。
たぶん高位貴族に眠り病の犠牲者が出るまで変わらんのだろう。
一体何が起きているというのだ? この国に。いや、この世界に。




