49.おしゃれ目的にね
部屋で一息ついたソンジュとユウは連れ立って隣の部屋に向かった。
ソンジュのノックにワイトは扉を開ける。
「遅えよ……なんでいつも俺の部屋に来るのに半刻以上掛かるんだよ……」
「女性にはいろいろ事情があるのよ! 黙って待ってなさい!」
疲れたような声で呟いたワイトの言葉を、ユウは気にもせずに返している。
諦めきったような表情になったワイトは、それでも部屋に二人を招き入れる。
そしてソンジュとユウを部屋の中央に置かれた机の傍に座らせて、自分は窓際のベッドに腰掛けた。
「まずはあの強化ってのについて教えてくれねえか?」
「そっか、街に着いたら教えてあげるって言ったものね。なんていったら良いのかな? 身体能力を上げるって言ったら分かる?」
「……ああ! 体術が全然ダメな筈のユウが、スプルの時に奴等の攻撃を避けられていたのはその魔法のせいかよ!」
「全然ダメ……確かにそうなんだけど……なんかワイトにはっきり言われると腹が立つわね」
「いやいや! ユウの魔法を褒めてんだよ! 勘違いするんじゃねえ! ……しかしそんな魔法まで使えるのかよ」
やっぱりバフ魔法なんてないんだ。
そうよね。あれって体の仕組みを理解してないと無理だと思うわ。
自律神経と随意神経が違うとかね。そうでないと心臓の鼓動が速くなったり、呼吸間隔までおかしくなりそうだもの。
たぶんこの世界には存在しない魔法なんだ。
「まあ俺には使えねえってことだな。それで明日はどうすんだ?」
「朝一で副都を出るよ」
「へえ。いや、あんた等の目的の一つにユウの仲間……と言うか、同じ境遇の者を探すってのもあるって言ってなかったか?」
「そちらは保留さ。お前だって今までそんな話を聞いたことはないだろう? 御伽噺ですらな」
「確かにな。ユウよ。あんたと同じ境遇なら黒髪黒目なんだろ?」
「そうね。髪は染めてる人がいるかも知れないけれど、一ヶ月もすると髪の根元では地の色の黒い髪が伸びてくるから」
「髪を染める? 犯罪者や逃亡奴隷が追っ手に見つからねえようにするんじゃなくてか?」
「そんな訳ないじゃない。ごく普通の一般人でもしてるわ。おしゃれ目的にね」
「はあ!? 目晦ましや偽装じゃなくて、おしゃれだと!? それに一ヶ月? 髪の根元だけ地の色? ならそれ以外は色が変わんねえのか? それって染粉か何かで一時的に髪色を変えてるんじゃねえのか?」
「違うわよ。染めた髪は洗っても色が落ちないもの」
「ユウの世界には魔法なんてねえんだろ? ……凄えな。そんな事まで簡単に出来んのかよ」
「あの容器、ペットボトルとやらで分かるだろう? ユウの世界は、たぶんこの世界よりもはるかに進んでいるのだろうな」
カラーリングさえオーバーテクノロジーなのよね。
でも確かに言われてみれば凄いと思うわ。薄い色を濃い色にするんじゃなくて、真っ黒を別の色に変えるんだもの。しかも洗っても色が落ちないなんて。
まあ、私はあまり興味なかったんだけどね。彼も自然な色の方が良いね、って言ってくれたもの。
それにテレビの街頭インタビューだったかな。「個性的だしぃ、みんなやってるしぃ」って答えていた女の子の言葉で馬鹿馬鹿しいなと思ったのよね。こんな短い言葉の中に矛盾をはらんでるって凄くない?
って、そんなのは重要じゃなくて。
「たぶん私と同じような人の話って、あまり役に立たないと思うのよ。だからまずは王都に行って魔法関係から調べた方が良いかなって」
「私もそう考えたんだよ。野営するほど急ぐ必要はないのだろうが、やはり早めに王都を目指すべきだとな」
「確かに違いねえや。魔法兵でいろんな街や村に行かされてた俺ですら、そんな黒い髪や瞳の者の噂を見た事も聞いた事もねえんだからよ」
「遠い南方にはいるらしいが、それでも実際に見た者は少ないだろうしな」
やっぱり私の髪や眼の色って珍しいみたいね。
……でもそれならどうして今までの街で珍しそうに見られなかったのかな?
前のウォーロキの街でローブを買ってからなら分からなくもないわよ。だけどそれまでは髪も目も隠してなかったんだけど。
それにこの副都だって、入城検査の時はフードを外して顔を見せてたのに。
今まで簡単に街に出入りできたのっておかしくない?
「それに迷い人の噂があっても、五年、十年前ならともかく五十年前、百年前だと無意味だろう?」
「そりゃ、そうだな。正直五年前でも不確かで捻じ曲がってると思うぜ」
「新聞なんて……ある訳無いよね……」
「なんだ、そりゃ?」
「ええと、最新の情報や噂なんかを紙に書いて多くの人に配るんだけど……」
「……ユウの世界では紙も溢れてんのかよ」
「この世界だと紙は貴重品だよ。それに文字を読める者も少ないしね。と言うか、ユウの世界では誰でも文字が読めると言うことかな?」
「私の世界……私の国だと識字率、文字を読める人の割り合いが九十九パーセントを越えていたと思うわ」
「おいおい、ほぼ全員読めるって事じゃねえか!」
「改めてユウの世界と言うのは凄い世界なんだと感じるな」
「あ! 私の国だけだよ。他の国には五十パーセントって国もあった筈だから」
「……割り合いが低い国ですら、半分が文字を読めるのかよ……」
自分で言っててなんだけど。本当に呆れる国よね、日本って。
ひらがなカタカナ、常用漢字だけで二千文字を楽に越えるって聞くのに、それをほとんどの人が理解出来てるんだもの。
どこかの漢字を捨てた民族が日本も漢字を無くせなんて馬鹿な事を言う筈よ。いまさら覚えられないでしょうしね。
もっともその民族は漢字で書かれた過去の資料を読まれたら困るから、国が愚民化政策をしてるんでしょうけど。
明日からの予定の簡単な話し合いを終えて、ソンジュとユウはワイトの部屋を後にした。
ソンジュは前の街の宿の時と同様、受付に向かい身体を拭くためのお湯を持ってくるように頼んでいる。当然ワイトの分もだ。
ユウは先に一人で部屋に戻る。そしてソンジュから渡された蝋燭に火を灯して待っていた。
ソンジュが部屋に戻り、少し経つとノックの音が聞こえる。ソンジュが扉を開けると、お湯が満たされた桶を二つ抱えた男が立っていた。
ソンジュは礼を言いながら、その桶を部屋内に運び込む。
ワイトの分は先に渡したのか、それとも他にも従業員がいるのだろうか。
持ってこられたお湯が冷めないうちに二人は身体を拭っていた。
その最中に思い出したかのようにユウは疑問に思っていた事を尋ねる。
「そう言えば、ギルドにいた冒険者ってみんな若かったようだけど……」
「副都や王都だと討伐や退治の依頼が少なくなるからね。どうしても低ランク冒険者が多くなるんだ。それに大都市だから低ランク向けの依頼は相当多くなるよ」
「討伐や退治が少なくなるの?」
「獣や魔物なんて自然に湧いてくる訳じゃないさ。どこかから流れてくるんだよ。それらは大抵が副都の周辺の街で討伐や退治されるからね」
「え!? ならワイトってなんで王都で冒険者になろうとしてたの?」
「アイツはユウが治すまで走れなくなっていただろう? 戦闘系の依頼は少ないだろうが、それ以外の依頼はその辺の街よりはるかに多い筈さ」
「でもランク三から登録出来るって言ってなかった?」
「獣退治や魔物討伐の依頼も皆無って訳じゃないさ。アイツは魔法が使える貴重な存在だからね。その手の指名依頼だって受けるだろう。ある意味依頼なんて選び放題さ。それにアイツは最初は王都に呼ばれて訓練を受けたと言っていたしね。地理にも明るいのだろうな」
言われてみればそうよね。獣や魔物がゲームのようにポップする訳ないわよ。
獣や魔物だって生態系が当然あるわよね。ソンジュもピーフスの番って言ってたじゃない。
分かってた筈よ。首筋にナイフを当てられた時の恐怖や、スプルに太腿を貫かれた痛みで。
この世界がゲームなんかじゃないって。
それにワイトも考えてたんだ。走れなくなっても出来る事を。
あれ? でも、もう脚は治ったわよね。治してあげたよね。それなら王都に行く意味はないんじゃない?
……本気で私達の、ううん、「私」の護衛をしてくれる気なんだ。
身体を拭き終えると、残った湯で下着などを洗う。
ソンジュは下着だけを外しただけの格好だが、ユウはシャツやズボンも脱いで、ポンチョを被っている。やはり外出着のまま寝るのに抵抗があるのだ。
ユウは入り口側のベッドに潜り込む。
ソンジュが蝋燭の灯りを消しながら優しく告げる。
「おやすみ、ユウ」
「うん、おやすみなさい。ソンジュ」




