47.お前は貴族様だったのか
休憩を挟みながらソンジュ達は副都の方に進んでいく。
ワイトは休憩中も腰を下ろしたりせずに辺りを駆け回っている。膝が問題ない事が相当嬉しいのだろう。
ソンジュもユウも座り込んで、生温かい目でその様子を見ていた。
しばらく進むと麦畑に差し掛かる。なのに街道の先の方に城壁が見えない。
「こんな所から畑になっているの? 先には何も見えないようだけど?」
「副都だからね。たぶんこの麦畑の中を一刻近くは歩く事になるよ」
「……城門も見えないところまで畑が拡がっているのね」
そのまま進んでいくと街道の片側に小さな家が建っているのが目に入る。いや、家というより小屋に近い大きさだ。
そこには誰かが住んでいるようだ。窓から煙が立ち上っている。
「こんな所に家があるんだ」
「冒険者を雇って住まわせているんだよ。この辺りまでは監視の目が行き届かないからね。それにこの辺りまで来る農民の休憩所も兼ねている筈だよ。送迎の馬車の乗降場でもあるんだろうな」
うわ、送迎バス……じゃなくて送迎馬車があるんだ。確かにここに来るまでに疲れちゃったら農作業なんて出来ないもの。
さすが副都、都会ね。いえ、街の周りに麦畑が拡がっているのに都会って言うのも変だと思うけど。
でもこんなところまで畑が拡がっているなんて、副都って相当大きな街って事になるんじゃないの? 何万人も住んでいるような。
「ねえ、副都としか言ってないようだけど街の名前は無いの?」
「もちろんあるさ。テッジという名の街だよ。ただ、この国の者は大概が副都って呼ぶけれどね」
「副都の辺りは王家直轄領だし離宮もあるからよ。代官は王の末弟だし、年に半季くらいは王様も住むらしいぜ。大抵誰もが副都って呼んでんじゃねえか?」
「そうなんだ。それでどれくらいの人が住んでるの?」
「さてね。一万人以上は住んでいると思うが。ワイト、軍人だったお前なら把握しているのだろう?」
「ああ、確か五万人はいるんじゃねえかな。五百人を越える規模の衛兵を抱えている大都市だって聞いたしよ」
……五万人でも大都市なんだ。
まあ、人口百万の江戸が世界最大の都市だった頃もあったそうだもの。一万人を越える人が住んでいたら大都市になるのかもね。
そのまま街道を進み続けると、街を囲う城壁が見えるようになった。半刻も歩くと城門に着くだろう。
昨日までならワイトのために休憩を取ったのだろうが、既にワイトの膝には問題がない。ワイトは相変わらず浮かれたように走ったりしている。
ソンジュ達はそのまま副都に向かって進んでいった。
城門の近くまで辿り着く。
時刻は昼四刻前くらいだろう。ユウの感覚だと午後四時といったところか。空は青く、まだ日も沈みそうにない。
ユウはぼうっとした様子で城壁を見上げていた。ソンジュもワイトもその様子を微笑みながら見ている。
凄い! 何この城壁の高さ? 十メートルくらいあるんじゃない?
厚さも二メートルはありそう。これなら破城槌なんかにも耐えられそうね。
今までの街だと身長を少し越えたくらい、二メートル程の高さしかなかったと思うんだけど。
そっか、この街は副都だもの。獣や魔物だけじゃなくて、人間相手に護る必要もあるって事ね。
敵対国家に攻め込まれて王都が陥落しても、その時には王家の者達が逃げ込めるように。そして王都の代わりの都市として使えるようにって。
ソンジュ達は城門検査の列に並ぶ。
ウォーロキの街と同様に、商人とそれ以外で並ぶ列も別れているようだ。
今度も難なく検査を通過して城門を通れている。
冒険者の認識票を持つソンジュや元軍属のワイトは当然として、見た目では異国人にしか思えないユウすらもだ。やはり冒険者に雇われている荷物担ぎと思われているのだろう。
城門を潜り街に入ると、ユウはまたも呆然と辺りを見回している。
今までの街よりもはるかに広い大通り、そして脇に逸れる道ですら石畳が敷かれているのだ。
大通りに並ぶ建物も今までの街で見たものとは異なっている。
レンガ造りなのか三階建ての建物が並んでいるのだ。その壁は色とりどりの漆喰で塗られていて鮮やかな事この上ない。
今まで通ってきた街とは異なるその風景は、現代日本で見たことのある昔の街並みを残した異国の写真を思い浮かばせる。
ポカンと口を開けて周りを見ているユウに、ソンジュとワイトはまたも微笑を浮かべている。
「さて宿はどうしようか。さすがに副都だと、わざわざ安全な宿屋を調べておく必要はないと思っていたのでな」
「それなら俺がこの街に来た時に使ってた宿でどうだ? 軍人が使う宿だからよ。そこそこの値はするが安全面で言えば問題ねえだろ」
「ほう。軍人だと専用の宿舎なんかに泊まると思ってたのだがな」
「魔法兵ってのは末端の一代爵とは言え一応は貴族なんだぜ。一般兵士の宿舎には泊められねえよ。それに俺はこの街所属の兵じゃなかったし、作戦行動で通過するだけだったからな。宿に泊まる事が多かったんだよ」
「なるほどな。お前は貴族様だったのか」
「元だよ、元! 軍を辞めた時点で、爵位なんて剥奪されるに決まってんじゃねえか! 今の俺は間違いなく平民だよ!」
なぜか冷たい口調になったソンジュに、慌てたようにワイトは言い訳をする。
貴族に対してソンジュが何か思うところがあると気付いたようだ。
「まあ、良いさ。ならその宿に向かう事にしようか。お貴族様御用達の宿屋でも、あのピーフスの群れの買い取り額で賄えない訳ではなかろう?」
「……四半季は泊まれるさ。末端の一代爵って言ったろ。お貴族様なんて言われる立場じゃねえよ。一般の平民が泊まるのはちとしんどいだろうが、そこそこの商人や高ランク冒険者が泊まるような宿だよ。あのウォーロキの街の宿より、少し上程度じゃねえかな」
「ふむ、その程度なら問題ないな。ユウ、君もその宿で良いかな?」
「……え? あ、うん。任せるわ。やっぱり私には分からないしね」
二人の会話をまるで聞いてないように未だ周りを見ましているユウに、ソンジュは話しかける。
ソンジュに声を掛けられたユウは慌てたように返事を返していた。
そしてワイトに案内されながら、ソンジュとユウはその後を付いていく。
宿屋までの道中では、ウォーロキの街の時と同じくユウによる街並みへの質問が次々と発せられる。
ソンジュもワイトもその問いに答えていった。なぜか好奇心旺盛な幼い子供に対するような口調で。
案内された宿は大通りから一本外れた道に建っていた。それでもこの裏道には石畳が敷かれている。
ワイトが先頭に立って受付にいる男性に話しかける。
その受付の男性はワイトがローブのフードを背に下ろして顔を見せるとにこりと微笑む。
「確かワイトさんでしたか。久しぶりですね。今宵に休む所をお探しですか?」
「良く覚えてんな。女性の連れがいるんだが、二部屋空いているかい?」
「そちらのお二方が女性ですか。二人部屋が二つですね。ええ、空いてますよ」
「なら頼むよ。とりあえずコレは前金だ。少ししたらまた来るから、部屋を抑えておいてくれ」
ワイトがピーフスの群れをウォーロキの街から来た商人に売って得た報酬から、幾ばくかの金を渡している。
それを受け取ると受付にいた男性は、少し離れた場所に立っていた別の男性に何かのサインを送っていた。
そのサインを受けた男性が足早に去っていく。たぶん空いている部屋の準備や確認に向かったのだろう。
ワイトは受付を振り返りもせずに、ソンジュとユウの元に歩み寄っていく。
「これで部屋は問題ねえ。しかしまだ俺を覚えててくれたとはよ」
「なるほど馴染みの宿と言うのは間違いないようだな。そんなに頻繁に泊まっていたのか?」
「季毎ってとこだよ。年に四、五回じゃねえかな。と言っても、毎回一泊限りの素泊まりだったんだが」
「魔法兵団なんてもっと腰を据えていると思ってたんだが」
「俺は便利屋扱いだったんだよ。応援や手伝いであちこち行かされてたのさ。まあおかげで色々な場所に伝手は出来たんだけどな」
凄いわね。高級ホテルって訳でもなさそうのに、泊まった人の顔と名を覚えてるんだ。まあ、こんな高身長の魔法兵が年に五回も泊まれば忘れられないのかもしれないけれど。
そっか。ワイトは平民出身の上級魔法が使える魔法兵だったって話だもの。それは便利屋扱いされるでしょうね。使い潰しても誰も文句は言わないだろうし。
やっぱり世界が違うのね。現代日本ならワイトをこんな勿体ない扱いはしないと思うわ。
三人は宿を後にして裏道に立つ。
ワイトはこの街の事はある程度は知っているようだ。ソンジュも地理は分かっているのだろう。
三人は迷いもせずにギルドに向かいゆっくり歩き始める。
「とにかく宿に予約は入れておいたからよ。まずはギルドに行ってピーフスの事を報告しねえとな」
「そうだな。だが余計な事は喋るなよ」
「分かってるって。『ユウが目的』だなんて言う気はねえよ」
……ワイトも気付いてたんだ。
スプルの群れもピーフスの群れも、あの魔物達が私を目当てに襲ってきていた事に。私を排除しようとしている誰かがいる事に。




