45.お前の魔法もなかなかのものだな
「どうやらピーフスのようだな」
「ははは。初めて見たぜ、ピーフスがあんな数で群れを成すなんてよ」
「八匹と言うところかな」
ピーフスってあれでしょ? レリの街の一般冒険者向けの料理屋で食べたお肉の元だった魔物の筈よ。
確か牛くらいの大きさの魔物ってソンジュが言ってたかな? 牛って言われてホルスタイン種なんかを想像したけど、どう見たってもっと大きいわよね。確実にトンの単位で量られるような体重だと思うわ。
それに雷の魔法を使うんだったかな? どれほどの威力があるのかは知らないけれど。
もし身に纏っているとしたら、金属製の剣で斬り付けようとしても痺れてしまうわよね。
そう言えば、ウォーロキの街のギルドにピーフス狩りの依頼があったわね。それならこの辺にいても珍しくない魔物だと思うんだけど。
でも、アレを倒して持って帰って三十レイ? 単純換算だと一万二、三千円? 桁が一つ違うんじゃないの?
「ワイトがそんな事を言うなら、群れを作ってるのって珍しいのよね?」
「大抵の場合は一匹だけだからね。繁殖期だと番でいる事もあるけれど、それでも二匹以上の群れを目にする事はまず無いかな」
「……ってことは……やっぱりそう言うことなのね……」
「ユウ、君はワイトの近くにいてくれるかい? ワイト、お前はユウを護りながら魔法を撃てるか?」
「俺はピーフス達が放つ雷を逸らせる魔法で精一杯だろうよ。八匹が順繰りに雷を撃ってくるだろうしな。攻撃魔法まで手が回りそうにねえ。たぶんユウを護るので手一杯になるんじゃねえかな」
「ユウ、どれくらいの距離と範囲なら麻痺を掛けられるのかな? ああ、気を失うのなら使わなくても良いけれどね」
「ええと、八匹なのよね? 範囲じゃなくて一匹ごとなら全部に掛けられる筈よ。もちろん気を失ったりしないわ。距離はたぶん五メートル……じゃなくて、えーと百オークくらいまで近付かないとダメだと思うんだけど……」
「そりゃほとんど目の前って事じゃねえか!」
「言ったでしょ、治癒魔法の応用だって! 本来は手が触れられる距離の人にしか効かないのよ。それを何とか距離を伸ばしてるんだから」
たぶん私が元の世界で持っていた光属性や白魔術、回復系魔法のイメージのせいでしょうね。
どうしても近距離、と言うか自分がいるエリアやエンゲージと同じ場所にいる相手しか対象に出来ないのよ。無理矢理に同じエリアだと思い込もうとしても、半径五メートルくらいにしか伸ばせないのよ。
たぶん前のスプルの際に気を失ったのも、それが原因だと思うのよ。
あの時は焦ってたんだもの。半径十メートルに麻痺なんて無茶をしたんだから。きっと一時的な魔力の放出の限界に達したんじゃないかな?
ソンジュやワイト、それに自分に治癒や回復の魔法を掛け終えるまで、意識を失わなかったのは奇跡だったと思うわ。
その話を聞いたワイトは、馬鹿な考えを持っていた事を恥ずかしく感じていた。ウォーロキの街に着いた際に城門で考えた事をだ。
ユウは自分が襲われるのが分かっていながら、巻き添えになる人を作らないように、その街道を通れないようにした?
ユウが一日の距離が離れた二つの街の人間全員の意識を逸らせて、街道を通る者がいない事を疑問に感じさせないようにした?
幾ら莫大な魔力を操れるとしても無理に決まっている。
「ならば、ユウ。私にあの強化の魔法を掛けてほしい。ユウ達から百オーク以内には、一匹たりとも近寄らせないようにするよ」
「……強化!? なんだよ、それは!? ユウ、あんたそんな真似すら出来るのかよ!」
「詳しい事は副都に着いたら教えてあげるわよ! 今は黙ってなさい!」
例えるならば、トラックやダンプカーが横に並んで突っ込んでくるような感じなのよね。それも小回りの利くような野生動物、ううん、魔物がね。
うん、逃げられそうにないわ。立ち向かうしかないんだろうな。
大丈夫、私はもう怖がって震えているだけじゃない。ソンジュも戦力の一人として考えてくれている。
そう、私はただ護られているだけのお荷物じゃない。このパーティーの一員なんだ。怯えて立ち竦んでいる訳にはいかないのよ。
「ソンジュの敏捷性を強化、筋力を強化、器用度を強化……」
ユウはソンジュに強化の魔法を掛けていく。
意味があるのかは分からないが、ワイトと自分にも敏捷性の強化を唱える。
あの群れから逃げ切れるほど脚が速くなる訳ではないが、それでもいざと言う時に避ける手助けにはなるだろう。
さすがに魔法の強化方法は分からない。
ゲームでは知力や精神力を上げると、攻撃魔法や回復魔法の威力が増大する。
たぶん無駄だろうと思いながらも、ワイトに知力の強化の魔法、自分には精神力の強化の魔法を掛けていく。
ただやはりそれらの強化が発動した気配は感じられなかった。
ソンジュは抜いた剣を片手に提げて、ピーフスが走って来る方に向かって静かに待ち構えている。
ワイトはユウを背に隠すようにしながら、ソンジュの背から百オーク、ユウの感覚だと五メートルほど離れた場所に立っている。
ワイトもユウもナイフを握っている。たぶん役には立たないのだろうが、素手でいる訳にもいくまい。
ピーフス達との距離が、後衛の二人の前面に立つソンジュと二十メートルくらいになった頃だろうか。ワイトが呟く声がユウの耳に入る。
「我命じる。土よ。水よ。風に巻い上がり護りを為す幕を作れ」
ワイトの目の前に生まれたものが、すっと動いて行き五メートルほど先にいたソンジュの周りで弾ける。
それとは別に生まれたものが、ワイトとユウの周りで同じように弾けた。
何か微細な破片がソンジュと二人の間で舞っているようだ。
「ピーフスの雷の魔法除けにはコレが一番なんだよ。奴等の魔法は大した威力はねえんだが、鎧を貫通しやがるからな。ユウも俺から離れんじゃねえぞ」
ワイトは振り返りながら、背後に隠れているユウにそう告げる。少し自慢げにも見える。
ユウは驚きに声も出ないようだ。
これってチャフよね!? この世界だとまだ電気の知識なんてないでしょ? 雷が電気だってことも知らない筈よ。
きっと経験則なんだろうな。細かくした金属や水を撒くことで電気を通さなくしたり、拡散させるのには気付いてるんだ。
それにピーフスの雷の魔法ってそんなに威力はないんだ。それでも当たったりしたら火傷を負うくらいの威力はあるみたい。それに一瞬でも身体が思うように動けなくなったら問題だもの。
ソンジュからおよそ十メートルくらいまで突進してきたピーフスが雷の魔法を放ち始める。だがワイトの防御幕に遮られて拡散しているようだ。
ソンジュにもワイトやユウ達にも影響はない。
ピーフスの雷の魔法で幕の一部に穴が開く。だがその都度ワイトは魔法を掛けなおしてその穴を塞いでいく。
八匹もいるピーフスでも連続で何度も雷の魔法は放てないのだろう。少し間が開いた。雷の魔法が飛んでこなくなる。
その瞬間、ソンジュが駆け出した。
先頭にいたピーフスの横面に剣を叩き込む。さすがに死んではいないようだが、それでも衝撃によろけている。
隣にいた別のピーフスの方に寄り掛かるように進路を変えた。
それに気付いたのか。寄り掛かられたピーフスも進む方向を逸らせる。更にその隣を走っているピーフス達と次々と繋がるように進む方向を変えていく。
その様子をほとんど確認する事もなく、ソンジュは反対側にいたピーフスにも剣を振るっている。
そちらの方でも同じように進路がずれていく。
まるで中央部から二手に別れていくかのようだ。
無傷なピーフス達はユウの方に向かおうとしているが、ソンジュに殴られて体勢が崩れた個体に邪魔されて出来ないらしい。
まるでワイトとユウを避けるようにしながら、その真横を通り過ぎていく。
二つに分かれたピーフスの群れはユウから二メートルは離れた場所を斜めに駆け抜けようとしていた。それもお互いに寄り掛かりながら、お互いを支えながら。まるでダンゴのような状態で。
そこにユウの麻痺の魔法が掛けられていく。
ピーフスは突っ込んで来た勢いのままに一匹すつ前のめりに倒れていく。
あの速度で突進してきたのだ。急に動かなくなった前脚は折れているだろう。
頭から倒れていったピーフスの中には、首の骨を折って息絶えたものがいるようだった。
それでなくてもユウは今回は自律神経をと随意神経を分けるような麻痺を行なっていないのだ。息も出来ないだろうし、心臓も動きを止めている筈だ。
数分もすれば全部が息絶えてしまうだろう。
だが二人の傍に戻ってきたソンジュは一匹ずつその首を飛ばしていく。
ユウの麻痺の威力は知っているが、それでも念を入れているのだろう。
「ユウの魔法も凄いが、ワイト、お前の魔法もなかなかのものだな。安心してピーフスが近付いて来るのを待てたよ」
「ってか、なんだよ! なんであんたはあの突進の方向を変えれるんだよ! あの重量だぞ!」
「特別なことはしていないぞ? 目線を逸らしてやれば、進む方向を変えるのは容易いと思うのだが」
「それを簡単に出来るあんたが凄えんだよ。……さすが赤弧狼ってことかよ」
「あまりその二つ名で呼んで欲しくはないのだがな」




