43.何でスラングの説明してるのよ!
その後は三人で簡単な打ち合わせをしておいた。
ユウは魔法なんて使えない、ただの異国人の旅人だ。
ソンジュはユウを護衛している冒険者で、ワイトは偶然行き先が一緒だから同行しているだけの元魔法兵でしかない。
ワイトの膝に関しては、運良く時間の経過で自然にゆっくりと治っていったと言う事にする。
王都を目指す理由は、ワイトは冒険者になるためで、ユウは王都の学校を訪ねるのが目的だ。ソンジュは王都までの道案内と護衛でユウに付き添っている。
ユウの魔法を隠している点を除けば、実際の状況とほぼ変わりがない。
口裏合わせの相談を終えると、ソンジュとユウはワイトの部屋を後にする。
ソンジュだけが受付に寄ってワイトの部屋に湯桶を一つと、自分達二人の部屋には二つの湯桶を頼む。
ユウは先に部屋に戻って、椅子に腰を下ろしてソンジュを待っていた。
ソンジュが部屋に戻って来るとユウは即座に謝っている。
「ごめんね、ソンジュ。私が口を滑らせたせいで、ワイトにも知られちゃった」
「気にする事はないよ。一緒に行動していれば、遅かれ早かれアイツも気付いただろうからな」
「ああ、もう! 自分のこの軽い口を縫い取りたいくらいよ」
「ふふ、それだと何も食べられなくなりそうだ。まあ、アイツの場合は魔法の知識があったのも原因の一つだろうな。普通なら『別の世界』があるなんて言っても信じて貰えないからね」
「……ソンジュはよく私の言うことを信じてくれたわね?」
「私は出会った頃の格好のユウを知っているからね。最初はユウのことをアイツのように、天女様だと思っていたよ」
「ちょっ、ちょっと! こんな美しくもない天女なんている訳ないでしょ!?」
「うん? ユウは異国情緒漂う美女だと思っているんだが? ワイトもそう思ってるだろう。ユウに恋人がいると知った時のアイツの表情で気付かなかったか?」
「……え!?」
嘘でしょ!? 最初にワイトが二人の美女って言った時も、リップサービスだと思ってたわよ。
カッコイイところを見せたいって言うのも、ソンジュにだけだと考えてたわよ。絶対にソンジュ狙いだって思ってたもの。
自分で言うのもなんだけど……私は自分が美人だなんて思ってないわ。
あ、そうか。これはあれよ。時代によって美しさの基準が変わるってやつね。
浮世絵なんかの美女って下膨れの一重瞼じゃない? だけどそちらの方が美人だと思われてたんでしょ?
男性も太っている方が裕福の証だってモテていた頃があったそうじゃない。どこかの将軍様の国では今でもそうらしいけれど。
考え込んだ末に必死に何かを納得しようとしているユウを、ソンジュは微笑みながら見ていた。
たぶんユウは自分の世界の価値観で考えているのだろう。私を美女だと思っているようだしな。
いや、私も顔立ち自体はきっと悪くはないのだろう。
だけど私がモテるだって? 普通の男性より背の高い女に手を出す奴がいると、ユウは本気で考えているのかな?
普通に高身長と言われるようなワイトですら私と変わらない背丈なんだよ。
ユウの世界では、こんな大女を相手にする男はいないと考えないんだろうな。
それから少しするとノックの音がする。
ソンジュが扉に向かい閂を外すと、コンシェルジェの男性が三つの桶を抱えて立っていた。
お湯を持ってきてくれたようだ。三つの桶を抱えていると言う事は、先に彼女達に届けてくれたのだ。
もちろんレディファーストと言う訳ではない。単に届ける数の多いほうから減らしたかっただけだろう。
持ってこられたお湯で身体を拭い下着を洗う。
ユウに至っては以前着ていた服や大穴の開いたズボンまで洗っていた。やはり着ていた物を洗いもせずに売ったり渡したりするのは無理なのだろう。
これもユウの世界の価値観なんだろうな、とソンジュは生温かい目でその様子を見ている。
一通りの作業を終えると夜三刻になっていた。地球換算だと午後九時と言ったところだろうか。
現代日本だとまだ宵の口などと言われたりもするが、この世界においては十分眠る時間だ。蝋燭も高価だし、なにしろ夜明けと共に目を覚ますのだ。
春先の今の季節だと朝一刻、午前六時前には起きて活動を始めるのだから。
ソンジュは普通に睡眠に入る。直前に革鎧などの防具を外して。
ユウも日本にいた頃はこんな時間に眠る事はなかったが、今朝起きたのが早かったせいか素直に眠りに付いた。夜着代わりに買ったポンチョを裸身に纏って。
やはり現代日本の女性であるユウにとっては、外出時に着ていた衣類のままで寝るのに抵抗があるのだろう。
隣の部屋のワイトも既に寝ている筈だ。
夜が明ける。朝が来たのだ。どこからか朝一刻を告げる鐘が聞こえてくる。
ソンジュはその鐘の音が鳴る前に起きている。冒険者、それも二つ名を付けられるほどの存在だ。体内時計も正確なのだろう。
ソンジュは既に革鎧も着ている。自分はユウの護衛のつもりなのだ。
女性でも安心な宿を選んだのもユウのためだ。ソンジュ独りならそこまで気を使わなかったかもしれない。金で安全を買っているのだ。
ソンジュは入り口の方の、ユウが寝ているベッドを眺める。未だ夢の中にいるようだ。鐘の音くらいでは目が覚めないらしい。
「ユウ、朝だ。起きてくれないか?」
「……ソンジュ……おはよう……もう朝なのね……」
「ふむ。あの天井がどうしたとかの言葉は言わないのかな?」
「……あれって……初めて来た場所や……気を失って目覚めた時なんかに……言う台詞よ……って、何でスラングの説明してるのよ!」
「ああ、目が覚めたようだね。ユウは朝が弱いのかな?」
「ううう……もう、変な事訊かないでよ!」
半ば寝惚けた状態のままオタク用語の説明をしていた事に気付いたユウは、その顔を真っ赤にしている。
それからソンジュに言われるがままに、ユウはポンチョで身体を隠したまま下着を着けていく。シャツやズボンも着替えて、各種の防具を装備し、チャコール色のローブを纏う。
脱いだポンチョは畳んで背嚢に収めている。いつでも出立できる状態だ。
少しするとノックの音がする。ソンジュが閂を外して確認すると、既にいつでも旅立てる格好のワイトが立っていた。
ワイトも元魔法兵だ。軍属だった頃は時間にも厳しかったのだろう。ソンジュと同じ頃には目覚めていたのかもしれない。
三人は連れ立って受付に向かう。そこには朝から女性が立っている。
旅人は朝早くに宿を出るのだ。日が出ている内しか移動出来ないのだから。
当然、宿の者もそれに合わせている。
「ありがとう。聞いた話の通り良い宿だったよ。昨夜の料理屋の紹介に対する礼になるか分からないが、この古着を受け取って貰えないかな?」
「あら、なかなか良い布のようですね」
「穴が開いてたりするから、そのままでは着れないだろうけれどね。縫い直すなりすれば使えるんじゃないかな?」
「ありがたく受け取っておきますね」
ソンジュがユウの古着を手渡すと、宿の女将は嬉しそうに受け取っている。
えええ!? あんな大穴の開いた古着でも良いの? 嫌々じゃなくて喜んで受け取っているように見えるんだけど。
端切れとしてしか使えないと思うんだけど、それでも嬉しいの?
現代日本で生きてきたユウは首を傾げている。
だがこの世界では布も貴重品なのだ。そして古着と言っても、買ってからまだ四日目の物だ。実質的には一日程度しか着ていない。
そして駆け出しや初心者向けとは言え冒険者用の衣類の布地だ。一般人が着る物よりはるかに丈夫に出来ている。
地球でも産業革命前だと、布は家内制手工業として農民が片手間に作成していたのだ。供給量が一定でもなければ、品質も一定ではなかっただろう。その中から丈夫な物が冒険者用に回されていたのだ。
多少の血の跡や穴は、別の端切れを重ねるなり塞ぐなりすれば問題ない。
戦争中のドラマやマンガなどで、織物を対価に食料を購入するのを目にした者もいるだろう。ユウの古着は一財産とも言えるものなのだ。
その衣類を前の街レリで買って対価を支払ったのはソンジュだ。実際に金銭を出したのがユウだったならば、そのことに気付けたのかもしれない。
ソンジュ達は宿代を支払う。と言っても全額ワイトに任せるのだが。
ワイトもそうなる事は分かっていたのだろう。文句も言わずに少し色を付けて女将に対価を手渡していた。
そして三人は宿を出る。もちろん街を出る前に朝食を取っておく。
ついでに昼食代わりとなる果実も仕入れておく事をソンジュは告げる。
「朝食は昨日と同じ店にしようか。ユウは夕食を取った店の方が良いかな?」
「ううん、ああいった料理はたまに食べるから美味しいのよ。私も昨日の朝と同じ方が良いと思うわ」
「……なあ、俺の意見は……訊いてくれる訳ねえよな……」




