40.息子の方は知ってるよ
三人は宿に戻ると、受付にいる女性に軽く挨拶を交わす。
その後すぐにコンシェルジェの男性に部屋に案内される。
案内された二部屋は隣り合っていた。離れた部屋になっていないのは宿の女将の配慮だろう。
ワイトは案内をしてくれた男性が、昨夜と違って縄を持っていない事に気付いてホッとしている。
先にワイトが独りで泊まる部屋の前に到着する。案内の男性が扉を開けてワイトに入るように促していた。
ワイトは部屋に入りながら、ソンジュとユウに声を掛けた。
「明日からの予定を話してえから、後でそっちの部屋に行くぜ」
「何を言っている? 女性二人が泊まっている部屋に入り込む気か?」
「そうよ! 後から私達がワイトの部屋に行くから、それまで大人しく待ってなさい!」
「……あ、ああ……分かったよ……」
なぜ怒られたのかが解らないワイトは首を捻っている。
ワイトは単純に人数が多い部屋に集まるのが当然だと思っていた。相手が女性である事など気にもしていない。
それこそ彼女達が下着などを干している可能性が高い事にも気付いていない。
この気の利かなさが、ワイトに彼女も嫁も出来ない原因の一つなのだろう。
何か納得いかないような顔をしながらもワイトは部屋に入っていった。
ワイトの隣の部屋にソンジュとユウも入っていく。
部屋に入るとソンジュは扉に閂を掛ける。
部屋はユウの感覚だと八畳程度の大きさだった。
少し奥行きのある形で、窓沿いと入り口近くにベッドが設置されている。ベッドの間の空間には机と二脚の椅子が用意されていた。
机の上には燭台が置かれている。夜間でも書き物をするためなのだろう。それに窓と入り口の中間辺りに机があるのは、話を他人に聞かれないようにだろう。
商人達が使うための部屋のようだ。
ソンジュの言う女性でも安心して休める宿と言うのは、商人なんかが使うような宿なのだ。専属の護衛を雇っているような、仮に襲われても撃退できるような。
ソンジュは奥の方の窓際のベッドに腰掛ける。
こういった宿の場合は窓際の方が危険なのだ。内部は護衛が護っているから、外部からの侵入の方に気を付けなければならない。
ソンジュはユウを安全な方に誘導しているのだ。
「ふう。今夜はゆっくり休めそうだな」
「ソンジュ……もしかして昨夜は寝てないの?」
「さすがにアイツが一緒の部屋にいるのに寝てもいられないさ」
「……ごめん。私がずっと眠っていたからよね」
「ユウが気にする事はないよ。ユウの魔法のおかげで三人共無事だったし、怪我も癒されたんだからね。それに私は三日くらいなら徹夜しても平気さ」
うわー、彼みたいな事を言ってる!
三徹くらい慣れてる、って自慢できる事じゃないと思うんだけど。
それほど期限ギリギリまで引っ張ってるって事でしょ?
ソンジュのような冒険者の場合だと、人数不足で寝てなんていられないって事になるんじゃないの?
あ、でもソンジュって単独活動が多いんだっけ。深い眠りは必要ないのかな? だって赤弧狼だもんね。
ユウはローブはそのままで内部に装備している防具は外している。
やはりユウにとって肘から先や、膝から下の防具を着け慣れていないのだ。
ローブは被ったままなので、案内の男性が湯桶を抱えてやってきても問題はないだろう。
ソンジュは未だ革鎧を着たままだ。彼女はユウと違って冒険者なのだ。それも二つ名を付けられるくらい一流の。
寝る直前まで気を抜く事がないのだろう。
ユウは軽く荷物を整理している。今日入手したポンチョなどを背嚢から出して眺めたりしていた。
そして前に着ていた服を取り出して考え込む。
どうしようかな、これ? ソンジュの話だと捨てるのは論外なのよね。
でも太腿のところには大穴も開いているし、その周辺の血の跡って簡単に落ちないだろうし……端切れとしてしか使えないと思うんだけど。
たぶん二度と着ることがない筈だもの。明日は朝早くにこの街を出るから、売りに行く余裕もないしね。
「ねえ、ソンジュ。この服ってどうすれば良いのかな?」
ユウは前に着ていた服を拡げながらソンジュに尋ねる。
「まあ、多少荷物になるだろうが隣の街まで持って行くしか無いだろうな。と言うか、記念として残しておくのではないのかい?」
「何の記念よ! 初めて魔物に遭遇したことを覚えておくために残しておくの? それとも大怪我したのを戒めるために?」
「いや。私が初めてユウのために服を買ってあげた事を記念してさ」
「……え!?」
ううう……ソンジュって時々こういった不意打ちをするのよね。そんな事言われたら捨てられないじゃないの!
「ふふふ、冗談だよ。そうだな、この宿に残しておけば良いんじゃないかな。一言告げておけば有効に使ってくれる筈さ。たぶん売っても二束三文だろうしね」
なるほどね。それならいいかな。夕食で行ったお店を紹介してくれたお礼代わりになるし……なるのかな?
ユウは拡げていた服などを再度背嚢に収める。
そしてソンジュと連れ立って隣の部屋に向かった。
ソンジュがワイトの部屋の扉をノックすると、疲れたような顔をしたワイトが出迎える。
「遅えよ……なんで半刻も掛かってるんだよ!?」
「特に急ぐような話をする訳でもなかろう?」
「女性にはいろいろ都合があるのよ。黙って待ってなさいって言ったでしょ」
「……ああ……この二人に付き合うって言ったのは間違いだったかもしれねえ」
ワイトは二人に聞こえないような小声で呟いた。
そして少し頭を振ってから二人を部屋に招き入れる。ソンジュもユウも遠慮する素振りは見せない。
ワイトの部屋も二人に宛てられた部屋と同じようなものだった。ワイトは入り口側のベッドを使用するようだ。
それでも二人を机の方に案内すると窓際の方のベッドに腰を下ろす。まず無いのだろうが、それでもやはり二人を外部からの侵入者から護るつもりなのだ。
「それで明日からの予定だったな?」
「ああ。スプルの襲撃のせいできちんと確認取れてねえが、王都を目指すって事で良いんだよな?」
「さしあたってはその予定だ。隣の街が副都だったな。そこから王都までは一旬程度だったか?」
「まあ王都と副都を繋ぐ道だからよ。整備もされてるし、ウェルビ河前後の街を除けば一日おきには街もあるしよ」
「この時期だと増水期だしな。少し足止めを喰らいそうか?」
「それは大丈夫だ。昨年橋が架かってよ。俺達はその手伝いもしてたんだぜ」
「ほう、あの河に橋が架かったのか。ならば行程が楽になるな。……しかしお前達って事は魔法兵団が仕事として動いたのか? よく上層部が認めたな?」
「ははは。魔法兵を工兵扱いするのに反対してた魔法兵団のトップが交代したんだよ。なんか息子の不祥事の責任を取るってな。ラサキー侯なんて知らねえよな」
「いや、息子の方は知ってるよ。ある街のギルドマスターをしていたが馘首にさせたからな」
「……赤弧狼の二つ名は伊達じゃねえな……」
ユウは二人の会話を黙って聞いている。ここの地理など知らないので口の挟みようがないのだ。
それでも気になって声を掛ける。
「ねえ、副都には学校なんて無いの?」
「あるにはあるが……魔法の研究はしていなかった筈だよ。高位貴族の連中は王都に向かうし、低位貴族なんかが通う学校しかないからね」
「ああ、俺も最初は王都に連れてかれたしよ。やっぱ魔法って言ったら王都になるよな」
そっか。副都じゃ魔法に関する情報収集は無理ってことね。
でも、うーん。王都まで一旬か。確か十日ってことだよね。この世界に来てから既に三日目だもの。王都まで二週間は掛かるのね。
もう! どうせ街の近くなら、王都の傍に呼び出して欲しかったわ。
でもそれだとソンジュに出会う事も無かったし仕方ないのかな。




