39.木と藁と紙で出来ているのかな
「とにかく食べようか」
ソンジュの合図で各々が小皿に料理を取っていく。
ユウは最初にスープを小椀に掬って飲んでみる。そしてその味わいに驚きの表情を浮かべた。
なに、これ!? 醤油……じゃなくて魚醤!?
ナンプラー? ヌクマム? いいえ、前に食べたしょっつる鍋に似た味のような気がするわ。
なんて言えばいいのかな。旨味があると言うか。まだこの世界に来て三日目なのに、それでも懐かしい味と言うか。
え!? この世界には本当に日本風の国があるの!?
「ねえ! ソンジュ! イオズムフってどんな国なの!?」
いきなり声を荒げたユウに、驚いたようにソンジュは答える。
「ユウ、どうしたんだ? 急に大声を上げて。……イオズムフか。そうだな、南方にある国でどんなに急いでも半季は掛かるだろう。相当な山脈を越えた先にあって海に面した国だな。夏は熱く冬でも温かい国で香辛料の栽培もしていたな。海のおかげか海魚の料理が主体だったよ。だけどユウのような黒髪黒目の者はいなかったはずだが」
「……ああ、そうなんだ……」
……ナンプラーやヌクマム、しょっつるのような魚醤があるからって、アジア系の人達がいる訳ないわよね。
それにそんな事を聞いたところで意味なんてなかったわ。
この料理だってイオズムフの郷土料理なんでしょ。何十何百年と続いてきた料理なんでしょ?
もしそうだったなら地球からの転移転生者がいて魚醤を広めたにしても、その人が生きている筈ないもの。
「ごめんね。なにか知っている味に似ていたから、つい……」
「そうか。まあ、気を落とす事はないさ。似たような環境なら、同じような味覚の場所だってあるだろうからね」
肩を落とすユウに、ソンジュは優しい言葉を掛けている。
ワイトはそんな二人の様子を少し怪訝そうに見ていたが、特に口出しする事もなかった。気にしていない振りで料理を頬張っている。
「確かに変わった味だな。甘いのか塩が効いているのか、よく分からねえや」
「そうなんだよ。だが気になるだろう。なんというか複雑な味だからな」
「この酸っぱさや辛さも良い塩梅だな。なんか食欲を増す感じじゃねえか」
「いくぶん本場の味よりはマイルドになっているようだがな」
「ええと、ワイト? それって『旨味』って言うと思うんだけど……」
「なんだよ、それ? 酸っぱい、甘い、塩からい、苦い、以外の味があるって言うのかよ?」
「……ああ、知らないのね……」
そっか、旨味なんて分かるの日本人くらいだものね。
二十一世紀まで西洋の人達って旨味を理解出来なかったって聞いたもの。
塩味と甘味の絶妙な調和だとか言ってたって。
舌の味蕾にある感覚細胞にグルタミン酸だかイノシン酸だかの受容体が発見されるまでは、旨味なんかには懐疑的だったって。
そのせいか西洋には該当する言葉がないらしいので「umami」って記述されているって。
彼が熱心に語っていたなあ。
まあ未だに日本料理は塩からいなんて、馬鹿な事を言ってる民族もいるそうなんだけど。たぶんカプサイシンに舌をやられて味覚異常になってるんだろうなあ。
辛味なんて痛覚に対する刺激じゃないの。あれは味じゃないのよ。
もっとも適度な辛さって発汗発熱、食欲増進の作用もあるから美味しいって感じるんだけれど。
うーん、だけどやっぱり中華料理、ううん、東南アジア系の料理に近いのかもしれない。魚醤も使っているようだし、酸味と甘味それに辛さの調和ってエスニック料理を思い出すわ。
もし魚醤を伝えた転移転生者が過去にいたとしても、たぶん日本人じゃなかったんでしょうね。
あ! この料理はお米を使った料理だ! この世界にもお米があるんだ! でも長粒種、インディカ米みたいだわ。
サークル仲間達は短粒種、ジャポニカ米の生産量なんて、現代地球でも二割程度だって言ってたもの。
だけど炒めているし、エスニック料理と考えれば問題ないわね。
他の料理も炒め物が多いし、やっぱりエスニック料理って感じなのかな。
少し躊躇いがちに食事を進めるソンジュとワイトとは違い、ユウは健啖に食べ続けている。他の二人は共に少し呆れ顔だ。
現代日本の、それも都市部に住んでいれば、大概の国の料理を食べる事が可能なのだ。そしてユウはサークル活動以外では、郷土料理や異国料理の食べ歩きも趣味だった。
この世界の食材は自分の身に毒でない事が判明している。となると、他国の料理を食する事が出来るのは絶好の機会なのだ
しかもエスニック料理のような味である。ユウの舌には十分美味しいと感じられるのだ。
ソンジュ達は夕食を終えて、再び軽く散歩しながら宿に戻る。
さすがに三人はこの街を詳しく観光をするつもりはない。彼女達は物見遊山の旅をしているではないのだから。
散歩がてら街の景色を楽しむ程度だ。
ソンジュとワイトにはよく見掛ける街の風景だ。特に気にする様子もない。
だがユウにとっては驚きの光景だ。少しはしゃいでいるかのようにも見える。
周りをきょろきょろと見ているユウに、呆れたようにソンジュは声を掛ける。
「そんなに珍しいのかな?」
「え? あ、うん。やっぱり私の『国』とは違うんだなって」
「ユウのところではどんな感じなんだい?」
「ええと、そうね。家なんかも基本は……木と藁と紙で出来ているのかな」
「はあ!? ユウさん? あんたのとこには石がねえってのか?」
「違うわよ! 私の『国』では地揺れが多いの。だから重い石なんかじゃなくて、軽い木や藁や紙が家を建てる時の材料になるのよ」
「地揺れか。私も一度経験した事があるが恐ろしいものだったよ。世界そのものが揺れるんだからね。ほとんどの家が潰れていたしな」
「……その……私の『国』では有感地震、人の身体で感じる地揺れが年に二千回くらい起きるんだけど……」
「おいおい! 信じられねえよ! よくそんなところで生きてられるな!」
現代日本でなく、中世以前の日本の建物を思い浮かべてユウは答えている。
鉄筋コンクリートやモルタルなどを話せる筈もない。そもそもセメントの造り方なんて、ユウは知る由もない。
分かる範囲で伝えるので一杯なのだろう。
三匹の子豚って罪作りな話よね。あれってイギリスの童話だったっけ?
あの話のせいで勘違いする日本人の子供達も多いらしいじゃない。
子豚が藁や木で造った家は狼の鼻息で吹っ飛んじゃうけど、レンガで造った家は助かるんでしょ。
地震が少ない国の童話だもの。世界有数の地震国の日本にはあってないわ。
家が崩れにくい軽い材料の方が日本には向いているのよ。
さすがに現代では見かけないけれど、木で骨組みが造られていて、紙の障子が壁代わりで、それに藁葺きの屋根が普通だったのよ。
三匹の子豚では失格扱いの藁と木の家だけれど、そっちの方が日本の地理や気候には向いていたのよ。
もし家が崩れたって、そんな材料なら圧死したりしないでしょ。
痛ましい話だけれど、地震で倒れたブロック塀の下敷きになって亡くなった児童の話も聞いた事があるわ。
それにしても改めて街を見ていると、やっぱり日本と違うわね。
前のレリの街の時は転移? 強制連行? 直後だったせいもあって、落ち着いて周りを眺められなかったもの。
晩に服や防具を買う時に宿を出た時だって、辺りの景色より自分の格好の方が気になっていたしね。
翌日だって換金後はなるべく早く街を出る必要もあったもの。異国情緒を味わう余裕なんてなかったわ。
通りは石畳みのようね。表通りだけみたいだけど。裏通りや脇道なんかは土が露出したままだもの。
それにしても「あの臭い」がしないのは不思議ね。その……中世では汚物は垂れ流しが基本だったって彼は言ってたけど。
「ねえ、ソンジュ。たまに見かけるあのマークは何なの?」
「あれは公衆便所を示している印だよ。ユウの『国』には、そんな施設は存在しないのかな?」
「いえ、あるわよ。ただ表現の仕方が違ってるから気になったの」
へえ、公衆の便所なんてあるんだ。って、地球でも古代ローマだかギリシャの時代には存在してたわよね。公衆浴場だって存在していたそうだもの。
やっぱりあの宗教が無いおかげなのかな?
家は基本はやっぱり石組みなのね。木で筋交いをしている感じかな?
平面のガラスは無いみたいね。木製の窓を開放しているのかな。一斉に外に開かれている。
壁も漆喰で真っ白に塗られていてとっても綺麗。
なんか巨人が出てくるアニメで見たような家ね。
そんな家々がずらっと並んでいるのは、やっぱり壮観だわ。本当に異国にいるみたい。……いえ、たぶん本当に異世界なんでしょうけど。
ユウは他の二人に色々な質問をしながら散歩を楽しんでいた。
ソンジュやユウが言っている「国」の前に「別の世界の」の言葉が隠されている事に、果たしてワイトは気付けたのだろうか。




