38.でもお高いんでしょ?
軽い昼食を終えて、三人は防具屋を目指して歩いていく。
ソンジュは衣類はともかく、防具はユウのために良い物を買うつもりだった。
と言ってもさすがにオーダー品を注文して、それが出来上がるまで待つ事などは考えていない。質の良いレディメイドの物を選ぶ予定だ。
ワイトも昨日にギルドで防具屋を幾つか聞いていたようだが、高ランク冒険者のソンジュの目利きに任せるらしい。
何軒かの店を覗いた後に、ソンジュは一軒の店に入っていく。ユウとワイトを手招きしながら。
「この店が良さそうだな。中堅からベテランになるくらいの冒険者用の装備を置いているようだからな」
「でもお高いんでしょ?」
「ユウなら十組を纏めて買っても余裕があると思うよ」
「……あんた等二人揃って金持ちなんだな……」
「ガントレットとレッグアーマー、レザースカートだけだからな。ユウには全身を覆うような鎧だと重過ぎるだろう。ワイト、お前だってあのスプルの群れの報酬で買える範囲だと思うぞ」
ソンジュの注文で店主が並べた防具類を、ユウとワイトは手に取って確認していく。さすがに新人や駆け出しの冒険者が装備する物とは違うようだ。
ほんとね。手触りからして違いが分かるわ。強靭な革を使っているのね。なのに着け心地はほとんど変わらないなんて。
重さが変わらないのに強度が増してるんだ。これが中堅ランク以上の冒険者用が使う装備なのね。
これならあの狼、スプルだっけ? の角でも簡単に貫けないと思うわ。
うーん、それならソンジュの装備ってどんなのかな? 見た目では、あのスプルの攻撃にもほとんど傷付いてはいないようだけど。
現代地球で例えるなら殿堂入りメジャーリーガーの一歩手前くらいって言ってたわね。この防具ですら玩具に見えるような強度の防具なんだろうな。例えばドラゴンの革で出来ているような。
たぶん、そんな革をフルオーダーして作ってるんだよね。と言うか、もしかして自分でドラゴンを狩ってきたの?
ユウはレザースカートのみ少し長めのものに変えている。いくら治癒や回復の魔法が使えるとは言え、さすがに太腿の部分を覆わないのは怖くなったのだろう。
それでも上半身は心臓部を防御するポイントガードだけだ。
ユウは全身に纏う革鎧も試してみたが、即座に諦める。
やはり身体の全てを覆うような革鎧は重過ぎるのだ。敏捷性を強化しても普段と変わらない動きしか出来ないのでは意味がない。
ワイトも新調した装備を満足そうに着ている。
軍で支給されていた防具に勝るとも劣らない。
いや、自分の身一つで難事に当たる事の多い中堅やベテランの冒険者の方が良い装備をしているのだ。
もっともユウもワイトも、新調した防具をローブの下に装備する事になるので見えなくなるのだが。
三人は防具を買って店を出る。もちろんソンジュは何も買っていない。
さすがに夕食には早過ぎる時間だ。一旦宿に顔を出して、新たな部屋が用意できているかを確認する事にする。
宿に着くとソンジュは受付にいる女性に質問する。
「ただいま、女将さん。どうかな? 部屋は用意できたかな?」
「あら、おかえりなさい。二人部屋を二つで良いのよね。大丈夫、ちゃんと空いてるわよ」
ソンジュの確認に宿の女将が軽く請け負う。
今夜はソンジュもワイトを見張っている必要がない。ぐっすり休めそうだ。
それにレリに向かう商人なども宿を発っているらしい。部屋が空いているという事はそうなのだろう。
なるほどね。部屋貸しなんだ。
考えてみれば当然よね。シングルの部屋なんかある訳ないもの。人数で料金が変わったりしないんだわ。
たぶん表通りにそびえるホテルにしかシングルなんて無いのよね。ううん、もしかするとホテルにもないかもしれないわ。
けどワイトは二人部屋に一人で過ごすことになるのね。寂しくはないのかな?
だけどワイトは一人でも特に気にする事はない。
そもそも一人旅をしていたのだ。泊まる宿は雑居部屋だったり、良くて二人部屋を一人で借りていたのだ。
二人部屋を一人で借りても、それでも表通りにあるホテルなどよりは安い。それこそホテルは裕福な商人や貴族なんかが使用するのだから。
ワイトは農民出身で元軍属の魔法兵だ。最下層の爵位を持ってたとは言え、そんなホテルに泊まる事などなかった。それこそ今のこの宿の方が、遠征なんかの折に良く利用していた宿に近いだろう。
「それで、女将さん。私達はどこかで夕飯を食べようと思うのだが、お勧めの店はあるかな?」
「そうですねえ。……そちらの方は南方のご出身ですよね。イオズムフと言う国をご存知かしら? そちらの国の料理を扱っている店があるのですが……」
「イオズムフ料理か。南方の国で海魚が主体の料理だったか。食べた事はあるが、なんか不思議な味だったな。塩が効いているような、だが甘味もあるような」
「確かにすこし変わった味ですね。使ってる基本的な材料はあの国と同じなのですが、こちらの人の舌に合わせているようですよ」
「ふむ。まあ、良い機会だ。その店に行ってみようか。ユウも良いかな?」
「ええ。この……異国の料理ってのも興味を惹かれるものがあるし」
「なあ。俺には……いや、分かってるよ。俺に確認取ったりしねえよな……」
イオズムフかあ。魚が主料理って日本風? そんな訳ないわよね。
島国でもなさそうだし、大和・ヤマトとか倭・ワとかのいかにも日本を模したような名前じゃないもの。
うん。よくマンガや小説で見かける日本文化の国、味噌や醤油を造り出している国って事はなさそうね。
それにうっかり「この世界」の異国の料理って言いそうになったわ。
ダメダメ、気を付けないと。ソンジュ以外に異世界出身だと悟られるわけにはいかないもの。
……ワイトは少し疑っているのかもしれないけれど。私がこの世界で生まれ育ったのではない事を。
部屋の予約を行なって、再び三人は宿を出る。
ゆっくりと散歩をするかのように歩きながら、紹介された料理屋に向かう。
朝と同様にワイトもすぐ傍にいて、ソンジュやユウと軽い雑談をしていた。
「ソンジュよ、あんた赤弧狼だったんだな」
「ふん、そんな風に言われる事もあるな。だがよく知っていたな? 二つ名なんて上位冒険者かギルドマスターくらいしか呼ばない筈だが」
「俺は軍属だったって言ったろ。軍の連中が怯むような魔物相手に戦っていた奴の噂くらいは聞くさ。そうだな、他にも『剛剣王』とかさ」
「剛剣王か。奴とは一度組んだ事があるよ。軟派な優男だったな」
「はあ!? え、山のような大男じゃねえのかよ!? 剛剣なんて呼ばれるくらいだから、てっきりそうだと思ってたんだがよ」
「奴が得意なのは受け流しさ。力を上手く逸らせて相手の攻撃を無力化するんだ。まあ周りからは打ち合っているように見えているから、そんな二つ名が付いたのだろうな」
「……なるほどな。赤弧狼だって厳ついオッサンだと信じてたしな。まさかこんな別嬪さんだとは思わなかったよ。で、あんたの二つ名の由来はなんだよ?」
「さあな。私が名乗ってる訳ではない。他の者が勝手に呼んでるんだ。なぜそう言われるかなんて私が知りたいくらいだよ」
まあ、そうよね。自分から二つ名を名乗るなんて中二病も過ぎるわよ。
それに二つ名なんて、その筋では有名って程度の筈だもの。一般人や盗賊なんかが知ってる訳ないわよね。
現代日本で「兜町の風雲児」なんて言われても、それが誰だか知っている人なんてほとんどいないと思うわ。って言うか、その二つ名自体を聞いた事がある人も少ない筈よ。
……もっともあのサークル内では、二つ名……と言うかコードネームを自分から付けたりするのはよくある事だったんだけど。あくまで作成したキャラクターに対してだけどね。
到着した料理屋は他の店と変わらない外観だった。
特に和風でもなければ中華風でもない。見た目だけだと異国の料理を出しているとは思えない様子だ。
ソンジュは気にせずに入っていく。ユウとワイトもその後に続いていく。
席に着いた三人は注文を行なっている。
ユウは相変わらず注文はソンジュ頼りだ。
この世界での、さらに異国の料理ともなると、どんな物が出てくるかなど想像もつかない。少なくともイオズムフ料理を食べた経験のあるソンジュに任せるべきだろう。
ワイトも料理名だけでは分からないらしい。結局はソンジュと同じものを頼んでいた。
しばらく待つと注文した品々が運ばれてくる。
ただ、それらの料理は一人毎に用意された物ではない。大皿に纏めて運ばれてきている。スープでさえ大きな深皿に三人分が入っていた。
同時に小皿や小椀が人数分用意されて、料理と同時に持ってこられる。
ワイトはそれを見て面白そうに口を開く。
「へえ。珍しい形式だな」
「ああ、確かにイオズムフ風だな。纏めて作ったものを大皿で提供して、各人が小皿に取り分けるんだ」
「冒険者なんかだと奪い合いになるんじゃねえのか」
「あの国の冒険者にそんな馬鹿はいないさ。場所が変われば常識も変わる、って事だな」
「ソンジュはイオズムフに行った事があるの?」
「まあね。護衛依頼だったんだが半季以上は費やしたかな?」
一年を四季に分けて、その半分って事よね。単純に換算しても一ヵ月半? それ以上って事は二ヶ月近く? 相当な遠方のようだわ。
行商や隊商の護衛で行ったって訳ではないんでしょうね。
たぶんそれって要人警護だったんでしょ。いくら実力があっても女性のソンジュを護衛にするって事は……相手も女性だったんだろうな。




