36.私の素足を見たいって言うの?
スプルに関しての話は済んだと思ったのだろう。
牙の査定の時間を待ちながら、ソンジュはギルドマスターに問い掛けた。
「そう言えば、この街からレリの街に向かうのは禁じられているのかな?」
「……いや、そんな命令は出ていないのだがな」
ギルドマスターは疲れたように返していた。
その問いに答えるのは何度目になるのだろうかと考えながら。
彼女だけが訊いてきたのではないのだ。ワイトがギルドに報告に来る前から、先にレリの街からこの街に着いた商人などからも尋ねられたのだ。
その者達もソンジュ達と同じように、この街からレリに向かう者に一人も会わなかったそうだ。
レリの街が伝染病などで封鎖されているなら、自分達も隔離されるか入城拒否をされる筈だ。だがそんな事はされていない。
レリから来た者達は全員が気になっていたのだろう。
正直なところ、ギルドマスターにもその理由が分からなかった。
ギルドで確認したが、昨日だけは偶然レリの方面での依頼がなかったのだ。
隊商なんかに確認を取ったりもした。だが具合が悪い者が出たとか、この街で休養を取るつもりだったとかで特におかしな話も聞けなかった。
本当に偶々だったのだろう。……ギルドマスターになってから今まで、一度たりともそんな日があった試しがないのだが。
ソンジュやワイトもそれ以上を訊く気はないようだ。
そして牙の査定を終えて、報酬と買い取り額を纏めて渡される。それをワイトが受け取っていた。
ユウにはソンジュの質問の意図が分からない。なぜワイトが報酬を受け取るのだろうとも思っている。不思議そうな表情を浮かべていた。
ただその姿はギルドマスターに、この娘には言葉が通じていないのだと納得させるのには十分だった。
スプルに関する話を終えて、その報酬を受け取ると三人はギルドを後にする。
ギルドマスターは二つ名持ちの冒険者であるソンジュに何かを言いたそうだったが、結局は黙ったままだった。
赤弧狼ソンジュはあの異国人の女性を案内していると言っていたが、実際は護衛をしているのだろう。
あの異国人のユウと言う名の女性は貴族ではあるまい。二つ名持ちとは言え、さすがに貴族の護衛が一人と言うのはありえない。
あのワイトという男も護衛ではないのだろう。彼は軍を辞めたばかりで、未だ冒険者登録もしていない。話を聞くとスプルに襲われた時に、偶然近くにいて共闘しただけらしい。
たぶん赤弧狼が男気? を出して、この異国人の女性を彼女の目的地まで連れて行こうとしているのだ。
そして今現在、この街のギルドには急を要する依頼もない。
ウォーロキの街のギルドマスターは諦めて三人を見送った。
「ったく、ギルドも同じってか。レリに向かう者が一人もいなかった事を気にもしてやがらねえ」
「たぶんレリの街の方でも、誰一人としてウォーロキの街から来ていない事を疑問に思ってないのだろうな」
「……そんな事がありえるのか?」
ギルドを出てからしばらくして行なわれたワイトの問い掛けに、ソンジュは静かに答えていた。
そしてソンジュは己の考えに沈み込んでいる。
一日の距離が離れている二つの街の住民全ての意識を気付かれずに逸らせる? 誰がどうやって?
……世界の意思か。そんなのがあるとは思えないのだがな。
ユウを襲うのに他の人間を巻き込みたくなかったのか? だがそれなら魔物だと死んでも構わないと言うのか?
世界にとっては人間も獣も同じような存在としか考えていないと思うのだが。
それとも人間だけを救う神様? そんな馬鹿げた存在がいる筈もないし、そもそも神様なんて想像上の存在に過ぎないだろう。
それに私やワイトはどうなるのだ? まだ私の方は、ユウが頼りに思ってくれているから分からなくもない。
だがワイトは?
アイツは本当に通りすがりだ。あの時点ではユウも頼るどころか信用すらしていなかった筈だ。
ユウの傍にいる存在だけは影響を受けない? それならスプルだって襲ってくる事はなかっただろう。
「ねえ。二人は何の話をしてるの? ギルドマスターに尋ねていたのって、どういう意味なの?」
ユウだけはソンジュとワイトの会話の内容が分からない。スプルの群れとの戦いの後は気を失っていたから仕方がないのだが。
ウォーロキ側から来る人が全くいなかった事を知らない。だから二人が何を疑問にしているのかも気付いていない。
「ああ、ユウは眠っていたから知らないかな? この街からレリに向かう者が全くいなかったんだ。それが少し気に掛かっててね」
「……それって珍しい事なの?」
「まあ一日程度の距離にある街だからね。冒険者すら一人もレリに向かう方の城門を出ていないってのは、さすがに不思議過ぎるだろう?」
確かにこちらの街からの人って見かけなかった気がするわ。もっとも、お昼過ぎからの記憶は無いんだけど。
でも中世みたいな世界だと、街から街への移動もそんなに簡単なものじゃないと思ってたんだけど。
馬車だって護衛の人達が周りを囲んで歩いて付いて行ける速度だって、サークル仲間達が言ってたしね。
そもそも馬車って荷を運ぶためのものでしょ? 貴族なんかが乗っているのも、歩くのが疲れるからでしょ?
碌に舗装もされていない道を馬車で走って行く? サスペンションも無いような時代の馬車で?
馬車が転倒するか、乗ってる人達が酔い潰れるか。どちらにしても無理に決まっているでしょ。
マンガや小説だと途轍もない高速移動手段のように描かれている事が多いけれども、そんな訳ないじゃない。
って、そんな事はどうでもいいわ。
それでもやっぱり冒険者すら城門を出ないってのはおかしいわよね。
あの狼達、スプルって名だったか、は絶対に私が目当てだったわ。
誰にも悟られずに特定の場所、スプルの群れが集う場所に近寄らせなくする?
私を襲う現場に人を寄せ付けなくする?
神様かそれに類する者がそれを行なったの?
でも、それだとおかしいと思うんだけど。
だって私をこの世界に呼んだのって神様みたいな誰かでしょ?
回復系の魔法なんて自然に身に付く筈ないもの。私を連れて来た誰かが与えたんじゃないの?
そんな誰かが、わざわざ異世界からチート能力を与えてまで招いてきた私を消し去ろうと考えるの?
もしかして私を連れて来た存在とは別に、私をこの世界から弾き出そうとしている存在がいるってこと?
世界の管理者って一人じゃないの? 神様って一人じゃなくて複数存在しているの? その各々の意思が違っているって言うことなの?
……そして私を駒にして代理戦争でもしているの?
ソンジュが雰囲気を変えるためか、買い物に行く事を告げる。
「まあ、考えても仕方がないことだ。とにかく予定通り、衣類や防具を新調することにしようか。まずは服だな。ユウもそれでいいかな?」
「うん。やっぱり穴の開いた血塗れのズボンって言うのはちょっと。いくら布を包帯のようにして隠していてもね。それに他に欲しい物も出来たから」
「俺のローブもボロボロだからな。助かるぜ」
「ああ? 何を言っている? お前を一緒に連れて行く筈がないだろう」
「え!? 俺だけ除け者かよ!」
「ワイト? たぶん私はその場で着替える事になるんだよ? なに? 私の素足を見たいって言うの? と言うか、見せるとでも思っているの?」
「……」
そりゃ冒険者用の服なんて同じ店で扱ってるんでしょうね。前の街のお店だと男女の区別もなかったみたいだし。
冒険者仲間なら男女関係なしに衣類を買う事もあるかもしれないわ。でも私は冒険者になる気もないし、ワイトもまだ冒険者じゃないんでしょ。
たぶんこれって現代日本の考えなんだろうけれど、やっぱり恋人でもない男性と一緒に服を買いにいく気は無いわよ。
「『憑いて』くるなら店の中には入らずに表で待つんだな」
「なあ……なぜか言葉遣いがおかしな気がするんだが……」
ワイトを無視するかのように、ソンジュとユウは歩き始める。
当然だが大通りに面した店はスルーしている。
ユウだって分かっている。この手の店に求める物が無いだろう事が。さすがにオーダーメイドの服を望む気も無い。
裏通り、一般人が行き交うような通りに三人は歩を進めた。
やはり一流の冒険者なのだろう。ソンジュが一軒の店の前で立ち止まった。
「ワイト、お前はこの店の前で見張っていろ」
「分かったよ。けど、なるべく早くしてくれよ」




