35.たぶん俺のせいだな
「おーい、二人共こっちに来てくれ。会議室に案内してくれるってよ」
ワイトの呼びかけに、二人は肯いて寄っていく。
ギルドの職員に案内されたのは小さな会議室だ。
ユウの感覚では六畳くらいに思えた。木のテーブルに背もたれもない椅子が何脚も置かれているだけだ。ホワイトボードもパイプ椅子もない。
ユウは会議室と言われて想像したものと違う事にそっと溜息を吐いた。
案内してくれたのとは別の職員が、ソンジュ達三人の前に木製のカップを置いていく。カップの中には水が満たされていた。
「ギルドからの呼び出しで水が出るなんて珍しいな」
「たぶん俺のせいだな。これでも国軍所属の魔法兵だったんだ。高位貴族なんかに伝手があると思われてんだろ。……実際にあるんだがな」
「なるほどな。下手な対応はギルドの問題になると思ったのか」
それから少しすると二人の職員が会議室に入ってきた。
どうやら一人はギルドマスターらしい。
だがユウがギルドマスターと聞いて思い浮かべる姿ではなかった。
筋骨隆々で逞しくもなければ、その顔面に大きな傷が付いている訳でもない。如何にも文官と言った容姿なのだ。
齢は五十前後と言ったところだろうか。
ユウはそっとソンジュやワイトを見る。二人は特に気にしている様子もない。
そっか。ギルドって半国家機関なんだ。って言うか、職業安定所? いえ、公営の日雇い労働者の業務斡旋所って感じ?
ならば当然その長は公務員、ううん、この世界だと貴族になるのかも。
普通なら貴族って、余程の武闘派でもない限り文官タイプが多い筈だもの。
ギルドマスターがワイトに声を掛ける。
昨日訪れたのはワイトだ。彼は元軍属の魔法兵なのだ。そして唯一の男性だ。この三人のリーダーだと考えているのかもしれない。
「君達三人がスプルを退治したんだな。すまないが冒険者がいるなら認識票を見せて貰えないか?」
あれ? 貴族ってもっと傲慢で居丈高だと思ってたんだけど。
上から目線の命令口調だったり、冒険者なんて洟も引っ掛けないような態度だと想像してたのに。
なんか普通? 対等とは言わないけれど、見下すような感じでもないわね。
ソンジュが認識票を差し出す。受け取ったギルドマスターは連れてきた職員にそれを見せるとすぐにソンジュに返した。
ソンジュの認識票を確認した職員は足早に部屋を出て行く。
「そちらの彼女は冒険者ではないのかね?」
「彼女は私のただの連れさ。単に案内をしてるんだ。見ての通りの異国人で、この国の言葉も碌に喋れないのでな」
ギルドマスターの問い掛けに、ソンジュが答える。
どうやらソンジュは、ユウをただの旅人と思わせて自分は案内をしている設定にするらしい。もっとも、その事自体はあながち間違いでもないのだが。
ただ言葉が分からない事にして、ギルドマスターが直接ユウに質問は出来ないように牽制はしている。
「ならば実質二人で五十近い数のスプルを倒したと言うのかな?」
ギルドマスターが少し疑わしそうな目をソンジュとワイトに向けている。
四十六匹ものスプルの群れだ。ランク四の冒険者でも二パーティー、七、八人はいないと厳しい相手だ。
ワイトに見せられた証明書で彼が魔法士だった事は分かっているが、それでも二人で対処出来たとは信じられない。
ソンジュとワイトの二人は黙ったままギルドマスターを見ている。ユウは落ちつかな気な様子でギルドマスターと二人を交互に眺めていた。
お互いがしばらく口も利かずに黙って見詰め合っていた。
なんだ? この二人は? なぜギルドマスターに対して、いや貴族だと分かっている相手に遜らない?
男の方、ワイトに関しては分からなくもないが。こいつは魔法兵だったんだ。准爵位だったとは言え貴族だった経験があるんだ。今は平民だが無為に貴族に怯える事はないのだろう。
もしかすると本当に高位貴族に目を掛けられているのかもしれない。
異国人の女性は本当に何も知らないようだ。きょろきょろと二人とこちらを見回している。状況が分かっていないのだろう。
そしてこの冒険者の女性だ。年齢的にはランク三でもおかしくないのだが、提示された認識票だとランク五だ。
相当の強者なのだろう。だがそんな者の名が聞こえてこない筈はないのだが。
少しすると出て行った職員が戻ってくる。
そしてギルドマスターの耳元で何かを囁いた。
赤弧狼か!? その名なら聞いたことがあるぞ。……しかし、こんな若くて美しい女だったのか!? もっと齢を経た男性だと勘違いしていたぞ。
相当な実力者だと噂されている。幾つものギルドを彷徨いながら、塩漬けになっている依頼をこなしていると。
多少報酬が割に合わなくても、危険な依頼をこなしてくれて感謝しているギルドは多いそうだ。
あくまで冒険者を見下して出された依頼でなく、村人が全財産を出した魔物討伐とかの依頼を片付けている。領兵ですら尻込みするような危険な魔物を相手にしていると聞いたな。
それに幾人ものギルドマスターや領主を潰していったとの噂もある。
もっともその者達は勘違いした貴族だったらしいが。
冒険者を自分の使用人と勘違いしているような馬鹿達や、領民からの要望や危険の訴えを無視するような領主達だ。
そいつ等を叩きのめした挙句に証拠を提示して、ギルドマスターを辞めさせてたり領地を返上させていったと。
そのくせ自分は貴族に対する反逆として罰の一つも受けていないんだ。余程の高位貴族がバックに付いているのかもしれない。
勘違いしている馬鹿な貴族も多いのだが、領地とはその貴族の所有物ではない。王がその地を治める権利を「貸与」しているに過ぎない。
だから領地召し上げや領地替えなんて事が行なわれるのだ。
爵位だってそうだ。永劫不変に受け継がれるものではない。
相続時には当然許可が必要とされる。そのため嫡子や相続予定者は、規律や礼節があり領民を思いやる心を持ったものしか認められないのだ。愚かな噂が立たないように努力した者だけが、相続に値する者として見られるのだ。
特に近年の王達は英邁だ。相続を拒否された者も多いのだ。次男や庶子に爵位が受け継がれたりしているのだ。
それでも愚かな貴族やその子弟達は後を絶たないのだが。
「なるほど、済まなかった。どうやら君を見縊っていたようだ。君と魔法士のペアだと、スプルが相手ならどんな数でも問題ないのだろうな」
ソンジュは黙って肯く。
どうやらこのギルドマスターは現場に詳しくないようだ。貴族なら仕方がないのかもしれないが。
獣や魔物が全滅するまで戦いになる筈がない。半分以下それこそ三分の一も倒されれば、その時点で逃げていくだろう。
五十近いスプルの角を見せるという事の意味を理解していない。総数が百匹以上だったと考えられないのだ。
ギルドマスターはソンジュが二つ名持ちの高ランク冒険者だと納得した後は、主に彼女に対して確認を取り始めた。
どうやらこのパーティーのリーダーは彼女だと見做したらしい。
もっともこの三人の中で冒険者はソンジュしかいないのだ。ワイトは元魔法兵だが現時点では平民だし、ユウに至っては異国人でしかない。
ソンジュだけが冒険者の事を理解していると思っているのかもしれない。
ソンジュは淡々とスプルの群れの事を告げていく。
ワイトの魔法と己の剣だけで倒したと話している。
ユウの魔法に関しては触れない。ギルドのような準国家組織のさらに上位の者を相手に、回復魔法を使えるユウについて明かす気など全くないのだ。
実際あの群れが普通のスプル達だった場合、この二人なら百を越える数であっても倒せただろう。
ワイトの炎の壁を越えてくるスプルもいなかった筈だし、ソンジュが数回の先制攻撃を行なえばスプル達は逃げ去っていただろう。
ソンジュはそのようであったと仮定して話を進めている。ワイトもその話を遮るような真似はしない。
ユウだけは話の内容が分からない振りをしている。上手く演じられているのかの自信は持てなかったが。
「さすがは赤弧狼と言ったところか」
話を聞き終えたギルドマスターの挙げた二つ名に、ソンジュは肩を竦める。
ワイトは少し驚いているようだ。聞き覚えがあるのかもしれない。
ユウは演技でなく本気でポカンとしている。
え!? 赤弧狼!? レッドローンウルフ!? ……赤い一匹狼!?
中二病全開の二つ名だわ。
赤は髪色からよね。一匹狼って言うのは……そう言えば出会った時も独りだったわね。単独で冒険者活動していたんだ。出来る実力があるんだ。
って言うか、ソンジュって二つ名で呼ばれるくらいの冒険者なの?
二つ名なんて自分で名乗る物じゃない筈よ。他人がその人の実績なんかで名付けて呼ぶ物でしょ。
ソンジュって本当に一流の冒険者だったんだ。
「なるほどな。報告に感謝する。報告と討伐の報酬を出そう。牙は買い取りさせるがどうするね? 自分で捌いた方が高く売れると思うが」
「買い取り額は即金で出せるのかい?」
「ああ、用意させよう」
ギルドマスターの感謝と問い掛けに、今度はワイトが口を出す。
もちろん自分で売った方が良いのだろうが時間が惜しい。武具屋や換金屋が一軒で全てを買い取ってくれるとは限らない。数軒を回る必要があるかもしれない。
それにギルドを出たら、装備や衣類の買い物に向かうのだ。報酬と買い取り額を纏めて貰った方が手間も省けて楽になるだろう。




