33.期待した俺が馬鹿だったよ……
「ここは……? 見知らぬ天井だ……」
「……ユウの世界では、その台詞は目覚めた時に必ず言わなければならない言葉なのかな?」
朝になって目を覚ましたユウが発した言葉に、ソンジュは呆れながら返す。
もっとも必ず言う必要も無いのだが、その手の趣味の人にとっては言いたい台詞であるのは間違いないだろう。
ソンジュも呆れた振りをしているが、ユウが無事に目を覚ました事に安堵しているのだ。
「あ! ソンジュ! えーと、どうなって……そうだ! あの狼の群れは!?」
「狼……スプルの事かな? 大丈夫、全滅させたよ。ユウの魔法のおかげでね」
「魔法……ああ、麻痺が効いたのね。良かった。……そうよ!? ソンジュの怪我は? ワイトさんの怪我は?」
「そっちも問題ないさ。もちろんユウの怪我も治っているよ」
「そう……本当に良かった。私がもっと早く魔法を使っていれば、あんな苦労をしなくても済んだのよね……」
「申し訳なかった。魔法を使うな、と念押ししていたのは私だ。ユウが気に病む必要はないよ」
あくまで結果論なのだ。
あの場にいたのが全員信頼できるパーティーメンバーだったら、魔法の出し惜しみなんて仲間を危険に合わせるだけの裏切り行為に近いだろう。
確かにユウが魔法で先制していれば、全てのスプルを麻痺させていたのかもしれない。
ユウが治癒や回復の魔法を使えると知っていれば、ワイトだってユウがスプルの角に刺された時に慌てずに済んだだろう。
だがあの時点では、ワイトは直前に出会ったばかりの男性なのだ。信用など出来る筈がない。
スプルを退治した後も街までは大人しくしているだろう。
だが門衛にユウが回復魔法を使えると告げるかもしれない。もしかすると代官の屋敷に駆け込むかもしれない。
そうなれば国を挙げてユウを囲い込もうとするだろう。ワイトだって貴重な回復魔法の使い手を見付け出した事で報奨金を貰える筈だ。
しかしそんな事態をユウ自身も、ユウの境遇を知っているソンジュにも許容できる訳がない。
実際にはワイトはユウを護るために、ユウを襲おうとしていたスプル達を風の刃で牽制し続けた。自らの身を危険に晒してまで。
ワイトを信用して事前に打ち明けておけば、と言うのは結果としてそうしておいた方が良かったと言うだけなのだ。
「さすがに何も食べずに半日以上眠っていたんだ。冷め切っているが、これを口に入れて置く方が良いだろう」
そう言って、ソンジュは残しておいた少量の串焼きをユウに渡す。
ユウはそれを黙って受け取り、口に運ぶ。
だが数口食した時点で昨日のことを思い出したのだろう。ユウはその身体を震わせていた。
さすがに食した物を戻したりはしない。
怒りに任せてとは言え、自ら幾人ものレリの街の裏組織の男達をその手に掛けたのだ。いまさら魔物の死に動揺したりする事はない。
それでも忘れられないのだ。首筋にナイフを付き付けられた時の恐怖も、スプルの角に太腿を貫かれた時の痛みも。
震え続けるユウをソンジュは優しく抱き締める。
怖い、怖い、怖い! 異世界に来るってこんなに怖い事なの!?
盗賊ってあんなに怖いの? 魔物ってあんなに恐ろしいの?
元の世界に還るために何でもするって言ったのは嘘じゃない。
だけど街の外に出るのが怖くて堪らない。このまま宿に引き篭もっていたい。
でも……きっとそれをしたら戻るのは不可能になるわ。
マンガや小説の主人公って、どうしてすぐに異世界に馴染む事が出来るの!? 簡単に慣れる事が出来るの!?
やっぱり神様や世界の管理者なんかに話を聞いてるから? それともチート能力を貰っているから?
盗賊や魔物なんて目を瞑っていても倒せるチート能力があると平気なの? 恐怖なんて感じなくて済むの?
そんな筈ないわ。私にだって治癒や回復の魔法を使うチート能力があるけれど、あの怖さは忘れる事ができないもの。
もしかして若いから考え方が柔軟なの?
って、私はまだ二十四歳よ! 十分に若いわよ! おばさんって呼ばれる齢じゃないわよ!
……あれ? なんか怒りのせいで落ち着いてきたかも。私も単純みたいだわ。
ユウの体の震えが治まったのを感じたのだろう。ソンジュは抱き締めていたユウの身体を放した。
「まずはワイトを起こそう。ユウに何か確認したい事があるようなのでな」
「確認? きっと私の魔法についてよね……」
「さてな。何を聞きたいか知らないが、別に本当の事を話す必要なんてないよ」
ソンジュは檻のように衝立で囲まれたワイトの眠るベッドに近付いていく。
そのベッドの脚を強く蹴りながらワイトを起こす。
「朝だ。起きろ」
「うおっ! なんだ! ……ああ、あんたか。……もっと気持ちよく起こしてくれねえ? 耳元で優しく『おはよう』とか囁いて欲しかったよ」
「なぜお前相手にそんなふざけた真似をしなくてはならないのだ? 殴って起こさなかっただけでも感謝して欲しいのだがな」
「ああ、うん。期待した俺が馬鹿だったよ……」
ソンジュがワイトを起こしている間にユウは着替えていた。
気が付けば裸身にポンチョを被っただけの姿だ。幾らなんでもそんな格好のままで男性の前に立つ気はない。
傍のハンガーにはブラやショーツがサラシとなる布と共に掛けられている。ソンジュが洗って干してくれていたのだろう。
ポンチョを被ったままで下着を着けていく。さすがに同室に親しくもない男がいる状態で、裸身を晒す勇気を持ち合わせていない。
ユウは少し前屈みになってブラを着けながら考える。
この先もワイトさんと一緒にいるならポンチョは必要になりそうね。うん、買っておこうかな。
あ、でもワイトさんは王都で冒険者になるんだっけ。ならそんなに長い付き合いにならないわよね。
でも夜着代わりにもなるしポンチョがあっても無駄にはならないかな。
シャツはともかくズボンは大穴が開いてるんだけど仕方ないわよね。これを履いておくしかなさそうね。
朝食を食べたら買い物かな。
スプルの群れとの戦闘で気を失ってから、ずっと眠っていたユウは知らない。
ワイトがソンジュとユウにどこまでも付いて行こうと考えているなど。ワイトが既に自分もこのパーティーの一員だと思っている事も。
ユウの着替えが終わった事を察したのだろう。ソンジュがワイトを伴って「檻」から出てくる。
ユウは穴の開いた左の太腿のスボンの上から包帯代わりの布を巻いて、穴を見えなくしている。
たぶんワイトも同じように考えたのだろう。脇腹の箇所に布を巻いていた。
これから外に出るのだ。ギルドに寄って、替えの服を買いに行くのだ。さすがに穴の開いた衣服を人前に晒す気はない。
ワイトはユウの元気な姿を見てホッと息を吐いた。
「おう、元気そうだな」
「ワイトさんも無事だったんですね」
「さん付けは止めてくれ。俺の名前なんて呼び捨てで構わねえよ。俺もユウと呼ばせて貰うからさ」
「あ、はい。なら……ワイト、昨日はありがとう。貴方のおかげで助かったわ。それで私に訊きたい事って何?」
ユウにとっては年上の男を呼び捨てにする事も気にならない。
現代日本でのサークルの活動中には当たり前のように行なっていたのだから。もっとも、その時の名前は適当に付けた偽名であったのだが。
異世界にいて少し現実感が乏しいユウにとっては問題に思えないのだろう。
そんなユウにワイトが問い掛ける。
「ユウ……あんた何者だ?」
「え!?」
「おっと! 勘違いすんなって! ソンジュ、その剣を俺の首から離してくれねえか!」
「余計な詮索はするなと言っておいただろう?」
「だから俺がユウに訊きてえのはそういう事じゃねえって!」
ワイトが言葉を発すると同時にその首に剣が当てられていた。
ソンジュがいつの間にか剣を抜いていたのだ。それもただの脅しではない。すぐにでもワイトの首を落とせる位置に剣をかざしている。
ワイトの抗議で首筋から剣を離してはいるが、鞘には戻さずに手にしたままの状態だった。
「ユウ、あんた等が魔法を隠そうとしていたのは仕方ねえ。あの時点で俺を信用なんて出来なかっただろうしさ。それに関してはどうこう言う気はねえよ」
「でも、そのせいで怪我したんでしょ?」
「そんなの自分で選んだ事だ。あんたが気にする必要はねえさ。それよりも問題はその齢であれだけの魔法が使える事だよ」
「……どういう意味?」
「言っちゃなんだが、あんたの使った魔法。治癒にしろ麻痺だったか? にしろ、どこの国でも最高峰に位置する魔法士が使えるくらいのものだ。そこまで鍛えるとなると半端な期間では済まねえだろ? だがあんたはどう見ても二十歳を少し越えたくらいにしか見えねえ」
「……」
「それに軍人だったとも冒険者だったとも思えねえ。あのナイフ捌きや避け方を見てれば分かるさ。なんて言うか……不自然なんだよ。最高クラスの魔法、それも回復系の魔法が使えるのに動きはどう考えても素人以下だ。ならば、どうやって魔法を覚えたんだ? どこで研鑽を積んだんだ?」
マンガや小説だと齢一桁程度の子供が超絶威力の魔法を使っても、周りの大人達は「凄い。天才だ」で済ませるだろう。
その魔法をどこで覚えたのか、どうやって研鑽したのか気にもするまい。驚くべき事に本で読んだだけと言われて納得してしまうのだ。
どんなスポーツだって入門書を読んだだけではルールを覚えられても、身体が思い通りに動く事はないだろう。練習によって身体に覚えさせる必要があるのだ。
ソンジュが説明したように、この国や近隣の国では魔法の才がある者は軍人に抜擢されるのだ。そこで何年か研鑽を積んで、それでも一定の力量がない者が平民に戻されるのだ。
はるか遠方の国では違うのかもしれない。ユウの髪も瞳もこの辺りで見掛けない黒い色をしているのだから。
それでもあの魔法の実力を国や貴族が放っておくとは思えない。そしてそんな力を持っているユウが若過ぎるのだ。
ワイトも魔法兵として必死に努力してきた。だが明らかに年下と思える女性に対して、自分の魔法の威力ははるかに及ばない。
それがどうしても気になるのだ。




