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32.閑話:レリの街

「なんだと!? ヴァシーロの連中が壊滅しただと!?」


 レリの街のギルドマスターが部下の報告に大声を上げる。

 ヴァシーロと言うのはレリの街に巣食う最大の闇組織だ。最近では図に乗って相当阿漕な真似もしている。

 街を預かる代官も、このギルドマスターも連中を何とかしたいと考えていた。だが連中の実働部隊を恐れて手を出せなかった。

 何しろ荒事を専門としている者達だけで三十人近く存在しているのだ。

 特に指揮を取る事の出来る二人が厄介だった。軍人上がりと元ランク四冒険者の者達だ。この二人がいれば難なく衛兵を退けられるだろう。


 街の衛兵を全て掻き集めても五十人ほどしかいない。街の治安を担当する者や門衛などは動かせない。実際に出動できるのは三十人ほどだろう。

 この街は副都に近く、さらに王家の直轄領なのだ。普段から多数の兵を置いたりしていない。

 それにギルドの冒険者も街の闇組織の討伐にはあまり良い顔をしない筈だ。表に出せない物の換金なんかを行なってくれるのだから。


 ギルドマスターは報告しに来た部下に詳細を問い掛ける。


「どこからの情報だ?」

「今朝連中が二十人ほど集まって、ウォーロキに向かう城門から出ていったらしいです。さすがに気になった門衛が他の門衛に告げて、業務を離れて隠れて付いて行ったそうです。ギルドの非番の職員の一人が偶然気付いて後を追ったと」

「ふむ、門衛が動いたと言う事は代官様にも伝わっていると言うことか?」

「おそらく、そうでしょう。そして二十人以上の遺体を見つけたそうです」

「……二十人か。なら連中の残りは十人を切っているな?」

「その遺体の中にはウォードとヘルロが含まれていたとか」

「ウォードとヘルロ!? 連中の最大戦力じゃないか! そもそも、どうして二十人以上もが街を出ようとしたんだ?」

「それは現時点では分かりませんが……」


 ギルドマスターは考え込む。

 これはチャンスだ。あの連中を潰す絶好の機会が訪れたのだ。

 代官様にも連絡が届いているなら、同じ事を考えているだろう。

 すぐにでも顔を出すべきだ。



「動ける衛兵は全て集めたか?」


 レリの代官が、闇組織討伐の指揮官に選定した男に声を掛ける。

 門衛が戻って来てすぐに報告が上がってきた。この街の闇組織ヴァシーロの実働部隊が壊滅状態であると。

 ギルドマスターも同じ報告をするために訪れていた。職員を、しかもそれなりの戦闘経験のある冒険者上がりの者を五人ほど引き連れて。

 衛兵と共に行動させるつもりなのだろう。


 門衛が連中の二十二人の遺体を確認した後、報告にレリの街に戻ろうとしたらしい。その際に連中が戻らない事を不審に思ったヴァシーロの者と出会って捕らえたそうだ。

 その者を尋問、いや拷問したのだ。そして連中の実働部隊の残りが九人しかいない事や、その待機場所を訊きだしたのだ。ボスの居場所も確認が取れている。

 しかも連中の実働部隊のナンバーワンとナンバーツーが揃って消え去った事も確認されているのだ。あの二人がいなければ連中の戦力は半減している筈だ。その上で二十人以上も亡くなっている。

 もう中堅勢力以下とも言えるだろう。千載一遇のチャンスなのだ。


 街には歓楽街だって存在する。だがその手の店を官営にする事は出来ない。

 衛兵を店の見張りに立たせる? そんな店には誰も近付かないだろう。

 それに集めた税をそんな店のために使うのに納得する民がいるだろうか?

 その手の裏に関わる事を生業とする者達が要るのだ。必要悪なのだ。


 だがヴァシーロの最近の様子は目に余る。必要である事は分かっているが、それでも最近は調子に乗りすぎている。

 代官は、ヴァシーロを潰して別の者に街の暗部を任せるべきだと考えていた。


「いささか急でしたが、準備は整っております」


 討伐指揮官の返事に代官は肯いた。そして最終命令を下す。


「よし! ならば行け! 奴等は蛆虫以下の存在だ! 係累が残っているだけで不幸を撒き散らす! 一族郎党全てを葬り去れ!」


 この世界では連座制が基本だ。

 親にしろ妻子にしろ、その者を止めなかった事が罪とされる。見過ごしたり、見逃したりするのは同罪なのだ。

 捕まれば処刑される。だから必死で抵抗するだろう。それなら一緒に葬ってやるのも情けなのだ。



「なぜ奴等は戻らん!? 様子を見に行かせた奴はどうした!?」


 レリの街の最大の闇組織ヴァシーロのボスが声を荒げる。

 傍にいる側近の者は何も答えられない。怯えているようにも見える。


 送り出した連中は昼三刻頃には帰ってくる予定なのだ。なのに昼四刻を過ぎても戻ってくる気配がない。

 女二人を連れて来るだけの仕事だ。相手の女が多少腕が立ったとしても、二十人以上の男達に適う筈もない。

 それにウォードとヘルロも加わっているのだ。二人は軍人や冒険者として十分な戦闘経験がある。個人の武勇も指揮も相当なものだ。

 だが、その二人からも連絡がないのだ。


 ボスは手元の紙片を見詰める。恐ろしいほどに精細な画と、信じられないような細工が施された紙片を。

 これの入手元が誰なのか、他にも有るのか。どんな些細な情報でも構わない。これを手に入れる手段を知りたい。

 この紙片の買い手は、それこそ山のように思い付く。王都に住む古代文明を研究する学者達、美術品をこよなく愛する好事家の商人達、そして貴族。

 一つだけでも百万レイの値が付く筈だ。もしそれが複数あったなら。

 ボスは諦めるつもりはなかった。


 だが次の瞬間、扉を蹴立てて部下の一人が飛び込んできた。

 焦った口調で取り乱している。


「ボス! 大変です! 衛兵の奴等が襲撃してきました!」

「な!? なんだと!? あの二人がいない時を選んだのか!? それになぜこの場所が分かったんだ!?」


 闇組織ヴァシーロのボスの男は、最近ウォードとヘルロの二人が揃った事で調子に乗っていた。他の実働部隊の連中はゴロツキ同然なのだ。

 系統だった動きも取れないし、個々の実力もバラバラだ。連中が訓練なんてする筈無いからだ。そして訓練を行なえる者もいない。


 ウォードは元軍人だ。だが裏組織と知っていながら雇われるような者だ。上官を殴ったり、下の者を虐めたりと素行不良が目立つような者だった。当然軍は馘首にされている。しかし軍の経験から指揮も取れるし連中の訓練だって出来る。

 ヘルロもランク五間近まで行った冒険者だ。コイツも似たような性格だ。己の力に奢って無謀に振舞い、ギルドや他の冒険者達に叩き出されたらしい。だが腕力も相当強ければ、リーダーの立場で少人数だと指揮も取れる。

 二人のおかげで実働部隊は見違えるほど変わった。


 連中の腕力を見せびらかす事で、街の者は大人しくなっていった。

 さすがに代官や貴族には手を出せないが、衛兵などはその家族を襲うと告げる事で目を瞑らせるような真似もするようになった。

 そして街の裏だけでなく、表にも強く出るようになったのだ。

 例えば歓楽街だけでなく、裏通りの一般の店にみかじめ料を払わせる。借金を背負わせて人身売買に手を染めたり、旅人を拐かしたりもしたのだ。

 代官が苦い顔をしているのは分かっていたが、それでも組織を潰すだけの人員を集める事は出来ないだろうと高を括っていたのだ。


 だがなんで今なんだ!? 街の外に出ている連中が、いつ戻って来てもおかしくねえだろうが!

 二十人からの人数なんだぞ! 衛兵を全員繰り出したとしても、足止めで精一杯だろうが。なら襲撃にまわせる人員はいねえ筈だ!

 衛兵の増員や他の街から派兵されたなんて話も聞いてねえ。

 それにこの場所が割れているのも分からねえ。俺の顔や名前なんて表に出してねえんだ。知られている訳がねえ。


 ドタドタと何十人もが家を駆け回る音が聞こえる。家に詰めている下っ端や妻子の悲鳴も聞こえてくる。

 今この部屋にはボスと側近が一人、そして報告に来た下っ端しかいない。

 そしてボスのいる部屋の扉が蹴破られる。幾人もの衛兵が扉から姿を現した。


「ファブロだな? ヴァシーロは終わりだ。大人しく縛に就け!」

「貴様等ァ! こんな真似をしてただで済むと思ってやがるのか! 痛い目を見せてやるぞ!」

「ほお、どうやってかね?」


 指揮官の男が合図すると、後ろに並んでいた衛兵が、幾つもの球状の「何か」を放り投げた。

 ボスはそれが何であるのかが分かったらしい。街に残っていた実働部隊の連中、そして待機していた場所の店の店主達の頭部だけが転がっていた。

 その中には、あの紙片の持ち主だった女冒険者二人連れの情報を持ってきた店主の首も含まれていた。


「あ! あ! あ! なぜだ……なんでコイツ等が……だが街の外に出ている連中が戻ったら……」

「奴等か? 聞いてないのかね? ああ、そうか。様子見に行っていた奴は俺達が捕らえて尋問したから知らなくても当然か」

「な、何を言って……」

「あの二十人は戻って来ないよ。全員死んでいるからな」

「な!? あ……」


 ボスが振り向くと、部屋にいた側近や下っ端は両手を上げて抵抗しない事を示している。

 抵抗は無意味だ。確実に内情が筒抜けだ。ボスの妻子も捕らわれている筈だ。

 そして反撃の手段も無ければ、救い出してくれる相手だってもう存在しない。

 ボスは肩を落とした。


 連行される闇組織ヴァシーロのボスだった男と側近達を見送りながら、指揮官の男は呟いた。


「奴は情報を吐かされた後は縛り首だろう。一族郎党全てな。……しかしあの連中を、あの二人を含む二十人以上をも手に掛けたのは一体誰だったんだ?」

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