31.特に報告する事など無いのだがな
ソンジュが革鎧を洗い自分の身体を拭き終えて少し後に、扉をノックする音が聞こえる。
確認すると宿の男性が衝立を持ってきてくれたようだ。
ソンジュは使い終えた桶を返して衝立を受け取ると、ユウの眠るベッドと一番離れたベッドを覆うように配置する。
言わずと知れたワイトが自主的に決めたベッドの周りにだ。
そしてギルドに向かい部屋を出て行ってから、一刻ほど経った頃にワイトが戻ってくる。
その両腕には露店か屋台で買ったのであろう串焼きらしき物を抱えている。
「ふう。戻ったぜ。こいつは夕食代わりだ。この時間から行っても高級な料理屋くらいしか開いてねえだろう?」
「ほう。気が利くじゃないか」
「……って、どういうことだよ!? 俺のベッドの周りの囲いは! これじゃまるで檻じゃねえか!」
「なんだ? お前は縄で拘束される方が良かったのか?」
「……いえ。あの状態で問題ないです……」
ワイトは諦めたようにソンジュに串焼きを渡した。
ソンジュが受け取った串焼きは二人分だった。ユウの分も用意したのだろう。
「ユウは明朝まで目覚めそうにないと思うが」
「どうせ、あんたの事だ。寝ずに番をすんだろ。ユウが目覚めなければ、あんたの夜食代わりにでもすれば良いさ」
ワイトも二人と出会ったのは今日の昼なのだ。
もちろん自分から二人に手を出すつもりはない。だがそれを相手が信用してくれるとも思っていない。
今夜はソンジュが見張りをすると考えていた。
既に部屋には何本かの蝋燭が灯されている。
その灯りを頼りにして、ソンジュとワイトは串焼きに齧り付く。だいぶ冷めてはいるが、それでもなかなか美味い串焼きだった。
「ギルドへの報告は済んだのか?」
「ああ。さすがに四十を越えるスプルの角を見せたんだ。信用しねえ訳にはいかねえだろ?」
「それでギルドの呼び出しは明日か?」
「さすが冒険者だな。分かってるじゃねえか。明日の朝一番で詳細を聞きたいらしいぜ」
「特に報告する事など無いのだがな」
「……ユウの事は?」
「それこそ妄想に過ぎないだろう? ユウが回復系の魔法を使えることを含めて、余計な事を喋るならお前を殺すぞ?」
「分かってるよ。俺はまだ冒険者登録もしてねえし、ギルドに義理がある訳でもねえんだ。推測なんかを報告する気はねえさ」
食事を取りながら二人はギルドへの対応について相談していた。
ユウを狙っていたと言うのも状況から考えただけの推論に過ぎない。二人共そんな事を第三者に告げる気など無かった。
「ギルドにはユウも一緒に行く必要があるのか?」
「済まねえ。スプルに三人で対処したと言っちまったんだ。ギルドにも三人で来てくれって事だ」
「まあ、城門をくぐる時に私がユウを背負っていたし、三人組と思われているのも仕方がないだろう。もっともユウの目が覚めてなかったら、連れて行くのは諦めるしかないけどな」
二人が食事を終える頃に、また部屋の扉がノックされる。
ワイトが扉を開けると、宿の男性が湯が満たされた桶を持って立っている。宿に戻った時にワイトが頼んでいたのだろう。
ワイトは部屋の隅に作られた「檻」の中に引き篭もり身体を拭いていく。
改めて見ると革鎧も衣類もボロボロだ。
ワイトは魔法兵だったのだ。
もちろん兵士として剣術や体術も習ってはいたが、それはあくまで最低限のものに過ぎない。魔法の修練の方が重要だった。
魔法をより強力な威力で、より効率的に使用する。その方が大事なのだ。
魔法兵団と言っても所属する全員が魔法兵と言う訳ではない。
いや、実際は魔法兵の人数は四分の一以下だろう。
輜重を担当する部隊に魔法兵を配置する訳がない。接近された時に盾となる近接戦を担当する人員だって必要だ。
最前線での班の運用時は、魔法兵二人に防御用の歩兵が四人以上となるのだ。
千人に一人と言われる魔法使い、その中で更に半分にも満たない強力な魔法が使える者。その価値は計りしれない。彼等を護るのは当然なのだ。
ワイトはボロボロの装備を見ながら溜息を吐いた。
チッ、もう少し接近戦時の対応を頑張って習得していた方が良かったかな。
膝に矢を喰らっちまった時もそうだったが、俺は接近されると弱えんだよ。
まあ、あの時は俺一人と歩兵二人ってふざけた編成の班だったって事も原因だけどな。あの時の小隊長は俺を妬み嫉んでいた貴族の子弟の一人だったからな。
もっとも俺が負傷のせいで軍を抜ける時には、奴は軍法会議に掛けられて親の爵位は継げなくなったらしいけどよ。
当然だよな。魔法兵ってのは準騎士爵を貰ってんだよ。王家が授与した爵位持ちなんだぜ。一代限りで最底辺の爵位で領地も無い年金付与とは言えども、一応は貴族の当主扱いなんだよ。
当たり前と言えば当たり前の話さ。平民のままだと他の貴族の魔法兵に対する指揮や指導なんて出来ねえしよ。
そんな相手を怪我させて軍を離れさせるような編成にわざとしたんだ。
奴は一生最底辺の一代爵の上、軍での飼い殺しだ。しかも指揮権限の無い一般兵士としてな。
軍は抜けられねえ。辞めたら平民になっちまうからよ。貴族のお坊ちゃんが平民の生活なんて出来っこねえからな。
まったく、ちっとは考えろよ。馬鹿過ぎるだろうが。
だが俺も冒険者としてやり直すなら考え直さねえといけないな。いや、あの二人と一緒にいるためにか?
貴重な回復系の魔法士のユウがいるんだ。ソンジュだとユウ一人なら護れるだろうが、俺を一緒に護るのは無理だろう。……そもそも俺なんぞ気にもしねえか。
とにかくユウさえ生きてりゃ、どうにかなるんだ。
今倒れているのだって、回復以外の魔法を使いすぎたからだろ? 回復だけなら俺達三人を癒しても余裕があったんだろ?
倒れる寸前にユウは何かブツブツ呟いていたが、ありゃたぶん母国語での詠唱だったんだろう。
けどよ、あの短けえ詠唱であれだけの効果を発揮したんだ。俺も結構上位の魔法士だと思ってたんだが、やっぱまだまだってこったな。
ワイトは知らない。ユウが異界からの迷い人だという事を。彼女の魔法に詠唱など不要だという事も。
ワイトはユウが魔法を使い過ぎて気絶したと思っている。
昼頃に起きたレリの街の裏組織の者達による誘拐騒ぎと、その後の四十匹を越えるスプルの群れによる襲撃。その二件のせいでユウは疲れ果てているのだ。
ワイトは国軍所属の魔法兵だった。そのため初めての対人と対魔物の連戦で、全くの素人のユウがどれほど精神に負担が掛かったかを分かっていないのだ。
もしかしたらユウの魔力はまだ余力があるのかもしれない。
ソンジュはユウが精神的に疲れていた事に気付いていたのだろう。だが本当の意味で理解しているとも言えない。
ユウの世界にも盗賊もいるらしいし、野生動物に襲われることもあるらしい。文明は進んでいるようだが危険度は変わらない。その程度の認識なのだ。
仕方がないだろう。現代地球を目にした事がない者に、その世界がどうなっているかを理解出来るはずが無い。
例えば昭和三十年代や四十年代の科学雑誌の記事だ。
これが二十一世紀だ! と銘打たれた絵では、チューブの中を車や列車が駆け巡り、静音の原子力飛行機が空を飛び、完全に断熱されたタイツのような衣類を身に纏った人々が行き交う風景が描かれていたりしたのだ。
そんな想像図を見たことがある者もいるだろう。
中には実現されている物もある。壁に掛けられるほど薄いテレビや、各人が所有する情報端末、スマートフォンなどは。
それでもやはり人間の想像力には限界があるのだ。逆にソンジュがそこまで世界が変わるまいと誤解しているのも仕方がないだろう。
そしてソンジュは魔法に関しては詳しい事は分からない。だから魔法兵であったワイトの言葉を信じていたのだ。
魔力切れだろうという推測を。そのため気を失ったのだと言う話を。
もっともユウが目を覚まさない以上、結局違いは無いのかもしれないが。
「ユウが目覚めたら俺も起こしてくれねえか? 確認してえ事もあるしよ。俺も魔力切れギリギリだし寝させて欲しいんだが構わねえか?」
「分かった。お前が大人しく寝ていてくれるなら本望だよ」
ある程度の時間、魔法を使わなければ魔力だって回復する。だがそれは微量だ。やはり睡眠が魔力回復には一番なのだ。
ワイトも炎の壁を作り、幾度も風の刃を飛ばしている。限界に近かったのだ。
ソンジュ達に手は出さないと言っていたが、実際はそんな気力すら残っていなかったのかもしれない。
ソンジュはユウの眠っている隣のベッドに腰掛けて、ユウを眺め続けている。
たまに反対側のワイトに気を向けている。ワイトもすぐに寝付いたようだ。熟睡している気配しか感じられない。
夜半過ぎ、夜二刻頃に残しておいた串焼きを頬張る。さすがに冷め切っているが食べられない事もない。竹製の水筒に残っていた水で流し込んでいる。
少しだけ串焼きを残しているのは何のためだろうか。
ユウは未だに目覚める様子が無い。一瞬このまま目を覚まさないのでは、との思いがよぎる。だがソンジュは静かに見守るだけだった。




