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30.一報入れて置いたほうが良いな

 時刻は夕一刻だ。まだ空は明るいが、それでも一部には夕焼けが見える。四半刻もすれば暗くなるだろう。

 ウォーロキの街に入ると、ソンジュはすぐに宿に向かう。初めて訪れた街だが、彼女は聞いた宿の場所を覚えている。

 ワイトは辺りを見回しながらソンジュの後に続く。彼もこの街には初めて訪れたのだろう。

 もちろんユウはソンジュに背負われたままだ。


 城門から少し歩いて表通りから少し外れた場所に目的の宿があった。

 昨日泊まった宿と似たような風情だ。

 ソンジュは迷わずに中に入り、受付の者に言葉を掛ける。

 この宿の受付はソンジュより少し年上の女性らしい。三十歳を越えたくらいか。この宿の女将なのだろう。


「すまない。見ての通りの冒険者だが部屋は空いているかな? この宿は女性でも安心と聞いて来たのだが」

「四人用の部屋なら空いています。料金は部屋単位ですが構いませんか?」

「そこしか空いてないのかい?」

「ええ。なぜかレリに向かうと仰っていた方々が、宿泊を延長されているので」

「なるほどな……分かった、その部屋で構わない。女性二人なのだが泊めてもらえるかな?」

「あの……そちらの男性は?」

「コイツは無関係だ。気にする必要はないよ」


 その言葉を聞いてワイトは一瞬唖然とする。

 そしてソンジュを問い詰める。


「ちょっ、ちょっと待てよ。女将さんも四人部屋だって言ってるじゃねえか」

「何を言っている? お前を一緒の部屋に泊める訳がないだろう?」

「……ソンジュさん? さっき言ってたのって冗談だったんじゃ……」

「私は冗談は嫌いでな」

「な!? 俺は何もしねえって! なんなら俺の両手両脚を紐で縛って、部屋の隅に転がしていても構わねえからよ! 一緒に死線をくぐった仲だろ? 見捨てねえでくれよ!」

「安心しろ。この季節なら橋の下でも凍え死にはしないさ」

「うわ!? この人本気だ。本気で言ってやがる……」


 その遣り取りに宿の受付の女性もクスッと笑みを漏らす。

 二人が知り合いなのは間違いない。だけど恋仲と言った関係ではないらしい。

 冒険者のパーティーなら男女が同室でも構わない者達は多い。それでもこの二人は一緒の部屋に寝泊りする程は親しくないのだろう。

 しかし部屋はその一室しか空いてないのだ。

 横から受付の女性が口を差し挟んだ。


「その……紐はありますよ? いえ、二頭立ての馬が牽いても切れないくらい強靭な縄がありますよ?」

「女将さんも酷えな!?」

「ちっ、止むを得ないか。ならば部屋とその縄を貸してくれないか?」

「本当に縄も頼むのかよ!?」


 ソンジュも諦めたようだ。さすがにワイトを放り出す気はないのだ。

 受付の女性が別の男性を呼び出した。たぶん旦那だ。コンシェルジェを担当しているのだろう。用心棒を兼ねているのかもしれない。

 その男性に案内されて部屋に向かう。

 ワイトはその男性が縄を持っている事に気付いて目を剥いている。


 部屋に入る前にソンジュは案内の男性に湯を頼んでおく。それも桶を三つ、湯で満たした上で用意してもらう。

 確かにユウの魔法で傷なんかは癒やされている。だが流れ出た血までが消え去る訳ではない。

 既に乾いてはいるが三人の防具も衣類も血塗れなのだ。ソンジュの場合はスプルの返り血がほとんどであったが。

 防具を拭いて衣類を洗うための湯と、身体を清めるための湯を用意して貰う。

 ワイトの分は頼んでいない。彼にはやってもらいたい事があるからだ。


 四人部屋ということで二段ベッドが二つある部屋を想像していたのだが、どうも違うらしい。

 一人用のベッドが四つも置かれた結構広い部屋だ。裕福な商人などが泊まる部屋なのだろう。空いていたのも不思議ではないようだ。

 ソンジュは宿代の支払いはワイトに任せようと心に誓っている。ワイトには先のスプルの報酬を全て与えるのだ。今夜の宿代を出させても文句は言うまい。


 部屋に入るとソンジュはユウを一番端のベッドに寝かせる。

 ユウは未だに目を覚ます様子もない。

 ワイトの話だと魔力切れに陥った場合、半日は目を覚まさないらしい。明日の朝まではゆっくりと休ませておくべきだろう。


 ワイトはユウと反対側の一番端のベッドに向かう。間に誰も使わないベッドを挟んだ位置にあるベッドに。

 彼も自分の立場は理解している。なるべく横たえられたユウから目を逸らそうとしていた。


「ワイト。とりあえずお前はギルドに行って、一報入れて置いたほうが良いな」

「俺がかよ!? 冒険者のあんたの方が向いてんじゃねえのか?」

「お前とユウを二人きりに出来ると思うのか?」

「なら俺も着替えるか身体を拭ってからでも良いんじゃねえのか?」

「お前のその姿が何よりの証拠だろう? スプル達の角や牙も持っている筈だ」

「この街のギルドの場所なんて知らねえよ」

「宿の受付で訊けば良いさ。いいから大人しくギルドに向かえ」


 ソンジュの返答にワイトは肩を竦める。

 確かに眠ったままの女性を、会ったばかりの男と同じ部屋に放っておく訳にはいかないだろう。

 ギルドへの報告だって早い方が良い筈だ。それも出来れば今日中に一報だけでも入れて置く必要がある。

 翌日レリに向かう者達への注意を促すために。翌朝すぐにスプルの群れに襲われた現場に、冒険者かギルド職員を向かわせるためにも。

 ソンジュがワイトの分の湯を頼まなかったのは、彼にギルドに行かせるためだったのだろう。

 諦めたようにワイトは部屋を出て行った。


 ワイトと入れ替わりになるように部屋をノックする音が聞こえた。

 ソンジュが扉を開けると宿の男性が立っている。湯が満たされた桶を三つ重ねて抱えた状態で。

 三つもの桶を全くこぼさずに持てるとは、この男は相当の力持ちなのだろう。

 ソンジュは礼を言いながら桶を受け取っていく。もちろん彼女は一つずつ部屋内に運んでいく。

 それから男に衝立となる物を用意してくれと頼んでいた。


 扉を閉めて閂を掛けると、ソンジュは装備を外していく。と言っても、革鎧を脱ぐだけだが。

 脱いだ革鎧には無数の傷が窺える。だが深手となるような傷はない。急所になりそうな箇所には傷痕すら付いていない。

 ユウを助けに駆け寄ろうとした際に、スプルの風の刃の魔法を無視していた。だがそれでも自然に身体は致命傷となる箇所への斬撃は避けていたのだ。

 ソンジュは革鎧を眺めながらフッと溜息を吐く。


 それからユウの防具を外し始める。

 ガントレットもレッグアーマーも傷だらけだった。ただやはり防具のおかげか、その下に着ている衣類にはあまり大きな影響がないようだ。

 とは言っても、ところどころが破れており、左膝の上の辺りに開いている大穴は隠しようもないのだが。

 腰を護っていた革のスカートにも幾つかの傷痕が見える。しかしその数は肘先や膝下に着けていた防具よりは少ないようだ。

 心臓部を覆っていたポイントアーマーには傷痕が見当たらない。

 なるほど、腕と脚の防具でスプルの魔法を受けていたらしい。素人以下のユウにしてはなかなかの防御行動を取っていたようだ。もしかしたらあの敏捷性を上げる魔法を自身にも掛けていたのかもしれない。

 レリの街で防具を揃えたのは無駄ではなかったのだ。

 だがこのウォーロキの街でポイントアーマー以外は買い直す必要がある。血塗れで大穴の開いたズボンも買い換えないといけないだろう。


 ソンジュはユウの防具と衣類を脱がせて下着姿にする。

 そして腰のポーチから取り出した布を濡らして、ユウの身体を拭いていく。

 上半身にはほとんど傷がない。だが左の太腿は血に塗れていた。

 少し躊躇いながらその血を軽く拭き取っていく。だが拭いた後には何の傷痕も見受けられなかった。

 それを確認すると少し強めに太腿の血を拭っていく。

 ユウの身体を拭きながら、ソンジュの口から思わず言葉が漏れる。


「凄いな。この出血なら相当深手を負ったのだろう? なのに傷痕が全く残っていない。それに血を失って弱った様子もない。たぶん治癒だけでなく回復の魔法で体力も戻っているのだろうな。ユウの魔法は本当に素晴らしいな」


 ソンジュは少し躊躇ってからユウの下着も脱がせていく。

 アンダーの方は簡単だ。ユウの腰を少し持ち上げて下着をずらしていく。

 完全に脱がし終えると布で軽く拭いていく。

 そしてユウの胸を覆うブラを見て考え込む。


 ……さて、これはどうやって外せば良いのだろう?

 下にずらしてもお尻に引っ掛かりそうだし、上だと肩に引っ掛かるだろう。腰を覆っていた布のように伸縮性に富んでいるとも思えないしな。

 何か簡単に着脱できる方法があるのだろうが……見当も付かないな。


 ソンジュはユウの背を起こして支えながら胸の前後を見回している。

 初めて見る女性の下着姿に戸惑う童貞のようだ。

 もっともソンジュは女性だ。当然いやらしく嘗め回すような視線ではない。


 ここか!? この背中の布が重なった部分に秘密があるのか! だがどうやって止めているのだ?


 片手でユウを支えながら、もう片方の手で布が重なった部分を弄っている。

 しばらくすると何かが外れたような気配を感じた。胸を覆っていた下着が背中から分かれている。

 ソンジュは一瞬壊したのではないかと焦ったが、その場合はユウに頭を下げるしかないと思い直す。

 とりあえず胸からその下着を外し、胸や背中を濡らした布で拭いていく。

 さすがに全裸にしておく事はできない。だからと言って、血塗れのズボンを再度履かせる訳にもいかない。

 ユウは腰のバッグからポンチョを取り出してユウに着せていった。

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