29.私がその理由を訊いているのだが?
ワイトはソンジュの横を歩きながらも索敵を疎かにしていない。
ソンジュもユウを背負いながら歩いているが臨戦態勢のままだ。
二人共に警戒したままなのだ。
まだ他にもスプルの群れがいるのかもしれない。もしかしたら別の魔物が襲ってくるのかもしれない。
あのスプル達で終わりだとは思っていない。気を抜くつもりは全くなかった。
隣の街まで後一刻くらいの距離で二人は休憩を取る。
草原が広がっている中を一本の道が貫いている。周りには何も見えない。
少し道を外れた場所に二人は腰を下ろす。ユウは背から下ろされて、ソンジュの膝の上に頭を乗せた状態で横にされていた。
たぶん今回が街に着くまでの最後の休憩になるだろう。二人とも軽く水分を取る程度だ。そしてユウは未だに目覚める様子がない。
ぼそっとワイトが呟く。
「一刻も歩けば街には着くんだろうがよ。……向こうの方からやって来る奴が全くいねえな」
「まあ、さすがにこの時間にこの辺りを歩いている者はいないと思うがな」
ソンジュはワイトの呟きに言葉を返す。
彼女の言う事ももっともだ。既に昼三刻を越えているのだ。
幾ら一日程度の距離でも、いや、だからこそこんな時間に向こうの街を出立する者がいる筈がない。
人に出会うとしたら昼一刻、正午をはさんだ前後一刻くらいだろう。
ワイトもそう思ったのか、別の事を問い掛ける。
「なあ、街に着いたらどうすんだ?」
「確か向こうはウォーロキという街だったな。ギルドもあった筈だ。ギルドへの報告も必要だろうが、まずは宿の確保だな。安全そうな宿の名は聞いている。私達はそこに泊まるさ」
「……俺は?」
「お前は好きにすれば良いだろう? 安宿に泊まるのでも構わないし、金を惜しんで橋の下で寝るのも自由さ」
「そんなんで、どうやって合流するんだよ!」
「うん? 本気で付いてくる気か? ならば城門の前にでも陣取って夜が明ける前から待っていれば、私達に気付くんじゃないか?」
「……相変わらず俺の扱い酷えな」
「ユウは安心できる場所で休ませる必要があるからな」
ソンジュは前に訪れた街のギルドで、レリの街の安全な宿を聞いていたように、他の街に関しても情報収集をしていたのだろう。
宿代を惜しむよりも、ユウを安全に休ませるのが優先だった。
当然ワイトの事など考えてもいない。
「一緒の部屋とは言わねえけどよ。同じ宿に泊まるくらいは勘弁してくれよ」
「お前は金を持ってるのか? たぶんそこそこの宿代が掛かるぞ?」
「まあ、四十六匹分のスプルの牙もあるしさ。売却したら俺にも一晩の宿代くらいはくれるんだろ?」
「ああ、私達には不要だ。角も牙も全部お前の物にしても良いぞ」
「はあ!? おいおい、なに言ってんだよ! 四十六匹もいるスプルの群れだったんだぞ。ギルドに角を見せりゃ報告報酬と討伐報酬も貰えるだろ。牙を売っての代金だって手に入るんだぜ。全部合わせりゃ四半季は遊んで暮らせるだろうが!」
本来起こり得ない場所でのスプルの襲撃だ。それも五十匹近い数の群れだ。
場合によっては責任問題にもなる。領内を、しかも王家の直轄領を危険な状態で放っておいた事になるのだから。
それを討伐したのだ。その事をギルドに訴えれば当然報酬が支払われるだろう。その危険性を報告した事に対しても報酬が出る可能性が高い。
もし報酬を惜しんだりすれば、ソンジュもワイトも言い回るだろう。この街の周辺が危険だと。証拠となる五十近いスプルの角を見せながら。
ウォーロキの街のギルドマスターや代官は解任されるかもしれない。
ワイトは冒険者ではないし、既に軍属でもない。立場は平民と変わらない。
しかし冒険者登録をしていなくても国軍に所属していた元兵士が、それも魔法兵が訴え出たらギルドも無視する事は出来ない筈だ。当然報酬を出すだろう。
スプルの牙の買い取りも規定金額で行なう筈だ。もっとも、こちらは直に武器屋などに持ち込むほうが対価も上になるだろうが。
ソンジュはそれらの報酬を全てワイトに譲ると言っているのだ。
実際にはワイトは数匹程度しか倒していない。ユウの魔法でスプルの群れが麻痺させられる以前に、ソンジュが倒した数の二割にも満たないだろう。
だが倒した数だけが評価の対象ではない。
あの異常なスプル達には役に立たなかったのだが、炎の壁で戦闘の方向を制限しようとした。それにユウの生命を救ったのは間違いなくワイトによる牽制だ。
報酬を等分に受け取るだけの実績も理由もあるのだ。
「ユウを救ってくれた謝礼だと思えば良いさ。その革鎧も全損だろう? 買い替えの資金も必要だろうしな。報酬の半分は費やすに違いないさ」
ソンジュの言葉にワイトは改めて自分の姿を眺める。
ローブには無数の穴が開いている。革鎧も何箇所も風の刃に斬られていて、脇腹の箇所はスプルの角で抉られている。革鎧の下に着ていた衣類だって血塗れだ。
今の装備は総取り換えするしかないだろう。
だがワイトにも意地がある。だからソンジュに告げる。
「とりあえず借りておく。だが絶対金は返すからな」
ワイトの返事にソンジュは微笑みながら肩を竦めるだけだった。
休憩を終えてソンジュはユウを背負い直す。
ワイトはその横を歩いている。
半刻ほど歩くと周りが草原から畑に変わっていく。
春先の今頃だと、冬を越えた麦が青々としたその背を伸ばし始めている。
道の先の方には城壁も目に入る。目的としていたウォーロキの街を囲む城壁なのだろう。
城壁が見えたためか、ワイトがソンジュに問い掛ける。
「門衛に俺達のことはどう説明するつもりだ?」
「俺達? お前と私達は無関係だろう? まあ、歩いていたらスプルの群れに襲われたので共同で撃退したで良いさ」
「つくづく俺の扱い変わんねえな。……だが確かに妥当なとこだろうな」
「詳しい話はギルドですると言えば良いさ。お前は国軍の兵士だったと証明できる物を持っているだろう? 私も冒険者を示す認識票があるしな。城門なんかで時間を取られる気はないさ」
ワイトもその言葉に納得したようだ。
そして三人は城門の前に辿り着く。一人は背負われたままだったが。
城門前には二人の門衛の他には誰もいないようだった。
ソンジュとユウは換金屋に寄ってからレリの街を出たのだ。そのため街を離れたのは朝三刻を越えた時間だった。
当然その前に街を出立した者もたくさんいただろう。夕一刻ギリギリに辿り着く者達など、この三人以外にいない筈だ。
入城検査はすぐに終わった。
ボロボロの装備を来た三人を怪訝そうに見ていた門衛達も、ワイトが差し出したスプルの角と牙に納得しているようだ。たぶん道中に襲われたせいで装備も痛んだのだろうと。
だがワイトが見せたのはほんの数匹分だけだった。
この時刻から城門の前で詮索される気などない。どちらにしろギルドには報告に行かなければならないのだ。
スプルに襲われたことは門衛に告げても、それが四十匹以上の大群だったなどと知らせる気はないのだ。
「ところでこの街からレリに向かう人影を一人も見なかったのだが、禁足令でも出ているのかな?」
「いや、そんな話は聞いていないが。そう言えばレリの方から来る者達はいたが、今日この城門から出て行った奴はいなかったな。……訊かれてみたら不思議な話だな。……どうしてだ?」
「私がその理由を訊いているのだが?」
ソンジュの問い掛けに門衛達も首を捻っている。訊かれるまでその事を疑問にも感じていなかったらしい。
ソンジュとワイトは顔を見合わせて、そして溜息を吐いた。
だけどその後は何も言わずに街に入っていく。
「なあ、あれが演技だとは俺には思えねえんだがよ」
「確かにな。彼等はこの城門から出て行く者が全くいなかった事をおかしいとは考えなかったようだ」
「いやいや、ありえねえだろ! ……本当に気付いていなかったのなら、魔法かなんかで眠らされていたって事か?」
「彼等も眠っていたのではないだろう。レリの方から来た者達には気付いていたようだからな」
その言葉にワイトも考え込んでいるようだ。
そしてソンジュが背負っているユウを見つめる。ユウは未だに気を失っているままのようだ。
だが、そんな事はありえないと考えたのだろう。歩いて二刻が掛かる距離に、魔法を及ぼせる筈がないと。
ワイトは軽く首を振って、ユウから目を逸らしていた。
ソンジュもワイトの視線に気が付いている。その何かを言いたげな視線に。
それでも黙ったままユウを背負い続けていた。




