28.魔王なんて御伽噺にしかいねえだろ
ソンジュはユウを胸に抱いたままの状態で、ワイトが討伐証明部位を剥ぎ取るのを眺めている。
単純な奴だな。名前を呼ばれたくらいであんなに喜ぶなんて。
討伐証明部位の剥ぎ取りなんて普通なら嫌がる作業なんだがな。ただでさえ血塗れになるんだ。剥ぎ取る部位によっては腹を裂くことすらあるんだ。
冒険者の中には、パーティーに解体や剥ぎ取り専門の職人を加えてる場合だってあるんだからな。
そして自分の胸で眠り続けるユウに目を向ける。
飛び散った血に塗れた顔を、腰のポーチから出した布を腰の竹筒の水で濡らして拭っていく。
ユウは全く起きる様子が窺えない。疲れ果てているのだろう。
ユウ、済まなかった。私が魔法をアイツに見せるなと言ったせいだ。
私が叫ぶまで、声を掛けるまで、魔法を使わなかったんだろう? あんな怪我をするまで我慢する必要はなかったんだ。
本当に済まない。ユウに怖い思いをさせてしまって。
今日の私はおかしい。やる事為す事、全て裏目になっている。
あの裏組織の襲撃者の時も、今のスプル達の群れの時も、全てが悪い方に進んでいるようだ。
奴等は裏組織の連中だ。盗賊と変わらない。自分達の生命の方が大事な筈だ。半数を行動不能にすれば諦めると考えていたんだ。
まさか半数を囮にしてまで、ユウを狙うなんて思わなかった。
スプルの群れだって先制して十匹も倒せば逃げ出すと考えていた。
ただスプルに関しては、どうしても分からない。
あの炎の壁に飛び込んでくる? 全滅するまで逃げ出さない? 普通の野生動物ならありえない筈だ。
どんな動物だって自己保存、もしくは子孫の保護を優先するだろう。
あのスプルは普通のスプルではなかったのだろうか?
「おーい。剥ぎ取り終わったぜ」
「そうか。結構時間が掛かっていたようだが?」
「数が多かったんだよ。全部で四十六匹だからな。それに連中の牙は高価で売れるから、そいつも回収しといたぜ。毛皮や肉は諦めてくれ。スプルの物じゃ安いし、あんな数を捌く時間も街まで運ぶ余裕もねえしよ」
「牙も不要だったんだがな」
「……ソンジュさん? あんたもしかしてお大尽様か?」
「お前にさん付けで呼ばれると変な気分だな。それに私は金持ちではないぞ。ただ早く街に向かいたかっただけさ」
「そりゃ済まなかった。けどよ。あんたは問題ないみてえだが、その子の装備も俺の装備もボロボロだ。買い替えの資金は必要だろ?」
「ああ、そうだったな」
これでもそこそこのランクの冒険者なんだよ。革鎧だって強靭な革を使ったオーダー製なんだ。
金銭だって余裕がある。旅の冒険者なんだ。碌な依頼を見つけられない事もあるからな。ある程度の蓄えを抱えて行動しているさ。
だから牙なんか無視しても良かったんだが。
それにユウの方が金持ちだろう。四人家族が二、三年過ごせる金額を手に入れているんだ。今の装備なら十を越える数を揃えても余裕だろう。
まあコイツには必要かもしれないな。剥ぎ取りの手間賃、いやユウを護った褒美として牙を全部渡しても構わないさ。
……だが、四十六体か。ありえなくはないが、それでもスプルの群れの数としては多過ぎるようだ。
まるで何かに導かれたのように思える。だが何を目当てにだ?
……本当は分かっている。だがその理由は何なのだ?
ワイトは剥ぎ取った品々をソンジュに渡そうとする。
だがソンジュには不要なのだ。それに彼女はユウを背負って運ぶつもりだ。余計な荷物を持ちたくはない。
結局ワイトがスプルの角も牙も持つことになった。押し付けられたと言った方が妥当かもしれない。
ソンジュはユウを背負って歩き出す。
ワイトはそんなソンジュに声を掛ける。
「俺がその子を背負おうか?」
「お前は膝を痛めているのだろう? そんな相手にユウを任せられるものか」
「確かにそうなんだが。……うーん。あんたの態度が柔らかくなったのって、俺の気のせいか?」
「どうした? 何をぶつぶつ言っている?」
「何でもねえよ」
ワイトは今までと変わらないソンジュの態度に肩を落としている。
ただ、すぐ隣を歩いていても文句を言われないくらいには信用されたらしい。
しばらく二人は無言で道を進み続ける。ただワイトは何かを深く考え込んでいる様子だった。
そして意を決したようにワイトがソンジュに話し掛ける。
「なあ、そのユウって子はなんなんだ?」
「見ての通りの異邦人だが?」
「そんな事は分かってるよ。その髪色に眼の色だ。俺は初めて見たよ」
「だからどうした? 南方では珍しくもないと聞くぞ。ユウが魔物だとか呪われた者だとでも言うつもりか? ふざけた事を抜かすなら殺すぞ」
「そんな事は思ってねえよ。でもユウには何か秘密があんだろ? ああ、勘違いすんなよ。そいつを聞き出そうなんて思っちゃいねえからよ」
「私も教えるつもりはないさ。だが、なぜそう考えた?」
「言っただろ、俺は魔法兵だったって。魔物退治の経験もある。もちろん、スプルを相手にした事だって何度もあるさ」
「それで?」
「さっきのスプルの群れだが……おかしすぎる。身の危険も顧みずに炎に飛び込むなんてありえねえ。全滅するまで逃げようともしないのもな」
「そうだな」
「それに、多数があんたに向かって行ったのは分かる。奴等にとっても最大の脅威だろうしよ。だが問題は炎に突っ込んで来た連中の方だ。俺にも向かって来たが数匹に過ぎねえ」
「そうだったのか」
「あんたも気付いてんだろ? 俺やあんたに襲い掛かってたのが足止め目的だって事がよ。たぶんユウだけが目的だったんじゃねえのか?」
「ああ、そんな気はしてたよ」
それこそがソンジュが気になっていた事だ。
明らかにスプル達はユウを狙っていた。私への攻撃も足止めのためだった。
ユウは確かに異物だろう。「この世界」にとっての。
排除しようと考える存在がいるのかもしれない。
だがスプルは魔物だ。野生動物だ。そんな知能を持っているとも思えない。
まさか、この世界の意思が操っていたとでも言うのか? そんな物があるとは信じられないのだが。
もしそうだったなら、私やワイトがユウを助けようとは考えないだろう。
ワイトはユウが異世界人だと知らない。だから推測しか出来ない。
自分の考えをソンジュに話している。
「先にも言ったが、その事を詮索する気はねえよ。だがユウは誰かに狙われてるんじゃねえのか? 例えば魔物を操れる存在によ」
「どうだろうな? お前は魔王がユウを狙っているとでも言いたいのか?」
「はん! 魔王なんて御伽噺にしかいねえだろ」
「だが、それならお前は私達に付き合う必要はないぞ。私達の事を吹聴しないなら好きにすれば良いだろう」
確かにこの世界に魔王なんていない。魔族なんかも存在すらしていない。
そんなのがいるのは物語の中だけだ。
まだ魔物を飼い馴らす連中がいてユウに目を付けた貴族なんかに雇われた、と言われる方が納得出来る筈だ。
それでも全滅覚悟で炎を恐れずに突っ込ませるほどに、魔物を従えられる者がいるとは考えられないが。
そしてソンジュが最後に掛けた言葉は彼女の優しさなのかもしれない。少し捻くれてはいるが。
ワイトを巻き込まないために言っているのだ。無関係な者を危険に晒したくはないのだ。
だがワイトはそのことに気付いていても、二人に付いていくつもりだった。
「ははは。こんな面白そうな事は特等席で見てえじゃねえか。この先もずっと付き合うさ」
「先のスプルの件で危険な事は分かっているだろう? 見物料がお前の生命でも構わないのか?」
「ふん、望むところさ」
ワイトはソンジュの問い掛けに気軽に答える。
王都に向かう気だったんだが構わねえ。
もともと面白いことや楽しいことがあると思ったからこそ、冒険者になろうと考えてたんだしよ。王都なら走れなくとも問題ねえだろうしさ。
だが、この二人と一緒にいた方がもっと面白いことに出会えそうだ。
そりゃ軍属だった時は実家への仕送りが必要だったさ。
貧乏農家の長男だったんだからよ。それが国軍に、しかも魔法兵として雇われていたんだ。給料だって十分以上に貰えたよ。
おかげで弟や妹も立派に成長出来たさ。簡単な読み書き計算を習えたって、自分達が書いた手紙まで送ってくれたしよ。
本当に良かった、俺は家族の役に立てたんだ、と感動までしたさ。
もっともそのせいで、この齢で嫁さんどころか彼女すらいねえんだが。
だけど弟や妹も既に全員が成人しているしな。もう家族への仕送りなんか必要ねえ筈だ。
魔法兵に引き抜かれた時点で、親も俺に農家を継がせる気はねえだろう。
ちと腹立たしいが、弟は結婚して子供までいるって言うしよ。既に農地も引き継いでいるようだし、この先も家の血脈は続いていくだろうさ。
だから後の人生は俺の好きなように生きさせて貰う。
さっきのスプルの件でも感じたが俺の魔法も役には立ちそうだ。
それにもうユウだって俺には魔法を隠す必要はねえんだ。
剣士のソンジュに回復役のユウ、それに魔法士の俺だ。バランスも悪くねえ。
すぐには連携は取れねえかもしれんが、先の戦闘で問題点も分かったんだ。なんとかなるだろうさ。
……俺が魔法の研鑽に努めてたのは、この時のためだったのかもしれねえな。




