27.俺は足手纏いか?
ソンジュの叫び声がユウの耳にも届いた。
だがそのソンジュの叫びが何を意味しているのか、座り込んだまま泣き叫んでいたユウには一瞬理解できなかった。
使う!? 何を!? ソンジュは何を言ってるの!?
ユウはワイトの方を見る。
自分に襲い掛かるスプルを放ったまま、ユウを囲むスプル達を牽制している。
スプルが放つ風の刃を無視して。自分の身に幾つもの傷を負いながら。
そしてソンジュの方を見る。
彼女も必死にこちらに向かおうとしている。
ソンジュに襲い掛かっているスプルの数はワイトやユウよりはるかに多い。二倍以上の数の相手をしているだろう。
ソンジュが駆け寄ろうとする度に、その直前を角を翳したスプルが飛び掛る。そのため何度も立ち止まらされている。
左右や後方から放たれる風の刃は無視しているようだ。だがそのため革鎧が傷付いているらしい。
……そうだ。……私は魔法が使えるんだ。……治癒も回復も可能なんだ。
なんで私は泣き叫んでるの? 泣き叫ぶことしか出来ないの?
ワイトさんの目の前で魔法を使ったら不味い?
それで私を助けるために自分の身を犠牲にしている人を放っておくの?
そんなの嫌だ! 助かってから考えればいいのよ!
今はこの魔物達を倒すのが優先よ!
ユウは座り込んだままで呟く。
「私を中心とした半径十メートルの範囲に麻痺……ソンジュに治癒……ソンジュに回復……ワイトに治癒……ワイトに回復……自分に治癒……自分に回復……」
次の瞬間全てのスプルが動きを止めた。いや、スプルだけではない。ワイトやソンジュも同様に動きが止まっている。
ワイトは驚愕の声を上げようとしたが口が動かない。
ソンジュはすぐにユウが回復してくれると信じているのだろう。焦った様子は見受けられない。
そしてそのまま二人共に崩れ落ちていく。
ユウの呟きは日本語なのでソンジュには詳細は分からない。だがその呟き声に自分の名前が含まれているのは分かった。
先にソンジュが身体を起こす。続いてワイトも立ち上がる。
ソンジュは剣をその手に下げたまま、スプルの首を撥ねていく。最初にユウの周りにいたスプルから。次にワイトを襲っていたスプルを。
そして最後に自分に襲い掛かっていた十数匹のスプルの首を飛ばしていく。
ワイトは呆然とソンジュの様子を見ている事しか出来ない。彼には何が起こったのか全く分からないのだ。
ユウは自分への治癒と回復を言い終えると同時に倒れていく。気を失っているらしい。座っていたために怪我はなかったようだ。
全部のスプルの首を撥ね終えたソンジュが、ユウの傍に座り込む。そしてユウを抱き締めた。
ようやく口が動く事に気付いたのか、ワイトが叫んだ。
「なんなんだ!? 何が起こったんだ!?」
「騒ぐな! ユウが起きる!」
「何言ってんだ! 一体何がどうなってるんだよ!」
「だから騒ぐな!」
ソンジュはユウを抱いたまま、ワイトを睨みつける。
ソンジュの胸で眠ったようなユウを見て、ワイトも声を落とした。
「……なあ、説明くらいはしてくれるんだろ?」
「……」
「……誰にも言わねえよ。頼むから教えてくれ」
「……ユウの魔法だ」
その言葉にワイトは溜息を吐いて、それから改めて辺りを見回す。
道幅一杯にスプル達が倒れている。道の傍の草原にも何匹ものスプルが転がっている。その全てが首を撥ねられていて息絶えているのが明白だ。
辺りには濃い血臭が漂っている。
「そんな力があるんなら、なぜ最初から使わなかったんだよ」
「お前に見せるわけにはいかなかったからな」
「……俺ってそんなに信用ねえのかよ」
「当然だ。出会ってから、まだ一刻程度の相手を信用できる訳がないだろう?」
「……まあ、確かにそうかもしれねえけどさ」
それを聞いたワイトは肩を落とす。
言われた通りだ。信用される筈がない。自分だってこの二人を心の底から信用なんてしていないのだから。
「で、その子が倒れちまったのは魔法の使い過ぎか?」
「魔法を使えるお前が言うならそうなのだろうな。ユウは自分の魔法の限界を知らない筈だ。ぎりぎりまで使い切ったんじゃないかな?」
「ああ、魔法兵だった俺には分かるよ。魔法を使いまくったせいで気を失った経験もあるし、そんな連中も山ほど見てるからな」
そしてワイトは声を落として続ける。
「俺は怪我してたと思うんだが……」
「気のせいだったんじゃないか?」
「ふざけんじゃねえ! その子の脚に大きな穴が開いてるのも見たんだ! だから俺は焦って、その子を襲おうとしてたスプルに魔法を放ち続けたんだ!」
「大きな声を出すな」
「なのに今の俺には傷がねえ! 痛みもねえし、傷痕すら見えねえ! おかしすぎるだろうが!」
「だから大声を上げるな」
「その子の脚もだ! 傷痕もなく塞がってやがる! あんたもそうなんだろ!」
「叫ぶな! ユウが目を覚ますだろう!」
「魔力切れで気を失った奴は半日は起きねえよ……」
ワイトは自分や同僚の経験からだろう。魔力が切れで倒れた者がどうなるのかが分かっているらしい。
そしてユウの魔法についても見当が付いているようだ。
「回復系の魔法の使い手かよ……それも同時に三人も……しかも、あんな大怪我を治せるのかよ」
「ああ、そうだ」
「全てのスプルを倒したのはどういうこった?」
「ユウは治癒応用の麻痺とか言っていたな」
「はあ? そんなことまで出来るのかよ」
「たぶん、ユウは国家最高級の魔法士並みの腕を持っているんだろうな」
「絶対それ以上だ……なるほど隠したがる筈だよ。で、俺をどうする?」
「どういう意味かな?」
「しらばっくれるんじゃねえよ。俺程度じゃあんたには敵わねえ。俺の魔法を避けるのも、あんたなら簡単だろ? 秘密を守る方法なんて一つしかねえよな」
ワイトはソンジュの顔色を窺っている。
生き残る目はあるのかと。殺されないで済むのかと。
いや、違う。このまま一緒にいられるのかが気になっている。
「お前も治癒や回復をされたんだろう? ならばユウはお前が死ぬのを望んでいないんだ。好きにすれば良いさ」
「俺が王家や貴族や軍に駆け込んだらどうすんだよ。あんた等の事を報告したら、そこそこの報奨金が貰えるだろうぜ」
「その時は仕方ない。隣国でも目指すさ。私とユウなら逃げ切れるだろう」
「……なあ、俺は足手纏いか?」
「ユウを護ろうとしてくれた事は感謝しているよ。お前が牽制してくれなければ、ユウは危なかったからな。最初の火の壁もそうだったが、火や風の魔法も役に立つものだな」
「……なら俺を雇わねえか?」
「良い格好を見せたいからと、女性二人組を追うような奴をか?」
「それはもう忘れてくれよ。雇われるってのも違うな。金なんて要らねえ。あんた等を見ていたいんだ」
「まるで告白だな」
ソンジュは茶化すように言い放つ。
だがユウが目覚めた時に、ワイトがいなかったらがっかりするだろうな、とも考えていた。
自らが傷付くのも構わずに護ろうとしてくれた相手だ。ユウも礼の一つは言いたいだろう。
もっとも惚れたとかの感情は無いだろう。ユウも言っていた筈だ。元の世界には恋人が待っていると。
「さて、まずはこのスプルの群れの討伐証明部位を剥ぎ取る必要があるな。こいつ等の場合は角だったか? さすがにレリに戻る気はないが、向こうの街のギルドには連絡する必要があるだろう」
「確かにな。こんなとこに四十匹以上の群れがいる筈ねえ。何かあるんだろな」
「なら、ワイト。私はユウの面倒を見る必要があるから剥ぎ取りは任せたぞ」
「……おう! 任せとけ!」
スプル退治の後からはソンジュのワイトへの呼びかけが、貴様呼ばわりからお前に変わっていた。
さらに初めてソンジュに名前を呼ばれた事で、ワイトは浮かれたように剥ぎ取りの仕事を引き受けた。




