25.世辞は不要だ
「なあ、あんた等には近付かねえよ。ちゃんと離れた場所にいるからさ。同行するくらいは勘弁してくれよ」
「……まったく。貴様には何を言っても無駄なんだろうな。だが私達の百オーク以内には近付くなよ」
ワイトに返したソンジュの言葉を聞いて、ユウは小さな笑みを漏らす。
あれあれあれ? ソンジュ、距離が半分になってるよ? あんな大声出さなくても済むような距離になってるよ?
ソンジュって本当に素直じゃないんだから。
でも確かにこのワイトって人は悪い人じゃなさそうね。律儀にソンジュの言った距離を離れた上で先行してたんだもの。
きっと索敵なんかもしてたんでしょうね。この世界に探査魔法なんかが存在するのかは分からないけれど。
間に合わなかったけれども、二十人以上の暴漢達に立ち向かうだけの男気もあるみたいだし。
休憩を終えた三人はそのまま道を進んでいく。
もちろんワイトは百オーク、五メートルほど離れて先行している。ソンジュの言い付けをきちんと守っているのだ。
ワイトは本当に二人の護衛として露払いをしているつもりなのだ。
しばらくそのまま歩き続けていたが、不意にソンジュがユウに囁きかける。
「……おかしい。何か不穏な空気を感じる。ユウ、気を付けていてくれ」
ソンジュは抜きこそしていないが、それでも剣に手を当てている。
前方を歩いていたワイトも立ち止まって周りを見回した後で、片手を上げて何かのサインを送っている。彼も大声を出すのが不味いと分かっているのだろう。
ユウにはワイトの出したサインの意味は分からない。だがソンジュには彼のサインの意味することを理解できたようだ。
「ほう。アイツもなかなかやるな。この空気に気付いたようだ。経験豊富な魔法兵だったと言うのは嘘ではないらしい。ユウ、アイツが近付いてくるだろうが、変な気を起こしてじゃない。気にするな」
ソンジュはユウに声を掛けながら、その場に立ち止る。
そして二人の方に振り返って、だがその場で立ち止まったままのワイトに、ソンジュはこっちに来いと手振りで示す。
許可が下りたと思ったのだろう。ワイトも早足で二人に近付いて来た。
「あんたも気付いたのか。さすがと言うか、何と言うか」
「世辞は不要だ。それで貴様はどう考える?」
「お世辞を言っているつもりなんて全くねえんだが。……この感覚だと盗賊なんかの人間じゃねえな。獣か魔物ってとこだろう。どうも囲まれている気がするんだがよ」
「ふむ。私も同じ見立てだ。だがこの辺り、そこそこの街道の傍にそんな数の魔物がうろついているとも思えないのだが」
「そうなんだよ。俺もそれが気に掛かっている。定期的に領兵か冒険者が掃除している筈だぜ」
「街の間も一日程度だしな。毎日見回っていても不思議ではないだろう」
「ああ。それにレリの街はあの死んじまった奴等が足止めしてたかもしれねえ。けれどよ、向こうの街から来る奴もいねえんだ」
「確かにな。この規模の街道で誰にも出会わないのは不自然だな」
「ギルドや門衛からはこの街道が危ねえって知らせも無かった筈だ。もっとも、まだ向こうの街にしか通達されてねえ可能性もあるがよ」
ユウは二人の会話を黙って聞いているだけだった。
様々な疑問が渦巻いている。だが下手に割り込んで話の邪魔をする訳にはいかないのも分かっている。
自分は熟練の冒険者でも兵士でもないのだ。それどころか、この世界の一般人に比べても劣っているだろう。
「だがそれなら逆に、先行通達に来る冒険者や領兵に出会わないのはおかしいと思うのだがな」
「ったく、何が起こってやがるんだ。とにかく対応を考えねえと不味いぜ」
「貴様は魔法が使えるという触れ込みだったな。どの程度なら出来る? 二、三匹に火の玉を当てるくらいなら可能か? あの群れをどう見ている?」
「……俺の話を全く信用してくれてねえな。そこそこ高位の魔法士だって言ったのによ。……はっきりとは分からねえが三十匹を越えてそうだ。しかも、なかなかの魔物みてえだ」
「ふん。見立ても間違ってないようだ。ただ数はもう少し多いだろうな。五十には届かないと思うが。狼くらいの力か? 数匹なら容易いが数が多いと厄介だな」
ユウは二人の会話を聞いて、その身体を震わせている。
怖い! 怖い! 怖い!
ダメ! 私はまた身体が震えている! 盗賊なんかとは異なる恐怖だ!
都会に暮らしていたら凶暴な野生動物に出会うことなんて無いもの。
それが魔物かもしれないって言われたら尚更よ。
なに、狼って! そんなのに対峙できるの!?
群れを作る動物でしょ!? 一匹狼なんて滅多にいない珍しい存在だから、わざわざそう呼ばれてるんじゃないの?
連携だって取るんでしょ!? 五十に近い数だって言ってるのに平気なの!?
ソンジュは厄介とは言っていても怯える様子はないし、ワイトだって似たような態度なのはなぜよ。
「俺が炎の幕を張る。そしたら襲ってくる方向を限定できる筈だ。俺の力じゃ半円状に八半刻ほど保つのがやっとだろうが」
「ほう。確かにそれが出来るのなら、そこそこの力があるのだろうな。その幕の無い方を私が担当する。半数も倒せば敵わないと感じて残りも逃げ出すだろう」
そしてソンジュはユウの耳元で小声で囁く。
「ユウ、君は私とアイツの真ん中にいるんだ。それと先に私に掛けた魔法を使ってくれるか? 素早さを増幅させてくれる魔法だ。ただし詠唱が必要なら掛けなくても良い。アイツにはユウが魔法を使えるのは知られたくないからな。それからは、ユウはじっとしているんだ」
震えている身体を押さえながら、ユウはその言葉にコクコクと肯く。怯えで声も出せないようだ。
ユウを中心にして三人が一列に並ぶ。各々が三メートルほど離れている。
ユウは未だに身体が震えたままの状態だ。それでも、これが普通の戦闘態勢なんだ、と頭の片隅で考えていた。
そして無言のまま、ソンジュに魔法を掛ける。敏捷性と筋力や器用度の強化を行なう魔法を無詠唱で発動させる。
ソンジュは自分の身体に魔法が掛かっている事に気付いたようだ。
少しすると周りを囲んで近付いてくる魔物が目に入る。
中型犬くらいの大きさだ。その姿も犬か狼のようだ。
だがその額には一本の角が生えていた。大きな牙も口元から覗いている。
それらが完全に三人を取り巻いていた。
その魔物を見たソンジュが呟いた。
「スプルだな。風の刃を飛ばしてくる。威力は弱いが、気を付けろ」
「我命じる。火よ、炎よ。幕と成り我等を囲む半円を為せ」
ソンジュの言葉を聞いた瞬間にワイトが呪文のようなものを唱える。
すると炎が立ち上がった。三人を囲むように半円の形状の炎が。
ワイトから五十オーク、二メートル半ほどの間隔だろうか。それが炎の熱さを感じずに済み、ワイトが魔法を制御できるぎりぎりの距離なのだろう。
三人の周りを囲んでいる、ソンジュがスプルと呼んだ魔物の群れも少し怯んでいるようだった。
ユウは怯えも恐怖も忘れたように、心の中で歓声を上げる。
凄い! 凄い! 凄い! ワイトさんって本当に力のある魔法使いなんだ!
これって幕じゃなくて壁よ! 二メートルを越える高さと厚さだって五十センチはあるじゃない!
それにずっと燃え続けている!? 何も無い空間なのに!?
これだけの数の敵に囲まれていたら、単発の魔法、ファイヤーボールなんて役に立たないもの。残りの敵が近寄ってくるでしょ。
でもこの壁なら突っ込んでくる獣もいない筈よ。
やっぱりワイトさんって軍人だったんだ。経験だって積んでるんだ。
戦闘範囲のコントロールが出来るなんて本当に凄いと思うわ。
ソンジュは背後に炎の壁が出来たのを確認すると走り出した。剣を抜いて炎の壁の無い前方に向かって。
そのまま舞うように剣を振り抜きながら駆け抜ける。そしてすぐに最初にいた場所まで戻ってくる。
ソンジュが通った後には傷付いたスプルが十体ほど転がっていた。
もう碌に動けないらしい。何匹かは息絶えているようでもあった。
ユウの強化魔法は凄いな。
こんなに速く駆けることが出来るなんて。
狙いを定めて剣を振り抜く。自分の素早さが変われば当然感覚も変わる筈だ。なのに普段と全く同じなのだ。
いや、自動的に調整されているのだろう。この速さや力に身体や思考が追いつくように。
……だが、何か変だ。いや、身体がではない。スプル達の様子がだ。
いきなり十体もが損傷を負ったんだぞ。囲んでいるスプル達の群れの四分の一近くが倒されたんだ。普通なら逃げ出してもおかしくはない筈だ。
なのに、その様子が変わったようにも思えない。恐れや怯えが全く見えない。
もう一度斬り込むべきだろうか。
ソンジュは思わず剣を握り直す。
その時背後から叫び声が聞こえてきた。ワイトの声だ。
「うわ!? なんだ、こいつ等! 炎の中を迷わずに突っ込んで来るだと!」




