24.なぜ私達の名前を知っている?
二人は昨日仕入れた果物の残りを食べている。
先の襲撃者達との戦闘で疲弊したソンジュの身体には、甘味が染み渡るように感じられた。
ユウも気にせずに食べている。
うん、もういちいち食べ物が自分に害を与えるかを考えるのは止めよう。
魔物の肉すら私に影響や問題がなかったんだもの。
たぶんこの世界の食べ物は私の害になったりしない筈よ。
神様なんかも魔法なんてチート能力を与えた上で私を連れてきたからには、ここは食事すら取れない世界じゃないと信じよう。
……そう思わないとやっていけないわ。
ユウは果物を口に入れるたびに少し顔を顰めている。
ミカンもイチゴも共に品種改良されていないためか酸味がきついのだ。
それでもこの世界では貴重な甘味であり糖分なのだろう。
ううう、やっぱり酸っぱい! 現代日本で食べていた物とは全然違う!
品種改良が進んだ現代地球と違っていても、仕方ないのかもしれないけど。
今まで食べた料理だって香辛料は全く使われてなかったようだし、やっぱり中世みたいな世界だと香辛料って貴重なのかな?
私だって少しは料理が出来るけれど、こんな素材じゃ無理よ。マンガや小説の主人公達って、よくこんな材料を使って現代料理を作れるわね。
「おーい、ちと話がしたいんだが近寄っても良いかー」
先行していたワイトが大声で呼びかけてくる。
律儀に二百オーク、十メートルは離れたままで二人の返答を待っている。
下心はあるのかもしれないが、二人を襲おうなどとは考えていないようだ。
ソンジュは手振りでこっちに来いと合図する。
ユウはそのソンジュのジェスチャーに驚きの目を向ける。
あ、やっぱり掌を上にするんだ。そしてそれを手前に動かすんだ。
日本の仕草とは違うのね。……もしかして日本の方がおかしいの? 世界でも少数派、ううん、それどころか日本独特?
ワイトはゆっくりと近付いてくる。たぶん急に二人に近寄る事で襲おうとしていると思わせないためだろう。単に走れないだけかもしれないが。
それでも少し離れた所で立ち止まり声を掛けてくる。
「えーと、ソンジュにユウだったか。二人に確認したいんだが良いか?」
「おい、貴様! なぜ私達の名前を知っている?」
「ちょっ、待ってくれ。その剣を俺に向けてないで収めてくれよ。あんた等、俺の前で普通に呼び合ってただろ」
「だが貴様にその名を呼ぶ事を許した覚えはない! しかも敬称もつけずに呼び捨てだと?」
「勘弁してくれ。俺は平民出なのに魔法が使えたから軍属になったんだぜ。上品な言葉遣いなんて出来ねえんだよ」
「それでよく軍人が務まったな?」
「まあ、そいつも軍を辞めた一因だな。俺は結構上級の魔法も使えたから上の覚えも目出度くてよ。その分周りの嫉妬なんかも凄かったんだよ。特に貴族連中なんかのな。奴等は俺が怪我したから軍を抜けるって言ったら大喜びしてたぜ」
ソンジュはワイトに向けていた剣を下ろして鞘に収納していく。
貴族連中に疎まれていたという言葉に反応したのかもしれない。
やっぱりソンジュって貴族と何かあったのかな、とユウは考えていた。
「それで? 貴様が確認したい事とはなんだ?」
「そろそろ貴様じゃなくて名前で呼んで欲しいんだが……まあ、いいや。あんた等が目指しているのは王都って事で良いのか? 俺は王都が目的地なんだが、もしあんた等もそうなら付き合うぜ」
「ふん。貴様に付き合って貰う気はないがな。それに特に王都が目標と言う訳でもない。そうだな、ユウ。君は目指す場所はあるかい?」
「うーん、私も特には無いんだけど。でも……」
ユウはソンジュの耳元に口を寄せようとする。だが身長差から無理らしい。
それに気付いたソンジュは少し屈んで、ユウの口元に自分の耳を寄せる。
ユウはソンジュに小声で囁き掛ける。ワイトには聞こえないように。
「私は還る方法を探したいの。魔法でどうにかなるのか分からないけど、王都みたいな場所だと研究している人がいるんじゃないかな? 時空魔法なんかのね。それに今まで訪れた私以外の迷い人の情報も手に入るかもしれないわ」
「ふむ。確かに人が多いところの方が、そう言った話も聞けるだろう。それに魔法の研究者か。王都なら学院もあるだろうな」
「でしょ。だからまずは王都を目標とするのは間違いじゃないと思うんだけど」
ソンジュはユウの告げた事を考える。
正直言うとユウを人目に晒したくはないのだがな。黒髪黒目の一目瞭然で異邦人と分かる容姿だ。
王都に行けば王族や貴族なんかに目を付けられるかもしれない。まあ、そいつ等を潰す自信はあるのだがな。それにユウも魔法が使えるようだからな。
もっとも逆にその魔法のせいで目立ちかねないのだが。
ユウは治癒や回復が出来るんだぞ。それに身体強化の魔法まで使えるんだ。
欲しがるのは軍だけではないだろう。それこそ国を相手に戦争を覚悟しなければならないかもな。
その場合でも隣国に逃げ出すくらいは簡単だろう。それこそ自分の剣とユウの魔法があれば。
別にソンジュは驕っている訳ではない。自分達の力量を冷静に正確に把握した上で、その結論に至っているのだ。
もちろん国を相手に「勝つ」のではなく、逃げ切るくらいなら可能だろうと。
ただしその計算には当然ワイトを加えていない。
いくら強い魔法が使えたとしても、ろくに走れないのでは意味が無い。歩きながら逃げるなど無理だろう。
軍所属の魔法兵だったと言うのは本当の筈だ。そんな嘘を吐いて、ばれでもしたら確実に縛り首だ。
だが上級の魔法が使えると言うのも彼の申告だけだ。本当は魔法が使えないのかもしれない。使えたとしてもその威力は不明なのだ。
「なぜ貴様は王都に行くんだ? 脱走兵なんだろう? 自首しに行くのか?」
「だから俺は脱走兵じゃねえよ! 王都をホームタウンにした冒険者になるつもりだったんだよ。これでも魔法兵として軍属の経験があるんだぜ。ランク三から始められるし、王都近辺の依頼なら走れなくても問題ねえだろ?」
確かに三十歳近い者が冒険者登録する場合はそれまでの経験が加味される。
特に軍人だったなら戦闘経験だってある筈だ。対魔物や盗賊、対人に関しての経験が。最低限の読み書きや計算も出来るだろう。
ワイトの場合は十年以上の軍務経歴がある筈だ。本当に魔法兵だったなら国からの信用も保証されている。
仮登録を飛ばして、いきなり本登録されてもおかしくないのだ。
「なるほどな。だが私達には護衛は不要だ。貴様に付き合う気は無い」
ソンジュの冷たく突き放す言葉にワイトは肩を竦める。
二人にカッコいいところを見せて頼りにされて、両手に花の状態を目論んでいたのも確かだ。
だがそれ以上にこの二人に興味を引かれたのだ。
軽く流されたけどよ。女性二人で大の男達二十人以上を倒しただと?
俺は膝のせいで休憩を取ってたんで、あの連中の時に間に合わなかったのは痛恨のミスだったけどよ。
そりゃ奴等は兵隊や冒険者じゃねえだろう。それでも武器を持った連中だぞ。荒事にも慣れてた筈だ。
なのにあの死に様はなんだよ。半数が首を飛ばされて、残りの半数も確実に心臓を抉られてたんだぞ。
どうやったら、そんな真似が出来るんだよ。
俺の魔法なら可能かもしれん。
実際あの程度の連中ならば、炎の幕を張れば近寄る事も出来ないだろう。
そして風の刃を飛ばせば切り刻む事だって出来るさ。さすがに二十人相手だと、しんどいかもしれないけどよ。
本当に俺は結構上位の魔法兵だったんだぜ。それくらいなら可能さ。
平民出って言ったが、俺は農民出身だったんだよ。
十四歳を少し越えた頃に村長の手伝いで近くの町に農作物を運んだんだ。その際に受けた鑑定で魔法の素養が見出されたんだよ。
俺は農家の長男だったし、このまま農民で終わると思ってたんだ。
だけど生活は一変したよ。軍の、それも魔法兵としての教育を受けたんだ。
それまで文字の存在すら知らなかった俺が、読み書きどころか簡単な計算まで出来るようになったんだぜ。
最初は楽しかったな。見るもの聞くもの全てが新鮮でさ。勉強だって苦にもならなかったよ。それどころか新しい知識にわくわくしたものさ。
俺にはある程度の魔法の才能があったんだろうな。もちろん魔法の習得や訓練は頑張ったし、人一倍の努力もしたさ。おかげで相当上の者からも一目置かれる存在になれたと思うよ。
でも結局のところ俺は農民出なんだ。同僚や貴族出身の小隊長辺りには疎まれたものさ。
自分達よりはるかに下位と思ってた者が、自分達よりはるかに強い魔法が使えるんだからな。そりゃ妬み嫉みの対象になるさ。
さすがに軍隊だからな。あからさまな暴力や器物の損壊は無かったよ。
そりゃそうだ。国から支給された物品を壊す? 出来る訳ねえだろ。
さらに上の立場の者に見つかりゃ、行なった者が処罰されるんだからよ。
だけど作戦行動なら別だ。度々危険な任務に駆り出されたよ。
魔物退治に盗賊討伐。おかげでいろんな経験は積めたが、最後は膝に矢を喰らって終わりだ。
そりゃ治癒の魔法は受けたが、それでも元通りにはならねえ。歩けはするが走れない身体になっちまった。
王都にはどんな怪我でも完全に癒せるような魔法士がいるらしい。けれども、そんなのが前線に送られる訳ねえしな。王族や貴族が王都に留めておくだろ。
なんか軍にいるのが馬鹿馬鹿しくなっちまった。実力を適当に誤魔化して冒険者にでもなってればってさ。だから退役したんだ。
それに俺は田舎の村と軍の施設しか知らねえ。世間にはもっと楽しいことや面白いものがある筈だ。
まあ、今からでも遅くはないさ。まだ俺は二十七歳だ。
もっともこの齢になっても嫁さんすらいねえのは問題かもしれんが。
そして見付けたのがこの二人だ。
ソンジュって女は凄え美人だ。もう一人のユウって女だって黒髪黒目で異国情緒が溢れている。俺の目には十分に美女の範疇に入ってるよ。
そして二人共に強い。
どうやらソンジュって方だけが強いんじゃねえ。あの首を飛ばされていた男達をやったのはたぶんソンジュだ。
でもユウって女も残りの連中の心臓を刺して回ったんだろう? 革鎧を無視して突き刺せるってどんな力だよ。
本当に面白え。
この二人をどうこうしようって気持ちはねえさ。
ただこいつ等と一緒にいたら、何か面白い事に出会えるんじゃねえかって期待を持てるんだ。楽しくなるんじゃねえかって気がするんだ。




