23.なぜかイラッとする単語だな
その男はすぐにソンジュやユウに襲い掛かる様子はないようだ。
ソンジュは持っている剣を鞘に戻しながらその男に告げる。
「言いたい事があるならさっさと話せ。貴様に奪われる時間が惜しい」
「……なんか凄く当たりがきついんだが。……こんな人だったのかよ。あんたは俺の話を聞いてくれるよな?」
その男は再度肩を落としながらユウに向かって問い掛ける。
だがユウもソンジュと同じような態度で返していた。
「あの……私も貴方に費やす時間はありません。もう行っても良いですか?」
「あんたもかよ……」
男はその言葉を聞いた途端に崩れ落ちた。
ユウはその姿を見て頭の中で呟く。
あ、この体勢知ってるわ。失意体前屈って言ったっけ。
オーアールゼットってどういう意味? って彼に聞いた時に教えてくれたポーズの筈よ。英小文字を見せてくれて、そのポーズも取ってくれたわ。
本当にガックリした感じが伝わってくる姿勢ね。
「もういいよ。俺が勝手に喋るからよ。俺の名前はワイトだ。たまたまあの街を出ようとした時に、あの連中が集まって喋ってるのを聞いたんだよ。女性の二人組を攫って来るってさ」
「それでおこぼれにでも与ろうと?」
「だから違うんだって! きっと昨日見かけたあの美女二人のことを指してると思ったんだよ。これは助けて良い所を見せねばと考えてな。慌てて追っかけて来たんだがよ。連中は休憩も取らずにいたんで少し遅れちまってな……」
座り込んだまま勝手に話し出した男に対して、ソンジュは容赦ない突っ込みを入れる。
どうやらソンジュも敵対者でない事は分かっているようだ。向けていた剣を腰の鞘に直している。
ユウも心の中で突っ込んでいた。
……なに? この人? カッコいいところを見せようって。下心を隠そうともしてないわね。
どうやら私達より年上みたいだけど。でも三十歳は越えてなさそうね。
彼と同じくらいの齢? 二十七、八歳ってところかな。
それに美女の二人組って何よ? そりゃソンジュは分かるわよ。実際ものすごい美人だもの。
お世辞にしても下手すぎるわよ。私には逆効果だって分からないの!?
しかも助けに向かったって言いながら遅れるってどう言うこと? 街を出てから二刻程度の距離なのに? あのヤクザな盗賊モドキの連中より体力がないの?
一体どうやって手助けするつもりだったのよ!
「ふん。どうやらこいつ等の仲間ではないようだ。だが話を聞いても本当に時間の無駄にしかならなかったな。貴様はとっととレリに戻れ」
「おいおいおい。時間の無駄って……酷くねえか。それに俺もあの街を出るところだったって言ったろ。レリに戻る気なんてねえよ。大丈夫だ。任せてくれ。俺が護衛してやるからよ」
「必要な時にいない。碌に役にも立たない。そんな護衛など不要だ。例えそれが無料だとしてもな。レリの街に戻る気がないのなら、さっさと先に行け。私達に関わるな」
「あのよ……確かに間に合わなかったとは言え、助けようと考えていた相手に対して冷たすぎねえか?」
確かにソンジュの対応は冷たいと思う。だけどそれは私がいるからでしょ。
事情も分からない、信用も出来ない、そんな第三者に対して私の事を明かす訳にはいかないもの。
回復や治癒の魔法が使える事に関しては特にね。
「一緒にいたら役に立つぜ。俺は魔法士なんだよ。ついこないだまで軍に所属していた現役バリバリのな」
「なんだ? つまり貴様は脱走兵と言うことか? なら、なおさら不要だ。そんな奴と仲間だと思われると迷惑だ」
「違えよ! 盗賊退治に狩り出された時に、膝に矢を喰らっちまってよ。歩く分には問題ねえが、走るのは無理になっちまった。それで軍を抜けたのさ」
「軍を抜けた? 不要だからと馘首にされたんじゃないのか?」
「だから違えって! 軍って組織はよ。規律正しく動く必要があるんだよ。魔法兵だからってそこは変わらねえ。俺は走ることも出来ねえし、休憩だって余分に掛かるんだ。行軍だと置いてかれちまう。だから自分から辞めたんだよ」
その話を聞いていたユウは少し考え込む。
そしてユウはワイトと名乗った男に向けて囁くように声を掛けた。それもこの国の言葉ではなく日本語で。
「ねえ。貴方は転生者? 元は日本人だったんじゃない?」
「失意体前屈」と「膝に矢を受けてしまってな」のコンボだ。ユウはワイトが元日本人であっても不思議ではないと考えたのだ。
サークル仲間の言葉にもあったが、ユウは転移者が自分だけなんて考えは持っていない。転移転生者が他にいても当然だと考えている。
だからワイトもそうなのでは、と思ったのだ。
だがワイトにはユウが何を言ったのか分からない様子だった。
ソンジュに問い掛けている。
「なあ。この子は一体何て言ったんだ? あんたには分かるのか? すまんが、教えてくれねえか?」
「見ての通り、彼女は異邦人だ。咄嗟の時は母国語が出るんだよ。私にだって分からないさ」
ソンジュが肩を竦めながら答えている。
ワイトへの返答の機転の良さにユウは感謝していた。
うん、偶然だったみたい。魔法チートを貰った転生者かもしれないって思ったんだけど。
でも、まあ確かに膝から崩れ落ちたらあの体勢になるわよね。
それに本当に膝に矢を受ける人がいるんだ。それで前線に出られないからって軍を辞めるような人が。ただのネタじゃなかったのね。
残念だわ。転生者だったら神様なんかに出会ってたかもしれないのに。
さすがにこの場に居続けても時間の無駄だと思ったのだろう。
ソンジュがユウに話し掛ける。
「さて。ユウ、そろそろ行こうか。いつまでも遺体の傍にいても仕方ないしね」
「うん、そうね。ソンジュ」
「なあ、俺には何もないのか?」
「貴様は好きにすれば良いだろう? この場でこの連中の遺体から懐を漁るのも、先行するのも自由さ。だが私達の半径二百オークには近付くなよ。死にたくなければな」
「……俺の扱い酷えな」
ソンジュとユウは、そんな言葉を呟いているワイトを無視して歩き出す。
ワイトは一瞬呆然としていたようだが、慌てたように早足で進んでいく。足を引き摺る程ではないのだろうが走れないのは本当らしい。
二人を大きく迂回して草原に足を踏み入れながらも早足をやめる様子はない。はるか先のほうで道に戻ってきたようだ。
ワイトはその後はたまに振り返って距離を測りながら歩いている。二人から二百オーク、ユウの感覚では十メートルほど、離れた位置を保ちながら。
ただの下心だけではなかったようだ。本気で二人の護衛をするつもりなのだ。
ユウはクスッと笑みを零していた。
そして歩きながらソンジュがユウに問い掛けてきた。
「ユウ、さっきは彼に何を言ってたのかな?」
「ソンジュにも分からなかったんだね。私の母国語で『貴方も私と同じなのではないのか?』って訊いたの」
「それは……彼に何かを感じたってことかい?」
「ううん。そうじゃなくって。あの人の話の中に、私の知っているスラング? 俗語? そういう感じの言葉が混じってたの。だからもしかしてと思って」
「ふむ。彼の話には意味が分からない箇所は無かったと思うのだが」
「うん。だから私の勘違いだったんだなって」
ソンジュに「膝に矢を受けてしまってな」を説明しても意味不明だろう。言葉そのままにしか受け取れない筈だ。
そのまま二人はゆっくりと歩き続ける。先行しながら偶に振り返るワイトの背中を眺めながら。
一刻ほど歩いたところでソンジュが大声を上げる。
「ユウ、そろそろ休憩を取ろうか。ユウも疲れただろう? 隣街まではまだ二刻は掛かるからね」
ユウはソンジュの大声に笑みを浮かべる。
先行しているワイトにも聞こえるように言っているのが明白だからだ。
走れない彼を休憩させるつもりなのだろう。ソンジュは既にユウが回復魔法を使えることを知っているのだから。
ユウが二人に魔法を掛け続ければ休息は不要な筈だ。
「うふふ、ソンジュって優しいのね」
「何の話かな? 私はユウに休憩をしようと言っただけだよ」
「私の世界だとソンジュみたいな人を『ツンデレ』って呼ぶんだけど。いや『クーデレ』かな? あ、私にしかデレてないし単に素直じゃないだけ?」
「ユウが何を言ってるのか分からないが……なぜかイラッとする単語だな」
ソンジュとユウはその場に腰を下ろす。
麦畑もはるか後方でもう全く目に付くことがない。既に辺り一面が草原になっている。
空は青く澄み渡り、薄くたなびく雲が散見される程度だ。
日も高く上っていて、今は昼一刻、正午を少し過ぎたくらいだろう。




