22.こいつ等の仲間か?
二人はしばらくそのままの姿勢だった。
ユウの嗚咽が止まっていく。そのことでようやく落ち着いたと思ったのだろう。ソンジュは胸に抱えていたユウを離す。
「少しは落ち着いたかな?」
「うん、ごめん。昨夜に続いてだもんね。私はソンジュに頼りきりだ。本当にごめんなさい」
「構わないさ。……ところで少し確認したいのだが良いだろうか?」
「うん? 何かな?」
「……ユウは魔法が使えるのかい?」
ソンジュの問い掛けにユウは身体をビクッと震わせる。
ユウは魔法を使っていた。まるで無意識のように使用していたのだ。
そして他人に対して使える、効果を及ぼすことも分かったのだ。
そうよ。私をナイフで脅していた男に麻痺を掛けれたんだもの。その後も十人の男達を一度に全員麻痺させたんだから。
個別でなく範囲で魔法が発動していたの?
確かにゲームなんかだと、エリアヒールなんて魔法が存在するんだもの。範囲魔法が有ったっておかしくないと思うわ。
でもどうして私にもそれが使えるの?
あの革鎧を無視してナイフを刺せたわ。それも正確に心臓の位置を目掛けて。
筋力アップのバフが発動していた? 器用度アップの効果もあった?
こんな事でバフ系魔法の効果を実感できるなんて。
しかも無意識にサークル仲間が言っていた通りにナイフを使っていた。
ソンジュの顔だって綺麗なままよ。殴られた痕なんて全く無い。そもそもそんな行為を受けただなんて分からない状態だもの。
私が掛けた治癒や回復の魔法が効いているんだ。
「殴られた頬の腫れや痛みも引いたし、その後は身体が軽くなったように感じた。動きも速くなったし、力を加えずとも剣を振り抜けた。それら全てがユウが掛けてくれた魔法のおかげなのかい?」
ソンジュにもバフ効果が効いてたんだ。そうよね。他人にも魔法が掛けられるんだもの。当然だよね。
うん、ソンジュには話そう。私が魔法を使える事を。回復系とバフ系の魔法しか使えないんだけれど。
「……うん。私は魔法が使える。治癒や回復の魔法が。それとバフ系……えーと、なんて言ったらいいのかな? そう、身体強化の魔法も使えるみたい」
「ユウを背後から脅していた男が崩れ落ちたのはどうしてかな?」
「治癒の応用で麻痺させたの。痛みを軽減させるために感覚神経を麻痺させたりするでしょ。それを運動神経に掛けるの」
「それは凄いな。ユウの世界には魔法を使える者が普通に溢れているのかい?」
「ううん。私の世界に魔法なんてないわよ。御伽噺にしか出てこないわ。もしくは想像上の物語だけにかな」
「……ならば……なぜユウは魔法が使えるんだ?」
「分からない。本当に分からないのよ。この世界に現れてから急に魔法が使えるようになったの。私はなんの努力も訓練もしていないのに」
たぶん神様か世界の管理者の気まぐれだと思うんだけど、そんな事を言ったってソンジュには分からない筈よ。
正直に言うと、私だってそんな超越者がいるなんて信じていないんだから。
「はっきり言うが、ユウの魔法の威力は凄すぎる。いや、もはや異常と言っても良いだろう。瞬間的に相手を無力化できる? 倒れている十人もの相手全員を? ユウから離れた場所にいた筈の、私の殴られた頬を瞬時に癒せる? それに身体強化だったか? 私は自分があんな動きを出来るなんて知らなかったよ」
「でしょうね。ソンジュの話だと魔法を使えるのって千人に一人なんでしょ。何年もの間訓練して、それでも魔法の威力が伸びない人も多いんでしょ。それに治癒や回復の魔法を使える人なんて更に少ないんじゃない?」
「ああ。回復系の魔法を使える者だと一万人に一人と言ったところだろうな。たぶんユウなら、どこの国に行っても最高級魔法士として迎えられるだろうね」
「……やっぱりね。だから秘密にしておきたかったんだけど」
そんなの真っ平よ。私は元の世界に還りたいの。
国家最高級魔法士? 例えどんな高待遇を受けたって意味無いのよ。
既に過去の遺物になっているのかもしれない。だけど時空魔法なんかがあるのは分かってる。
もしそんな立場になったら、そんな魔法を調べる事すら出来ない筈。私を自由にしてくれる筈がないから。
きっと飼い殺しにされる。もしくは適当な相手を幾人もあてがわれて、回復魔法の才能を持つ子を産まされるわ。それこそサラブレッドの肌馬のように。
だから隠すの。私は彼以外の男性に抱かれるつもりもないし、彼以外との子供を産む気だってないわ。
ソンジュ以外に話したりもしない。……本当はソンジュにだって黙っているつもりだったもの。
「確かにユウの魔法は心強いが、やはりあからさまにしない方が良いな。私もユウが自分の身を護る術を持っていると分かっただけで満足だしな」
「ありがと、ソンジュ。ごめんね、黙ってて」
「ふーむ。しかし、だとすると私は不要じゃないのかな?」
「え!?」
「ユウは一人でもやっていけるんじゃないかな?」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 言ったじゃない! ソンジュに頼りきりだって。今投げ出さりしたらソンジュのこと心の底から恨むからね」
「あはは。冗談だよ。ユウが元の世界に還れるまで付き合うさ」
ソンジュは軽く笑い飛ばす。
わざとふざけて言っているのだ。それまでの雰囲気を変えるために。
ユウにも分かっている。だからソンジュの言葉に対して慌てたような振りをしているのだ。
「さて、さすがにこの場で休憩は出来ないだろう。少し進んだ方が良いかな」
「えーと、この状況、ううん、惨状を放っておいて良いの?」
木立ちには胸を貫かれた男が倒れている。二人がいる道の傍には十人の男達が、同じように胸を突かれて息絶えている。
少し離れた道の上には首を撥ねられた男達が十一人転がっているのも見える。
ユウが惨状と言うのも当然の光景だ。
「ユウは埋葬しないと可哀相だと思うのかな?」
「え? ううん、そんな気はないけど。遺体を獣や魔物に食べられても、それは自業自得でしょ?」
「うん、良かったよ。ユウが愚かな倫理感を持ってなくて」
「そうじゃなくて。このまま二十人以上の遺体を放っておいたら腐敗なんかで疫病の原因になるんじゃない?」
この世界でも腐敗した遺体が疫病の原因になる事は知れ渡っている。
可能なら埋葬したほうが良い事もソンジュは分かっている。だがそれをする気はないようだ。
「なに、こいつ等が全員戻らなければあの街の裏組織の誰かが見に来るさ。そして全員が死に絶えているのを見たら、私達に手を出そうとした事を後悔して遺体も片付けるだろう。実働部隊が二十人以上も消えたんだ。もしあの街の代官が知ったら裏組織自体を潰そうと考えるかもしれないな」
「あ! 確かにそうだね」
ユウも二十以上の遺体を見ても、もう気にもしていないようだった。
その半数を自らの手に掛けたにも関わらず。既に心が麻痺しているのだろう。
ソンジュは蹴り飛ばされていた剣を拾って鞘に入れる。腰のバッグから取り出した別の剣を、再びバッグに仕舞っていく。
ユウはその手に持っていたナイフを捨て去る。さすがに幾人もを刺し殺したナイフを持ち続ける気も起きない。
それにそのナイフは自分を脅していた男が持っていた物なのだ。全く惜しいとも思わない。
そして二人はその惨状を無視して歩き出そうとする。
だが身体の向きを変える直前に、元来た街の方向から掛け寄ってくる男の姿が目に入った。
茶色のローブを纏った男だ。倒れている男達の装備とは異なっている。
どうやらこの連中の仲間ではないらしいが、それでも二人は警戒を解かずに待っていた。
「おーい! 助太刀するぜ! ……って、既に全て終わってるみてえだな……」
駆け寄ってきた男が二人に声を掛けてくる。
だがその男は辺りを見回すと、その声を途切れさせていく。
二十人以上の遺体が転がっている。生きている者は一人もいないようだ。
少しガックリと肩を落としている。
現れたのは茶色のローブをその身に纏った男だった。髪も目も茶色だ。
身長はソンジュと同じくらいはありそうだ。この世界だと高身長だろう。
そこそこ整った顔立ちをしているようにも思える。ただ少し軽薄な感じも見受けられるのだが。
ソンジュは剣を抜いてその男に向けて構えながら告げる。
「なんだ? 貴様は? こいつ等の仲間か?」
その男は慌てたように首を振っている。
「違う違う! 言っただろ、助太刀だって。あんた達の味方をするつもりだったんだよ。……もっともその必要はなかったようだが」
「だが現われるタイミングが良すぎると思うんだがな?」
「だから! 慌てて追っかけて来たんだけど、ぎりぎり間に合わなかっただけなんだって!」
「ふん、どうだかな。連中の目付けか見張りじゃないのかな?」
「頼むから俺の話を聞いてくれよ!」




