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20.私だけで対処する

 客ってなに!? きっと本来の意味じゃないよね!? もしかして襲撃者が現れたってこと!?

 今私達がいる場所って数本の木立ちがあるところよ。この道を使う人のための休憩用に植えられているんでしょ。

 周りを見渡せる場所じゃない筈だけど、なんでソンジュには分かるの?

 ソンジュって気配が読めるの? まさか探知の魔法が使えたりする?


「ユウはその木の陰に隠れていてくれないか。私だけで対処する」

「うん、分かった」


 ユウはそう言って木陰に身を潜める。

 自分が何の役にも立たない事など分かっている。それどころか邪魔にしかならない事だって分かっている。


 マンガや小説なんかで、何の力もないのに「助けないと」などと言いながら駆け寄っていく少女なんかがいるが、その行為は足手纏いにしかならない。

 助けたい相手の気を逸らす事になるし、余計な心配を掛けるだけだと分かっていないのだ。


 私はそんなのは真っ平御免だ。私はソンジュの言う通りにする。

 私が邪魔になるのは分かりきっているもの。高ランク冒険者のソンジュの言っている事の方が正しい筈。

 私が下手に出しゃばってもソンジュの負担にしかならない。だからソンジュの指示に従うべきよ。


 ソンジュは特に何もせずに自然体のままで立っている。そしてある方向だけを見つめている。

 その方向から数十人の男が歩いてくる。

 思わずソンジュが呟く。


「ふむ。二十二人か。たった二人の女性に対して大人数を出してきたものだ。荒事を仕事とする者達を全員繰り出してきたのかな? それだけ私が強いと認められたと言うことか。光栄だと思っても良いのかな?」


 向かってくる男達は革鎧を着た冒険者のような姿をしている。弓持ちや盾持ちはいないようだ。

 馬に乗っている者もいない。もっとも裏組織に属するヤクザ者達が馬などを用意出来る筈もないのだが。

 その男達は数メートル離れた位置で立ち止まる。

 その中の一人が声を上げた。


「お前等に聞きたいことがある。大人しく着いてきな」

「断るよ。女性を誘いたいなら、少しは身なりや言葉遣いを整えておく方が良いだろう。下卑た思惑があからさま過ぎるからな」

「な!? なんだと!」


 男はこの人数ならば彼女等も黙って着いてくると考えていた。

 当たり前だ。連れの女は新人冒険者だと聞いている。この女が幾ら腕が立つとしても二十倍もの人数に敵う筈がない。

 馬鹿なのか痩せ我慢をしているのかは分からないが自分達の立場を教えてやるべきだろう。


「ちと痛い目に遭わせた方が素直になりそうだ。お前ら適当に遊んでやれ」


 先に声を掛けてきた男が背後の者達に合図する。

 十人ほどが一歩前に出てきて大声で口々に喋り出す。相手を怯えさせる目的もあるのだろう。


「グヘヘ、綺麗だが大女だな。身体が大きいと締まりが悪いって本当かよ」

「味見くらいしたって構わねえんだろ。試してみようぜ」

「生きてりゃいいんだろ。楽しませて貰おうぜ」


 木の陰に隠れているユウにもその声は聞こえている。いや、あえて聞かせようとしているのだ。

 そしてユウはガタガタとその身を震わせていた。


 怖い、怖い、怖い! ダメ! 身体の震えが止まらない! 止められない!

 襲われるのってこんなに怖いの!? 恐ろしいものなの!?

 こんな怖い思いをするくらいなら、黙って言うことを聞きそうになる。

 それがもっと悲惨な結果を招くと判っていても。

 さっき言った宣言は、現実を知らない愚者が考えたような物だったんだ。


 ユウは魔法が使える。だから敏捷性を上げれば逃げる事も出来る筈なのだ。

 だが、そういった考えすら浮かばない。怯えでまともな思考が出来ないのだ。


 ソンジュは溜息を吐く。その男達を視界に入れないように顔を伏せながら。

 それでも気配から彼等の状態は把握している。

 ソンジュはユウのように怯えたりはしない。盗賊狩りを行なうだけの実力や度胸があるのだから。


 おいおい、人数を揃えただけなのか。

 こいつ等は相手を怯えさせて言うことを聞かせるのが主目的になっているじゃないか。

 この人数も私の実力を認めた訳じゃなさそうだな。女二人が相手だと良い思いができると考えて群れただけだろう。

 確かに人数差は厄介だが、それでも何とかなりそうだな。


「ゲヘヘ、どうした。黙り込んじまって。怯えてるかい?」


 男達の中の一人が声を上げる。

 ソンジュは未だに腰に下げた剣を抜く様子も見せない。顔も伏せたままだ。

 その様子に相手は怯えていると思ったのだろう。十人ほどの男達は群れたままでソンジュの方に近寄ってくる。


 男達が四十オークほどの距離、ユウからはソンジュとの間が二メートルくらいに見える、に近づいた時にソンジュは顔を上げる。

 その手にはいつの間にか抜いた剣が構えられている。そしてそのまま駆け出す。十人もの男達がいる方向に。


 ソンジュに近寄っていた十人の男達は慌てたように剣を抜く。

 だが間に合わない。一人ずつ確実に傷付けられていく。

 ソンジュが背後に抜けた時には、転がり唸り続ける男達しか見えなかった。


 誰も死んではいないらしい。だがもう戦闘には役立たないだろう。

 ソンジュは剣で男達の脚や利き腕を狙って切り裂いていた。どの男も必ず一刀は喰らっている。革鎧も役に立っていないようだ。

 脚に傷を受けた男は立ち上がることも出来ない。

 利き腕を斬られた男は武具を取り落としている。落ちた武具を掴み直そうとしているが、なぜかそれが出来ない。武器を持つ握力が無くなっているのだ。


 そのままソンジュは背後を無視して残りの男達に目を向ける。まだ彼等との間に距離はある。

 男達は相手の女の予想外の実力に驚いているようだ。既に残りの全員が武器を構えている。


「キャアアア!」


 だが、次の瞬間ソンジュの背後から悲鳴が聞こえた。ユウの声だ。

 ソンジュは慌てて振り向く。

 そこには背後からユウに絡み付いている一人の男が目に入った。


「ちっ! そいつは結構な力の持ち主だって聞いてただろうが、馬鹿共が! なに暢気に近付いてんだよ!」


 ユウを背後から抱き締めるような姿勢で、持ったナイフをユウの首筋に突きつけた男が怒鳴りつける。

 ユウは小刻みに震え続ける事しかできない。


 怖い! 怖くて堪らない! ダメ! 恐怖で意識を失いそう!

 首筋に刃物を当てられる経験なんてしたことない! 喉も引き攣っている! もう悲鳴を上げることすら出来ない!


 だが恐怖に震えながらも、頭の片隅で冷静に状況を把握している自分もいた。


 ソンジュも気付かなかったんだ。あの十人の男達が囮だって事に。

 男達の最後尾から這うように遠回りしながら木立ちに近寄ってきた男に。

 もちろん私が気付く筈もない。

 ソンジュに見惚れていた。ソンジュに任せていれば大丈夫だって思ってた。

 ううん、信じたかっただけかもしれない。


「武器を捨てて頭の上で手を組みな! 下手な真似をすると、こいつの生命は保証しねえぞ!」


 ユウを抱き締めて、その首にナイフを翳した男がソンジュに告げる。

 その言葉に従うように、ソンジュは剣をその場に落として手を頭の上で組む。


 油断したか。前面に寄ってきた男達と背後のユウに気を取られすぎて、他に注意が向かなかった。

 もちろん寄ってきた十人の背後に残ったままの男達にも気を向けていた。

 それでもその中の一人が抜け出して廻り込んでいるのに気付かなかった。なかなかの手練れだ。気配を上手く隠していたのだろう。

 この男達は生命までは取る気はないらしい。あの紙片の入手元を聞き出すのが目的だろうから。

 だが、それ以外はどんな事をされてもおかしくない。死んだ方がマシと言う目に合うのだろう。


 ソンジュが剣を捨てて言う通りにしている姿を見て、ユウは落ち込んでいた。


 やっぱり私は足手纏いだ。

 ソンジュだけなら切り抜けることだって出来たんでしょ。私なんか見捨てていれば良かったのよ。

 何とかしなくちゃいけない。考えるのよ。私には頭しか、現代地球の知識しか誇れる物なんてないんだから。

 ……分かってるのに身体の震えが止まらない。恐怖で頭が一杯になってしまって何も考えられない。


 背後に控えていたため無事なグループの男達の中から、一人の男がソンジュに近付いてきた。

 そしてソンジュがその場に落とした剣を、離れたところまで蹴り出した。

 拳を握りながらソンジュに語りかける。


「やってくれたなあ、別嬪さん。だがお優しいことだ。止めも刺さずにいるなんてよお。その甘さが命取りだぜ。その身体で覚えるこったな。まずはそうだな。俺は綺麗な女がボコボコにされた顔を見ると興奮するんだ」


 そう言いながらソンジュの顔面に拳を繰り出した。

 鈍い音と共にソンジュが吹き飛ばされる。

 ユウはその光景に一瞬目を背ける。

 だが慌てて視線を戻すと、ユウの方に振り向いたソンジュが心配ないと言いたげに微笑んでいた。

 だがその頬は腫れていて口元からは血が零れ落ちている。


 そのソンジュの顔を見た瞬間、ユウの中で何かがはじけたような気がした。

 いや、スイッチが入ったと言う方が正しいのだろうか。

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