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19.この先もずっと狙われるの?

 ソンジュは何を言ってるの? 血を見る? 戦闘?

 それって襲われるって言いたいの? そしてそれを返り討ちにするって事?

 人を傷付けるの? ううん、違うわ。人を「殺す」の?


「え!? なんで!? 取引は上手くいったんじゃないの?」

「まさか。対価は納得できる額だったが、だからと言って終わりじゃないさ」

「でも譲り受けた物だって、一枚しか無いって言ったよね?」

「それでも襲ってくるさ。本当に譲られた物なら、渡した相手を知るためにね。その者が他にも持っているかもしれないし、入手した遺跡の場所も分かるかもしれないからな」

「なら、この先もずっと狙われるの?」

「さすがにそんな事はないよ。前に言ったと思うが、裏組織なんてのは街ごとに独立しているんだ。隣街に入ればそれまでさ。隣街で騒ぎを起こして抗争にしたくはないだろう。それに金になりそうな情報を他の組織に教えたりしない筈さ」


 ああ、ソンジュがそんな話をしていたわね。

 それでも貴族なんかを敵にするよりはマシなんだ。

 王家直轄領の代官なんかが相手だと国そのものを相手にする事になるし、貴族だって組下の者達が他の街にいるだろうし。

 その街だけで完結している組織の方が相手としては楽なのね。


「それで再度尋ねるが、ユウは人が死ぬのを見た事はあるかな?」

「……曾祖母が亡くなった時に看取った事はあるけど」

「それは寿命だろう? はっきり言おう。ユウは目の前で人が殺される事に耐えられるかい?」


 ユウは思わず息を呑む。

 今まで二十四年生きてきたが、そんな経験がある筈がない。そんな経験をしたいとも思わない。

 だけど、こうも思っていた筈だ。

 人を殺すくらいなら殺される方がマシとか真顔で寝言を言う人を見て、なんて愚かで馬鹿げた考えをしているのだと。


 私は元の世界に還りたい。家族に友人、なにより彼に会いたい。そのためならなんだってする。そう、「人」を殺す事だって厭わない。

 この世界のために犠牲になる気なんてない。ううん、違うわ。私が元の世界に戻れるのならこの世界が滅んだって構わない。

 その時に責任を取るのは私じゃない。私をこの世界に連れてきた神様か誰かが取るべきなんだ。


「……言ったでしょ。私は元の世界に還りたい。必要ならば『どんなこと』だってするつもりよ」

「そうか。どこまで本気かは分からないが……取り乱したりはしないようだね」

「ええ。ソンジュを止めたりしないわ。いえ、違うわね。自ら剣を取る必要があるならそうする! 人に刃を向けるのも躊躇ったりしない!」


 ユウは自らに言い聞かせるようにソンジュに告げる。

 いや、それはソンジュに言っているのではない。

 自分の決意を表明しているのだ。その言葉は自分をこの世界に招いた誰かに対しての宣言なのだ。

 ソンジュはそんなユウの顔を見詰めている。それからユウに向かって少し誇らしげな顔を見せていた。


 なるほどね。ユウはお嬢様なんかじゃなさそうだ。

 自分のしなければならない事も理解出来ている。相棒として申し分ない。

 安心していい。君に剣を持たせる気はない。私が全て片付けるよ。


 そして二人は城門に辿り着く。

 ユウは分かっていないようだが、ソンジュは気付いている。

 この城門前まで尾行していた者がいた事を。その者が慌てて引き返した事も。

 あの店主に連絡に戻ったのだろう。彼女達がすぐに街を出るつもりだと。


 ソンジュは確実に襲撃があると思っている。

 自分独りなら次の街まで走り続ける事も出来る。そうすれば襲撃者達も追いつけないだろう。そして結局は諦める筈だ。

 だがユウにそんな真似はさせられない。


 どう見てもユウは弱い。一般人に比べても力は劣るだろう。

 それは不健康と言う意味ではない。ただ鍛え方が足りていないのだ。

 だからどうしても幾度もの休憩が必要になる。そうすると組織の襲撃者達に追いつかれるだろう。


 護衛任務か。幾度か請け負った経験があるよ。

 多少の怪我を負った事はあるが、護衛対象に一度も人死には出していない。それだけは自慢できる。おかげでわざわざ名指しで依頼された事も多いからな。

 さすがに私独りだと辛いだろうが、護衛対象もユウだけだ。それならなんとかする自信もあるさ。


 ソンジュは城門の門衛をしている兵士に問い掛ける。


「私達は街を出るのだが出市税は幾らかな?」

「見たところ冒険者か? 一時的に街を出るなら一レイだ。依頼票を確認させて貰うがな。この街を去るのなら十レイだ」

「私達は隣街に向かうつもりだよ。二人分で二十レイだね。これで良いかな」

「ふむ。確かにあるな。良し、通っていいぞ」


 ソンジュは二十五レイを手渡す。もちろん余分な額は賄賂だ。

 門衛に意味もなく詮索される事を嫌って、賄賂を贈っているのだ。

 よく行なわれる行為なのだろう。門衛の男も黙って受け取っている。

 そしてそのまま二人を城外に送り出す。


 そっか、やっぱりこの手の世界だと賄賂なんて当たり前なのね。

 まあ現代地球でも日本くらいでしょ。金銭に潔癖な公務員がいる国なんて。

 政治家、ううん、政治屋だけでしょうね。現代日本でも賄賂を求めるのは。


 城門を出て少し離れた所でユウはソンジュに尋ねる。


「この辺りだと出市税を取るの?」

「うん? 大概の国では街を出るときに税を取るよ」

「えーと私が知ってる例では入市税を取る事が多いんだけど……」

「ふむ。でも入る時には無一文の者もいるだろう? 大抵の場合、街には仕事を求めてくる筈だ。そんな者達を締め出しているのかな?」


 言われてみればそうだよ。

 街の中で稼いでもらって、そこから税金を取るのが普通の考えよね。

 冒険者なんかは依頼を求めて街に来るんだろうし、先に税を取ったりしていたら商人だって寄り付かなくなるわよ。

 この辺のことも異世界物のマンガや小説とは違うのね。本当に私の知識って実際には役に立たないみたい。


 二人が出てきた城門は、入城した時とは別の城門だった。完全に真逆の方向だと言っても良いだろう。

 街と街を繋ぐように道が敷かれているのだ。来たのとは別の街に向かうなら当然出る城門も違うのだ。

 その道は来た時の道と変わらない広さで土が剥き出しのままだった。


 この城門の方は畑が広がっている。春先の今頃だと青々とした小麦がそよいでいる。秋撒きの小麦らしい。

 そんな景色が延々と続いているようだ。それこそ見渡す限り麦の海と言っても良いだろう。

 ユウは思わずその景色に感嘆の声を漏らす。現代日本では見ることすら出来ない光景だろう。

 思わずスマートフォンを取り出して写真に残したいと考えてしまう。もちろん実際にそんな事は出来る筈がないのだが。


「来た時は草原だったよね。こっちの方だけ畑が広がってるのってどうして?」

「ああ、こちら側は少し先に河があるんだ。そこから水を引いているからね。来た時の城門の方向だと水が届かないんじゃないかな?」

「街って河の傍じゃないんだね」

「それは当然じゃないのかな。突発的な洪水に対応出来ないからね。それにじわじわと拡がる増水期は毎年来るだろう?」


 駄目だ。どうしても現代日本の考えになっちゃう。

 この世界で護岸工事や定期的な浚渫、水底をさらったりする訳ないわよね。

 洪水、いえ、季節による増水だって大変な筈よ。わざわざ河に隣接させて街なんて造らないわよね。

 確かに河の周辺は畑だけにするしかないわ。

 でも大丈夫なのかな? 台風なんかが来た際に「ちょっと水門を見てくる」とか言い出す人なんていないわよね?


 街を出てしばらくしてからユウは背嚢からバッグを出して、更にそのバッグから腕時計を取り出す。

 確認すると腕時計が指す時刻は午前一時過ぎだった。

 日の出と共に起きて、宿で顔を洗い水を補給して、料理屋で朝食を食べて、換金屋に寄って紙幣を売ってと、どう見積もっても三時間は経っている。

 そう、城門を出るときに朝三刻の鐘を聞いた覚えがある。

 朝三刻と言うのは春分の際の、日の出と正午の真ん中を指す時間の筈だ。つまり午前九時と換算しても良いだろう。


 あれ? 私がこの世界に来た時は現代日本で午後八時頃だった筈。

 それがこの世界では早朝で日が昇り始めた頃だったとすると……今が午前一時過ぎなのっておかしくない?

 え!? つまり二十九時間経っているの?

 つまり地球換算だと一日の長さが二十六時間くらい? 一日で二時間、八パーセントほど長いの?

 ……はあ、本当に異世界なんだ。

 とりあえずこの世界に来た日付と時刻はメモに残しておこう。うん、アナログな紙のメモ帳も役に立つわね。

 電池が切れたら意味のない電子製品より使える事もあるんだ。


 ソンジュの指示で一刻ごとに休憩を取りながら道を進む。

 既に河を越えており、もう周りにも畑は見えない。一面が草原になっている。

 二回目の休憩、昼一刻頃に街で買った果実を食する。ミカンとイチゴだ。

 共に酸味が強く、甘みは少ない。それでもこの世界では貴重な糖分を取れる食材なのだ。

 ユウはやはり口にするのを躊躇っているようだ。だがソンジュは気にせずに食そうとしている。

 そんなソンジュが果実を少し齧ったくらいの頃に呟いた。


「どうやら客が来たようだ」

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