18.あの額でも?
先にソンジュが、続いてユウが店の中に入る。
店内にはいろんな品が雑多に置かれていて、ユウはまるで写真でしか見たことのない一昔前の質屋のようだなと考えていた。
実際換金屋と言うのは両替屋や質屋を兼ねているので間違いではない。
二人以外に人影は見当たらない。
もっとも冒険者が朝早くから換金に来る事はないだろう。彼等が訪れるのは夕方になってからの筈だ。
ソンジュは脇目も振らずに奥に進んでいく。そして店主の前に立つ。
店主は一見にこやかな顔をした五十歳くらいのふくよかな男性だ。だがその目は鋭く、まるでソンジュの実力を推し量っているように思える。
「この店では表に出せないものを換金していると聞いたが?」
「いえいえ、盗品なんかは扱っていませんよ。真っ当な店ですから」
「ああ、盗品じゃないさ。とある人物が遺跡で入手した物を譲り受けてね。そこそこの値が付くと思うのだが、お貴族様には知られたくないんだよ」
「ほう、それは興味がありますね」
ソンジュの言葉に店主の目が妖しく光る。
遺跡で入手した物は貴重なのだ。既に失われた技術で造られた物も多い。
そして貴族の中には「献上しろ」などと難癖つけてくる者もいる。ギルドが庇えない相手だとどうしようもない。泣き寝入りするしか無いのだ。
だから冒険者もなるべくそのような品は隠そうとする。この店ではそういった物を買い取るのだ。
なにしろこの店のバックには裏組織がついている。いくら貴族でも下手に手出しは出来ない。
馬鹿な真似をすると報復される。本人でなく家族や友人に被害が出る可能性が高いのだ。もちろんそれだって限度を越えると討伐対象となるのだが。
店主はこの女が只者ではない事も見抜いている。
始めてみる顔だ。この街所属の冒険者ではない。だがその物腰や醸し出す雰囲気から、たぶんランク五以上の冒険者だと推測できる。
今彼女に手を出すのは不味いだろう。確実に自分では敵わない。
そしてこのレベルの冒険者が出す物だ。この店のことも分かっているようだ。生半可な物ではないのだろう。
ただ疑問なのは背後に連れている女性だ。どう見ても異国人で、しかも駆け出しレベルにしか思えないのだが。
「この紙片だがどう思う?」
「少し拝見させて頂いても宜しいですか?」
店主はソンジュが差し出した紙片を受け取る。
そしてその紙片を見た瞬間に顔を驚愕に歪ませた。
しまった! 顔に出してしまった! 驚きの表情を見せてしまった!
だが仕方がないだろう! なんなのだ!? この紙片は!?
こんなサイズに精細な肖像画だと? 裏も同様だ。こんな小さな風景画など見たこともない。しかも両方共に写実的過ぎる!
「光に翳してくれないかな?」
なんだ? 光に翳すと何か変わるのか?
……中央の空白にも人物画が浮かび上がるだと!?
「それから上下左右に傾けて、この部分を見て欲しいのだが」
なんだと! 模様が浮かび上がる!? それに紙片の両端が輝いている!?
なんなのだ、この紙片は!
たぶんこの部分は文字だろう。だが全く読めない。古代文字なのか?
こいつを見せたら、学者にしても美術品の収集者にしても絶対に欲しがるぞ。それこそ金に糸目をつけずにだ。
「どうだ? これに幾らの値をつける?」
紙片を差し出した女の声が、はるか遠くから聞こえる気がする。
店主は顔を上げて紙片を差し出した女の表情を見る。
ああ、この女はこいつの価値が分かっている。下手な値を告げると、この紙片を持ち去って二度とこの店には顔を出すまい。
いや、この紙片の存在を知ってしまった自分が他人に喋れないようにするかもしれない。その生命を絶つことで。
それに確かにこれは表に出すと不味い。表の店だと絶対に買ってはくれない。
この街は王家の直轄領だ。代官や高位貴族だっている。領兵や軍を繰り出してでも彼女を拘束しようとする筈だ。
入手元の人物や遺跡の情報を吐かせるために拷問すらやりかねない。
なるほどこの店に持ち込む訳だ。
店主は一般家庭が楽に二年、切り詰めれば三年は暮らせる額を提示した。
ユウはその金額に驚いている。必死に無表情を保とうとしながら。
えええ!? ソンジュは普通の家族が一年暮らせる額って言ってたわよね。
二倍以上の価値を認めるの? この店って裏組織の中継ぎだろうから……売価は買取額の二倍以上よね。千円札が一千万円以上になるの!?
やばい! 不味い! 絶対残りの紙幣は出せない! さっさとこの街を離れないと駄目だ!
ソンジュは全く顔色も変えずに店主に答える。
「ふむ、その程度か。まあ良いだろう。即金で用意出来るな?」
「……ええ、もちろんです。お確かめ下さい」
ソンジュは店主が差し出した金貨を一枚ずつ手に取り重さを確かめる。
店主も分かっている。ここで贋金など出したら自分の生命が終わることが。
百枚ほどの金貨を確かめ終えるとソンジュは店主に告げる。
「全部本物だな。お互い良い取引が出来たようだ」
店主はその言葉に胸を撫で下ろす。
ソンジュは腰のポーチにその金貨を格納していく。それから店主に向かって軽く告げる。
「先にも言っておいたが、そいつは別人が遺跡で入手した物だ。私はそれ一枚しか見たことがない。意味は分かるな?」
ソンジュの言葉に店主はコクコクと肯く。
自分達はその品の出所について何も知らない。だから以降は関わっても無意味と言いたいのだ。
それでも手を出すならどうなっても良いのだな、と脅しているのだろう。
ソンジュとユウは振り返りもせずに店を出て行く。
二人が店から去ったのを確認して店主は慌てて背後の扉を開ける。
そこに控えている者達の内の二人に指示を出す。
一人には今買い取ったばかりの紙片を外から見えないように封をした袋に入れて渡す。そして組織のボスに届けるように命令する。
もう一人には今出て行った二人を尾行して行く先を探るように命令する。
ソンジュとユウの二人は城門に向けて裏通りを歩き続ける。
ユウは店内で黙ってた鬱憤を晴らすように、少し興奮した感じでソンジュに声を掛けた。
「信じられない!? なんか凄い金額になったと思うんだけど!」
「いや、こんな物だろう。どちらかと言うと、足元を見られたと思っても良いかもしれないな」
「え!? あの額でも?」
「言っただろう。家一軒買える金額になるって。その家だって表通りに並ぶような家屋だ。あの店主が先の紙片を売りに出すなら、たぶんお貴族様が住むような豪邸が買える額になるだろうな」
えええ!? それってたぶん日本円に換算して億の桁だよね。
それを一般人が二、三年暮らせる程度の額で売っちゃったの? この世界の物価だと五百万円くらいになるのかな? 十分の一以下なの?
もったいない気もするんだけど……でも考えたら元はただの千円札なのよね。
「例えば競りに掛けるとかすれば、もっと高く売れたんじゃない?」
「……ユウの世界は安全なのだな。冒険者や平民があんな物を競りに出したら、その日の内に行方不明になるさ。数日後には川か池に浮いてるだろうね。それとも土の下かな?」
「それは裏か闇の組織が手を回すって事?」
「相手はお貴族様かもしれないけれどね」
うわ! 怖いわ! ヤクザやマフィアと、貴族のやることは同じなんだ。
やっぱり中世的な封建制の世界だと平民の生命は無価値に近いのね。裏稼業や青い血が流れる人達からすれば、冒険者や平民なんて雑草と同じ扱いなんだ。
「だから適当なところで満足するしかないのさ。それでも数年は遊んで暮らせる額なんだ。欲を掻き過ぎると碌な目には合わないだろうな」
「うん、良く分かった。私の持っている常識はここでは通用しないようね」
そうか、ソンジュは冒険者としての常識があるんだ。
当然よね。世界どころか時代が違うだけでも常識なんて変わるんだから。
きっとソンジュには、私が脳みそお花畑に見えているんでしょうね。
そしてユウの考えを裏付けるかのような問いをソンジュは発する。
「ところでユウは血を見るのには慣れているかな?」
「……どういう意味?」
「たぶん街を出て少ししたら戦闘になるからね。この街の裏組織の者達との」




