17.ソンジュと一緒にいても良い?
二人は裏通りに入っていく。昨日の衣類や防具を買った店のある通りだ。
そこで既に営業している料理屋に向かう。
「昨日のお店とは違うようだけど?」
「ユウの事情を聞いたしね。この世界の冒険者が普通に食べる料理を知っておいて貰った方が良いと思ったのさ」
確かにそうかも。この世界にどれくらい居ることになるかも分からないもの。さすがに昨日みたいな食事を続ける訳にはいかないわよね。
……ソンジュは千円札を売ったら、家族が一年は暮らせる額が手に入るって言ってたけれど。
でも情報を買うのにもお金は掛かるだろうから、なるべく節約しないとね。
入った料理屋はかなり混雑していた。やはり冒険者は朝早くから活動しているのだろう。
たぶんギルドが開くと同時に駆け込んで良さそうな依頼を探すのだ。そのため朝食も早めに取っておくのだ。
中には立ち食いで済ませている者達もいるようだ。
ソンジュとユウはそこまで焦っていない。
換金屋が開くまでゆっくり待っても良いのだ。もっとも千円札を売ったらすぐにでも街を離れる気だが。
ソンジュは運良く空いたばかりの二人掛けの席を見つけたらしい。その席に座りながらユウを呼び寄せる。
「ユウは何を頼めば良いかも分からないだろう。私に任せてくれるかな?」
「うん、お願い」
ユウに確認を取るとソンジュは大声で注文を行なう。
この手の店では空いている状態でもなければ、いちいち接客業務などしない。
忙しく動いていたウェイターと思われる男が、ソンジュの注文を判ったと言いたげに合図を返す。
レディーファーストと言う訳でもないだろうが、ソンジュのような美女を放って置くつもりもないようだ。
どうやら早朝と夕方の時間はウェイターを雇っているらしい。幾人かの男性が忙しそうに動き回っている。
幾ら乱暴な冒険者が少ないとは言えども、やはりこの時間帯にウェイトレスだと問題がありそうだ。
たぶん昼の営業時だけウェイトレスがいるのだろう。昼には冒険者も街の外で仕事をしている筈だ。
少し待つと注文した品をウェイターが運んでくる。
「黒パンと狩った魔物のスープだね。一般的な冒険者が食べる物だが、ユウは大丈夫かな?」
「たぶん問題ないと思うけど……」
そう言いながらもユウは少し引いているようだ。
魔物の肉って……本当に大丈夫なの? 地球人の私に問題ないの?
魔物には魔力が宿っているって言ってたよね。魔法が無い世界出身の私に本当に影響が無いの?
あ、でも今の私って回復魔法やバフ魔法が使えるのよね。言語理解も出来るようだし、もしかして身体を神様か誰かに弄られている?
あーもう、よく分からないわよ。
女は度胸……えーと、パート幾つまで数えていたかな? いや、そんなのは重要じゃないわよ! とにかく食べてみよう!
なんとか決心しながらも、それでもユウはまずは黒パンを手に取る。
少し千切って……って固いわね。本当の中世のような世界だと黒パン、ライ麦パンってこんなに固いの?
現代日本で売っているライ麦パンを食べた事があるけど全然違うわよ。
やっぱり現代だと食べやすいようにアレンジされてたんだ。
なんとか一口の大きさに千切って口に入れたけれど。
……固い。……噛み切れない。
ああ! そうだった! スープやシチューに浸けてふやかすんだった!
ユウは慌ててスープを口に含む。さすがに固形物は除けている。
そして口をもごもご動かす。みっともない事この上ない。
ソンジュもその様子を見て少し笑っているようだ。
飲み込んだ後にしばらく待つのも昨日と同じだ。
うん、やっぱりパンは問題ない。ってことは次はお肉ね。
いつでも回復魔法を掛けられるように準備しておこう。
じゃあ、いくわよ。ちょっと小さな欠片にして……よし!
……この味は鶏じゃないわね。豚や牛でもないみたい。
でも以前に食べた事があるような……あ! これ、羊だ! 前にジンギスカンで食べたラム、いえ、マトンの方! あれに似てるんだ!
ユウは魔物の肉をしっかり噛み締めた後に飲み込む。少し待つのも同じだ。
どうやらすぐに身体に影響を及ぼす事はなさそうだ。
後々問題が出るかもしれないから気を付けるに越した事はないだろうが。
ソンジュはその様子を眺めながら微笑んでいる。
彼女にも分かっている。ユウはこの世界の者ではない。
料理一つとっても自分に合わない素材を使っているかもしれない。なんらかの影響が出るのかもしれない。慎重になるのも当然だ。
しばらくして問題がないと確認出来たのか、ユウは残った分を食べ始める。
ソンジュもそれを確認してから料理に手を付ける。
ユウを無視して自分だけ食事を始める気はなかったようだ。
「これが冒険者が普通に食べている料理なのね」
「はっきり言っても構わないよ。あまり美味しくないって。ただし小声でね」
「もしかして魔物の肉って安いの?」
「物によるけどね。ノガルドだとお貴族様でも滅多に食べられないだろう。それに狩る冒険者だって命懸けさ。後に料理の素材にする事なんて考えていないし、どうしても肉は痛むだろうね」
「そうなんだ。それでこのお肉って何の魔物?」
「ピーフスだな。鋭く尖った角を持った魔物だ。牛くらいの大きさだが凶暴さは牛の比じゃない。雷の魔法を使う事もある。まあ数も多いし、ランク四の冒険者だと問題はない。駆け出しや初心者冒険者だと近付くのさえ躊躇うだろうけどね」
ソンジュは丁寧に説明をしている。ユウは魔物なんて知らないだろう。
昨夜に彼女から聞いた話だと魔物が存在しない世界に住んでいたらしい。家畜なんかは変わらないようだが。
あー、やっぱり魔物って魔法が使えるんだ。お肉に魔力が溜まっているって言ってたものね。
でも雷の魔法って……もしかしてそれって魔法じゃなくて、デンキウナギやシビレエイのように発電器官を持ってるんじゃないの?
他の魔法を使う魔物もいるのかな?
「ねえ、ソンジュ。雷の魔法じゃなくて他の魔法、例えば火とか風の魔法を使う魔物もいるの?」
「いるよ。ノガルドは火を吹くし、風の刃を飛ばす魔物だって存在するね」
……うん、現代地球の常識で考えたら駄目みたい。
そうよね。私が魔法を使える時点で分かってたじゃない。この世界は魔法が当然のように存在する世界だって。
二人は雑談をしながら食事を終えて店を出る。
その料理屋でも女性二人だからと絡む者達もいなかった。
多少腕に覚えがある者なら、ソンジュの醸し出す雰囲気に気付く筈だ。下手に手を出すと返り討ちに合うと。
前に述べたように、絡むような冒険者達は既に淘汰されているのだろう。
「さて、これから換金屋を探すのだが……ユウはどうする?」
「どうするって?」
「ユウのその黒髪と黒い瞳を晒すのは不味いだろう。離れた場所で待っていた方が良いとも思うが、独りにするのも問題が起こりそうな気がするからね」
う!? 確かに言われた通りだ。
えーと、髪色はターバンで隠したらどうにかなるかな。瞳の色はどうしようもないけど。
でも私の外見を覚えられるのも駄目な気がする。私は換金屋には行かない方が良いのかな。
でもソンジュの言う通り、この街中で独りで待っていたら声を掛けられる恐れはあるわね。たぶん私だけで対処なんて出来っこないし。
ならばやっぱりソンジュと一緒にいるほうが安全だと思うわ。
「迷惑かもしれないけれど、ソンジュと一緒にいても良い?」
「ユウがそれで良いのならね」
やはりソンジュもユウの傍に居たかったらしい。独りにするのは心配だったのだろう。心なしかホッとしたようにも見える。
二人は連れ立って裏通りを進む。
そして同じ通りにある一軒の店の前でソンジュが立ち止まる。
ユウは裏の換金屋と言うからにはスラムのような場所にあるのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
たぶんソンジュが先に挙げたグレイゾーンの換金屋を模しているのだ。だから人通りの多い場所に店を構えているのだ。
木を隠すなら森の中、と言う事か。
ただ初めて訪れた街で幾つもある換金屋の中から裏の店を探し当てる嗅覚を持つソンジュは、やはり一流の冒険者なのだろう。




