↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
切り取られた色  作者: 秋田 友


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/14

5色目-緑が消えた世界-

 翌朝、いつもの時間に目を覚ましたぼくは、美影が床で寝ていたことを思い出して美影をそっとベッドに寝かせて、毛布をかけた。起きるにはまだ早すぎる。

「もう少しゆっくり寝ててね」

 ぼくは部屋を出た。顔を洗いたかったし、何より朝ごはんを作るのが日課になっていて、やらないというのはなんとなく落ち着かない。

 廊下に出るとすぐに階段になっていて、ぼくは静かに降りた。下手に体重をかけるとギシリと軋む音がする。静かな早朝には大きすぎる音に聞こえた。

 一階に降りると、そこには八畳くらいの部屋と、それなりの家具があった。

 台所は部屋の奥にあって、冷蔵庫もあった。昨日ぼくが使ったコップがそのまま残っていて、洗っていないというのがわかった。ぼくは手早くそれを洗うと冷蔵庫の中を見た。予想通りに食材は何ひとつはいっていない。

(買いに行くか……)

 と、財布がポケットに入っていることを確認して美影の家をでた。少し遠いけど、街はずれのコンビニなら材料が手に入ると思う。


 外に出ると、昼間の温度とは一転した肌寒い空気が身体を包む。空はまだ暗くて、街灯が道を照らしてくれなければ足元も見えない。

 それでもぼくは足を進めた。美影には温かい食事を摂ってほしい。

 道中、誰かとすれ違うことはなかった。まあ、こんな時間にこの辺を歩く人なんてめったにいないと思うけど。

 コンビニに着いたのは思ったより早かった。人も車も通らない分、信号を気にする必要がなかったからかなと思う。

 店内に入って買い物かごをつかむとぼくは野菜がおいてあるコーナーに直行した。

 この時期は旬の野菜が多いから、品揃えもいいはず。

 そう思って商品が陳列した棚を見ると、またおかしなことになっていた。


 ――緑が見えない。


 あろうことか、緑色が見えないという状態に陥っていた。

「なん……で……」

 ぼくは恐怖と驚きで脳が支配されて、無意識のうちに声を発していた。

 幸い近くには誰もいなかったからそれは聞かれるころがなかったけど、この時のぼくの落胆は相当なものだった。

 とりあえず適当な食材を購入して美影の家に戻った。

 嫌だ――嫌だよ――。どうして見えないの?

 どうして――。

「痛っ……」

 悶々と一人野菜を刻みながら考えていたら手元が狂ってしまったらしく、指を切った。傷口からはぼくの血がドクドクとあふれてくる。

 よかった……。赤はちゃんと見える……。

 痛みの中に混じる安堵は、ぼくにとってかけがえのないものだというのを実感した瞬間だった。見えない色が日増しに増えていくのではないかという不安が心を蝕んでいく毎日。

 不信感、疑心感、その他にもいろいろな感情が溢れそうになる。


 ――そうだ、止血しないと。

 我に返り、足元を見ると床には傷口から零れた血液が広がっている。これ以上人の家の床を汚すわけにもいかない。ぼくはティッシュを探すと、傷口をきつく押さえた。

 ある程度血が止まると、固まりかけていた床の血も湿らせたティッシュで拭い、きれいにした。

 持ち歩いていた絆創膏を指に巻き、また包丁を握る。美味しいと言ってもらえるように、がんばる。


 ある程度できてきたところでそろそろ美影を起こさないといけないと思った。時計を見ればいつも朝食を摂っている時間だ。遅くも早くもない、ちょうどいい時間だ。

 コンロの火をとめ、鍋に味噌を溶き入れると階段を静かに昇る。さすがに足音で目覚めるのは嫌だろう。

「美影、起きて。ご飯できたよ」

「……ぅ……」

 声をかけても苦しそうに呻くだけで、起きない。

「起きて、美影……!」

「ぅ……ぃゃ……」

 悪夢でも見ているのか、うなされている。

「美影? 美影!」

「……ぃゃ…………ぁずさ……」

「美影!」

 ぼくはうなされる美影を起こそうと、乱暴に肩を揺する。

「……あ……ずさ……?」

「……目が覚めた? すごくうなされていたから心配で……ぼく……」

「……悪い夢を見ていた。昔の……」

「無理して言わなくてもいいよ。つらいことなんでしょ?」

 ぼくの心配そうな顔に申し訳なく思ったのか、美影はうつむいた。

「ごめん……なさい……」

「どうして謝るの?」

「心配……させてしまったから……。私なんかのために……貴重な時間を使わせてしまったから……だから……」

「謝らないで。美影は何も悪いことなんてしてないから。心配かけたらね、ありがとうっていうと相手は嬉しいんだよ」

「……ありがとう」

「うん! あ、朝ごはんできたから起こしにきたんだけど……。ぼく、盛り付けたりしてるから、準備ができたら降りてきてね」

「朝……ごはん……?」

「うん。作ったんだ」

「どうやって? 冷蔵庫には何も……」

「買いにいったんだよ」

「お金……」

「その話は後でいいよ。冷めちゃうから、早く早く」

 そう言って部屋を出ると、室内からはモソモソと布がこすれあう音がした。着替え始めたのだろう。

 ぼくは下に降りて料理を盛り付けていく。二人分作ったせいか、心なしかいつもより華やかな食卓となった気がした。

「いい……匂い……」

 すべての皿を並べ終えると、支度を終えた美影が降りてきた。

「冷めないうちに、食べよう。ホラ早く座って」

「朝から食べるなんて……久しぶり……」

 美影はクスリと嬉しそうに笑った。

 ぼくは緑色のない食卓を見下ろす。白米の色、味噌汁の味噌の色、そして適当に切ったトマトの色だけが映える。

「いただきます」

 美影はいつものように丁寧に食物に対しての敬意を表し、箸を手に取る。

「温かい……」

「できたてだからね。どう? 味噌汁、おいしい?」

「とても……おいしいと思う……。あまり食欲はないけれど、これなら食べられる」

 また一口味噌汁を口に含む美影を見ながらぼくも食べ始めた。

 美影は食欲がないと言いながらも、結局どれも残さずに平らげてくれて、最後にはとても美味しかったと言ってくれた。そう言ってもらえることが作った人がどれだけ喜ぶかは多分知らないだろう。

「さっき……」

 食後のお茶を飲むのを中断して美影の話に耳を傾ける。

「さっき見てた夢、梓に教える」

「別に無理しなくても……」

「無理してるわけじゃない。梓に知ってほしいから……だから話す」

「長くなりそう?」

「多分。何なら作業の片手間に聞くだけでもいいから」

「わかった」

 お茶を飲み終えたら立ち上がって食器を片付け始める。そうしているうちに美影はポツリポツリと話し始めた。

「眠っている間に昔の夢を見た。まだ私が家族と暮らしていた時の夢。私には両親と一人の姉がいた。両親のどちらにも似ていない姉が、一人」

 カチャリ、と食器どうしがぶつかる音が立つ。

「今になって知ったけれど、姉は養子だった。どこからともなく現れて、いつの間にか養子として引き取られたらしい。両親とは血縁関係になかったにも関わらず、姉は私よりも両親に愛された。私は姉に嫉妬した」

 蛇口を捻り、スポンジを濡らして洗剤をつける。そして丁寧に食器を洗い始める。

「姉は私がほしいものをすべて持っていた。他人より優れた才能、誰もが羨む美貌、そして両親からの愛情。どれをとっても私は敵わなかった。だから愛されないんだと思った。私は愛されるために努力した。苦手な勉強とスポーツも克服し、多くの友人も作り、外見にも気を使った。そうしてあらゆる努力を重ねて私は外見的にも内面的にも優れた人間になることが出来た。でもそれも五年前に水の泡になった」

 再び蛇口を捻り、水を出す。食器についた洗剤をきれいに洗い流して食器入れに積み上げていく。

「五年前、父親の会社が倒産して、私達家族は路頭に迷うことになった。父の上司はとんでもない――本当にどうしようもない人間のクズで、全部の責任を父に擦(なす)り付けた。その所為で私の父親はその多額の借金の全額を負担することになった。でもそれは例え父親の生命保険を使ってもとうてい賄(まかな)い切れない額だった。昔から世間体や他人の目を気にし続けていた父はそれらを取り繕う為に借金を返済する手段のみを模索するようになった。その末に辿り着いた結論は私にとっても家族にとっても最悪だった」

 すべての食器を洗い終え、濡れた手を拭く。そして美影に向き合って正座をした。真面目な話は正座して聞かないといけないと昔から思っていた。

「父がたどり着いた答えは、一家で心中すること。そうすれば全員の生命保険の金額で借金が返せる。そうして父は家に火を放った」

「美影は……大丈夫だったの?」

 つい浮かび出た疑問を口にすると美影はぼくの目をじっと見て、コクリと小さく頷いた。

「私は火が迫る中、逃げた。瓦礫を潜り抜けて何とかして外に出た。家はもう焼け落ちて、私だけが助かった。外に出たところで私は気を失って病院に運ばれたらしい。私は一晩眠り続け、翌朝目を覚ました。その日は事情聴取や検査で色々な大人が私の病室を訪れた。そこで警察から聞かされたのは、耳を疑うような事実だった」

 美影の両親が亡くなったということだろうと思っていたぼくは美影から聞かされたことでまさに耳を疑った。

「両親は当然死亡した。なんとなくそうだろうと思っていたからその事には驚かなかった。ああ、やっぱりって。だから、そうなると姉も死んだんだろうなと思った。――でも違った。焼け跡から姉の遺体は見つからなかった」

「――じゃあ、お姉さんは生きて……?」

「私もその時は生きているんだと思った。でも、そうじゃなかった。生きているどころか、姉が生活していた痕跡すら消えていたと警察は言っていた」

「それって……」

「詳しいことは今でも何一つわかっていない。でも、一つ確かなのは、姉のことを知っていたのが私だけだったということ」

「っていうことは誰も覚えてなかった……?」

 一つの仮説を口にする。

「そういうことになる。近所の人にも聞いたけれど、毎日私と一緒に登校していたはずの姉の姿なんて彼らの記憶にはなかった。いつも私だけが俯いてトボトボ歩いていたと言った。まさかと思って市役所に戸籍を見に行ったけれどもそんな人物がいた痕跡はないし、学校に聞いてみても私に姉がいなかったことになっていた」

「――――お姉さんが――消えた?」

「私もそう思う。でも私の記憶にはきちんと残っているから姉は確かにいた」

 ぼくはこの時、驚いた反面、この事実を受け入れてしまっていた。

「こんな話、信じられるわけないよね」

「いや――信じられるよ。美影は嘘をついたりしないから。だからそれがどんなことであっても、ぼくは美影が嘘を言ったなんて思ってないよ」

「……ありがとう……。梓は優しいね」

 美影が過去の事を――つらいことを話してくれた――。だからぼくも美影に、ぼくのことを話そうかと迷った。心配するかもしれない。それに、普通なら理解できないような幻想染みた話だ。それにこんなつらい話をしたあとに聞くような話じゃない。話すとしてもまたいつかの機会になる。

「……そろそろ時間だから、学校行こう」

「……そうだね」

 ぼくたちは家を出た。

 歩きながら、美影は続きを話す。

「身体には至るところに火傷の痕があったけど、それも奇跡的に小さなものばかりで大事には至らなかった。でも毎晩その時のリアルな夢を見てはうなされて、時には吐いた。身体が平気でも心が傷んでしまっていた。だから退院はできなくて、精神科の医師と対話する毎日だった。精神が安定しないことには普通の生活はできないって医者は言った」

「そっか……」

「毎日の医者との面談は私の心を腐らせた。感情が死んでいった。その時私は思った。あの時確かに私は死んだんだなって」

「でも美影は今……」

「死んだのは私の心。表情も消えて、何に対しても興味を持てなくなった。おかげで私の精神は安定したと診断された。その後は親戚が引き取るか、それとも施設に入れるかという相談がされた。毎日のように私の押し付け合いをする声が聞こえた。だから私は自分から施設に入ることを志願した。誰にも迷惑を掛けずに生きていこうとそう決めた」

「だから……死のうとしてたの?」

「そうなる。死んだら誰にも迷惑が掛からないと思ったし、邪魔者が消えた方が幸せでしょ?」

「でも……だからって……」

 それはあんまりだ……。どこかの物語じゃあるまいし、美影が犠牲になって顔も知らない誰かが幸せを掴むなんてそんな理不尽なことが日本であっていいわけないじゃないか……。

「話が大分ずれたけど、私が見た夢は、火の中にいる夢。あの時の夢。今でも時々見ることがある」

 それは相当つらい記憶として根付いているみたいで、きっと一生消えない心の傷となるだろう。背負って生きていくにはあまりにも重すぎるものだ。実際に火の中にいたわけではないぼくには何もわからない。わかりたくてもわかってあげられない。それがとてももどかしかった。

 美影の話を聞き終えたところで学校の正門が見えてきた。この話はこれで終わりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。