売れる子、売れない子
小料理屋を背にして、来た道とは逆の方向をゆっくりと進む。
九州の方言かな…。
さっきの女将さんの方言が妙に耳に残った。
ぼんやりとしばらく歩き、大久保公園にたどり着く。
いつものようにそれを突っ切ろうと足を向けた瞬間、スマホの着信音が響く。
「佐竹さん、お疲れさまです」
「あ、仙田ちゃん? 今さ、リオングループの会長さんと飲んでるんだけど、おいでよ」
「桜庭会長と?」
「そう、仙田ちゃんに会いたいらしいよ」
「10分後に着きます」
電話を切り、来た道を戻る。
リオングループ。全国にキャバクラを展開する業界最大手といってもいいグループ。
そこの会長が会いたいと言っていることに、仙田はろくなことが起きないだろうなと思いながら急いで向かう。
LINEで教えられた位置情報にあった店は思いのほか庶民的な居酒屋で、入り口で仙田は思わず眉をひそめた。
「え、ここ?」
暖簾をくぐり店内をきょろきょろと探すと、奥の席で手を振る見慣れた顔が目に入る。
「お待たせしました。仙田です」
自己紹介をしながら入ると、上座に座っていた40代後半くらいの男が手を差し出す。
「噂はかねがね。桜庭です」
「そんなそんな。会長の噂の方が轟いてますよ」
「いい噂ばかりだといいんだけどね」
そう言いながら桜庭は新しいお猪口に見たことのない日本酒を注ぎ、仙田の前に置く。
「佐竹くんからいけるクチだと聞いたんでね。ここは色々な日本酒があるんだよ」
「いただきます」
一口飲んでみると、辛口の中でも余韻にお米の甘さが残る、なんとも不思議な味だった。
「珍しいだろ。福岡のお酒でね。企業秘密の作り方をしてるんだそうだ」
「そうなんですか。いやぁ、美味しいです。いいもの教えてもらえました。ありがとうございます」
美味しそうに感謝を述べる仙田の顔をじっと見つめて、桜庭は満足そうに笑った。
「そうかい。ならよかった。でだ、君を呼んでもらったわけだがね?」
先ほどまでの外行きの人当たりよさそうな顔が消え、経営者の顔が覗く。
「君に頼みがあるんだ。君の知り合いにうちに興味があると言ってる子はいるかね? 報酬は弾むよ」
「……報酬ですか」
仙田は黙ってしまう。お金は確かに大事だが、彼女のポリシーはそこにない。
「桜庭会長、僕はですね、一瞬だけ売れることが正義だと思ってないんです」
佐竹がまたかという顔をする。しかし、彼は仙田の信念を知ってなお、桜庭に紹介しようと決めた。
「ほう? じゃあ、何が正義だというんだね?」
「長期的に売れることです。店のカラー、本人の性格がすべてマッチしてこそお店様と女の子両方が長く付き合えると僕は思ってます」
桜庭は目の前の空いたお猪口2つに日本酒を注ぎ、1つを仙田の前に置く。
「仙田君、君の言う通りだ。君は偽りのない人なんだね。これからよろしく頼むよ」
「是非ともお願いします」
2人が乾杯をすると同時に日本酒の追加注文をし、3人は新たな出会いに酒を酌み交わした。
時計の針が3人の愉快な声に嫉妬して、早く進み、午前3時、閉店の時間がやってきた。
仙田がタクシーを止めると、桜庭はそれに乗り、街の外に消えていった。
「ありがとうございます、佐竹さん。おかげでリオングループとも繋がりができた」
「いいってことよ。俺様はもうスカウトの仕事は辞めちゃってるから」
「そんなこと言って」
2人は歩きながら締めのラーメンを食べに向かう。
ラーメン屋に着くと、いつも通りの小ぶりな海鮮ラーメンが出てきた。
「やっぱうまいっすねこれ」
「そうだな」
2人はしばらく無言でラーメンを啜った。
「ここは出させてください。今日のお礼をしたいんで」
「あ、そう? じゃあ、ご馳走さん」




