夜の街に立つ女
東京、歌舞伎町。
日本で一番眠らない街として有名なこのエリアは、徒歩圏内で全てが解決する。
行きずりの出会いも、金も、男も女もすべて簡単に手に入る。
金が物を言うこの街には、3種類の人間がいる。
飲み屋で働く人間、風俗で働く人間、そして、最後にそこに人を紹介する人間。
スカウトと呼ばれるその職業は、男が多い。さらに何万人もいる。
でも、その中で殊更に有名なのが、仙田リコだ。
いつも仕立てのいい表地が濃い緑で裏地がゴールドのダブルスーツを着ていて、男のような見た目の女スカウト。
でも、彼女が有名なのはその性別や見た目の異質さじゃない。
彼女の手にかかればどんな子でも必ず売れる。
その噂が彼女を有名人にした。
「こんばんは」
「あぁ、仙田さん。こんばんは。オーナーなら奥にいるよ」
軽く手を挙げ、煌びやかに装飾された店内で働くキャストや黒服たちの間を通り抜け、奥まった一室に入る。
「あぁ、もうそんな頃か」
仙田の顔を見たキャバクラのオーナーが声をかける。
「そうですよ。ほい、これ。請求書ね」
仙田がソファーに腰掛けると、オーナーの前に1枚の紙が置かれる。
「相変わらずうまくやってんの?」
「おかげさまでね」
「そう、こっちとしても助かってるよ。これ今月分ね」
封筒は破れないのが不思議なくらい金が詰まっていた。
ちらっと確認すると、毎度と言いながら仙田は席を立つ。
来た廊下をまた辿り、店の外に出る。
それを繰り返し5店舗回った後、ようやく小料理屋の中に入っていく。
店内はそこそこ埋まっており、酔った客が大半を占めていた。
「いらっしゃい。そこの席どうぞ」
女将さんが指示したカウンター席の端っこに座る。
ゆっくりメニューを見て、注文を済ませると、カバンの中から新書を取り出して読む。
店内のにぎやかさが家に帰って1人でいるよりもマシに思えた。
「はい、お待ちどうさん」
注文した料理が次々と目の前に置かれていく。
どれも奥のキッチンで手作りしたものなのだろう。
どこか心が温まる香りがふわりと鼻をくすぐる。
「いただきます」
小声でそう呟いた後、あっという間に料理は仙田の胃袋の中に吸い込まれる。
「もうそんな慌てんでも誰も盗らんけ、ゆっくり食べんね」
女将さんの呆れた声が耳に届いても、仙田の食べるスピードは落ちない。
全ての食器が空になるのにそう時間はかからなかった。
「追加の注文いいですか?」
仙田は子供のころからよく食べる方だった。
その分動き回る性質でもあったが、周りから驚かれることもしばしばあった。
「はいよ、次はなん食べると」
女将さんの方言がまた何とも言えない温かさを演出していた。
追加を注文し、じーっと忙しなく動く女将さんを見つめる。
「何ね?」
女将さんが照れたように聞いてくる。
「あ、すみません。田舎の母を思い出して。母もよく動く人だったので」
「そう、お母さんはご健在とね?」
「いいえ、去年」
「あぁ、そう。ごめんなさいね。あ、そうそう! これ、よかったらサービスだけん食べて行きんしゃい」
3種類の小鉢が目の前に登場する。
艶やかなほうれん草の胡麻和え、なすの煮びたし、それから、人参しりしり。
「いいんですか?」
「いいといいと。立ち入ったことを聞いた謝罪だと思って」
「そうですか。なら、遠慮なくいただきます」
全ての味付けは薄めだったが、逆にそれが素材の味を活かしていた。
「これ、美味しいです」
「そう? よかった」
追加注文した料理たちも届く。
「女将さん、ここは長いんですか?」
「そうね、元々は築地の方でやっとたんだけどね。まぁ、かれこれ20年かな」
「20年、長いですね。節目でもあるし、何かお祝いさせてください。これも何かの縁ですし」
「あら、嬉しいことを言ってくれるとね。でも、その気持ちだけで十分たい」
女将は少し照れながらも、毅然とした態度で断ったのがまたこの店の魅力に繋がっていく。
「だったら、また来ます。それだったらいいでしょ?」
「待っとるよ」
お勘定を済ませ、また街に繰り出す。




