薔薇色の雪
僕はそれからというもの、彼女の病室に足繁く通い続けた。
立ち入りを許されるとはつまり、病院関係者が言うなれば部外者である僕を受け容れてくれた、という事だ。
こんな怪しい奴も居ないとは思うけれど、向こうがそう言うならそれで良くて、断る理由は無い。
少し前、僕が目覚めた時は『一月も昏睡していた患者が意識を回復した』、って感じでてんやわんやだった病院内の看護師さん達も、殆ど顔見知りになって仕舞って、今では病院を訪れる時には決まって立ち話をする仲になった。
「……ぁ、どうも」
「ぁ、昨日振りですね。今日もあの子のお見舞いですか?」
「えぇ、まぁ……」
「毎日、殊勝ですね。あの子も最近は良く笑ってますし、きっと貴方のお陰ですよ」
「有難う御座います。彼女、如何も構わずには居られないと言うか」
「お二人、相思相愛ですものね。此処では専らの噂ですよ」
「……そんな、違いますよ」
「ふふ、そうですか。なら別に、今からなって行けば良いんです」
「…………」
「ぁ、あの子の部屋、開いたみたいですよ」
「……そうみたいですね、では僕はこれで」
「分かりました。あの子のお話聞かせて下さいね、『天使さん』」
「……はは」
僕は彼女の病室へと歩き出した。
暫く此処に入り浸って分かった事だが、彼女は病院の人達にこの上無く可愛がられているらしい。
まぁそれだけの理由は有るというか、彼女には愛嬌、周囲を惹き付ける魅力が有る様に思う。
而もこう思うという事は、世に知らないそれに、僕もすっかり虜にされて仕舞ったのかもしれない。
今暫くはきっとそれで良いのだけれど、何れ別れの挨拶をする、いや勿論、せずに此処を立ち去るかもしれないはしれないのだけれど、何方にせよ彼女との最後は何時か訪れるのだから、あまり彼女に入れ込むのは止した方が良い。
そう思いつつ、然しこの手は、扉を開けた。
「……あ」
須臾にして、音吐朗々とした声が僕の耳朶を打った。
「おはよ、天使さん。今日も来てくれたの?」
この、病室住みとは露も思われない陰の無い声の主に、僕は何度目か読むのを諦めた科白を返す。
二桁は下らないと思うけれど、如何だろう。
「今日も来たよ、蓬ちゃん。お早う」
「……毎度の事だけど、あんまりお早くはないからね。今日も看護師さん達とお話?」
「そう」
「そんな気がした。天使さん、結構な二枚目だし」
「『二枚目』?」
「顔が良い、って事」
それは有難いが、この場合感謝すべきは神に、なのだろう。
「だって、天使だからね。顔が整ってない天使何て、人間の価値観だったらきっと居ないよ」
「それはそうかもだけど……いや、良いや」
「?」
彼女は、何か言葉を諦めた様だった。
僕は首を傾げる他無かった。
「……そう言えば、看護師さん達は何て言ってたの?」
「あぁ、えっと────君の事を宜しく、って」
「……そっか」
彼女は窓へと、僕の反対へと顔を向けた。
僕も視線を遣れば、窓の外は相も変わらぬ雪景色だった。
「ねぇ、天使さん」
「何?」
「如何して、毎日私の所に来てくれるの?」
「……如何してって、それは────」
尤もらしい言い訳は、期待外れにも口を衝いてはくれなかった。
それは降り続く雪が口を塞いでいる様で、窒息させられて行く様で、如何にも心地良い。
駄目な事だとは分かっていても、直ぐに後ろ目多くなるとしても、裏腹。
そう言えば、天使という仕事柄、僕は沢山の人間を看取って来たけれど、いざ自分が死ぬとなったらそれは如何な感覚なのだろう。
若し死ぬのであれば、これに溺れて死ぬのが幸せなのだろうか。
後悔はするだろうけれど。
でも、永劫の暗示に、仕方無く僕は、春を待つ。
「────君を助けに」
彼女は、矢鱈と満足気に微笑んだ。
「じゃあ、お願い、聞いてくれる?」
「……分かったよ」
ずっとは続かない、精々残り百年も無い関係だけれど、柔和なこの世界。
ならば、せめて、今だけは。
そう思った。




