鈍に墜ちて
『僕は、天使だよ』────正確には、それは誤っていたし、それはつまり、不正確には誤ってはいなかった。
過ってはいたのかもしれないけれど、でもその声は処理されて仕舞ったから、もう気にしないでおく事とする。
何故かは分からないけれど天使に御執心の彼女を、僕の所為で落胆させる訳には行かないから。
知らぬが仏、って諺も有る程だし。
……一応天使だと主張する存在がこの言葉を使って良いのだろうか。
それとも、もう大丈夫なのだろうか。
これ亦同様に詰まらない思考だけれど、何方なのか少し迷ってみる。
結論は直ぐに出ると、きっと頭の片隅で理解はしていたのだけれど、巡らせずにはいられなかった。
放逐され、落魄れ、何処とも知らぬ地で只一人の今、その姿は酷く見物だっただろうけれど。
────而して僕は天使だった。
この文面は寸分も誤っていない。
でもこれは大過去ではなく、時制の一致だとしたら如何だろう、途端に大きな誤りに様変わりする。
僕は天使であるのではなく。
天使で『あった』存在。
言語とは中々有難いもので、こんな僕にも名前を与えてくれる────『堕天使』、と。
僕は、堕天使。
堕ちた、天使。
神の命でその座を逐われ下界に産み落とされた、落伍者というか小人というか、まぁそんな所に過ぎない存在。
昨日までは一般的な天使で、つい先、正にそうなったのが僕だ。
そして僕を天が墜ちしむるとは、何とも運命めいて、文法的に最早有り得ない間違いだし、神が運命を決めると定義するなら当然も当然だけれど、それは偏に事実。
……文法とやらも、間違いみたいな存在の僕に言われたくはないか。
でも、だからこそ、僕はもう何を言っても良い。
一度黒が混じった白は、捨てられるものだから。
せめてもの僕の贖罪として、誰が僕を見放そうとも、僕は彼女を見放すまい。
唾棄すべき存在に捨てられるのは、それは無辜の人間に、況してや曲がりなりにも、元天使の肩書きがする仕打ちじゃないじゃないか。
「…………」
気付けば、彼女は何も言わずに目を丸くして、開いた口も塞がっていなかった。
「……本当に?」
「……本当に」
嘘。
僕が作った引くに引けない状況に、僕は永劫、嘘を吐き続けよう。
「本当……なんだ」
次第に彼女の口端には微かな笑みが零れ、そして彼女は花が咲く様に笑った。
花が笑う様に咲った。
その顔を直視出来ずに、僕は眼を逸らす。
────兎に角、それが僕達の出会いだった。
僕を此処に落とした神様が定めたのだとは本当に思えない程、勿体ない運命だけれど。
「所で、君の名前は?」
「名前?『ヨモギ』。艹に逢、で『蓬』。貴方は?」
「……未だ、無いね」
「……なら、『天使さん』って呼びたいな」
「分かったよ、『蓬ちゃん』。じゃあ、僕はもう行くよ。神の御加護が有らん事を」
「うん、じゃあね、『天使さん』」
僕は部屋を後にした。
背中の痛み、鈍い鈍い痛みに耐えながら。
7/1 改訂




