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白露  作者: Wrighte
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白銀は、空から

白とは、如何してこんなにも白いのだろう。

勿論それは自己定義の循環参照なのだから、考えたとして有用な結果は出ないのだろうけれど、考えるには値するかもしれない。

白よりも白い物は、少なくとも自分史上、未だ見た事は無い。

言葉として当然、それはそうなのだけれど。

今言い及んでいるのは、只単純な色彩としての白じゃなく白が含む意味の話で、白が持つ潔白さだとか淡白さだとか、或いは明白さだとかは、白だけが持っている物なんじゃないだろうか。

其処に名を戴く通り。

純白は言葉に出来ないけれど、如何にも魅力的で蠱惑的で、そんな魅力の内容すら分からないのに、如何して人を惹き付けるかは、それは如何してか分かる。

それはきっと、純白は、現実離れした、概念的な色だから。

明度が少しでも落ちれば持ち得ない、特別な色。

一片の陰すら無い、その純然さだけが純白であり、純白だけが純然であるのではないか。

────僕は目を覚ましては、仰向けの眼前に存在する一面の白を見ながら、そんな事を考えていた。

純白だけが、僕を保ってくれる。

心の底から安心出来る居場所。

あぁ、其処に戻りたい……。

然し、其処まで思考を走らせた所で、僕は今の僕を思い出して仕舞った。

途端に、思考を続ける気も失せる。

「……此処は」

僕は純白に、酷く未練がましくなっているらしい。

「──何処?」

曇天とも違うその支配的な色に、半ば自己嫌悪する様に、もう一つは思考を振り切る様に、首を振って身体を起こす。

眼を向けた先右手側、其処には閉じた扉だけが在った。

その他にはこれ亦純白の無機質な壁許りが在って、そんな所を見るに、成程此処は、見慣れずとも或る部屋らしい。

下に目を遣る。

僕の身体は、兎に角白い服に身を包み、同じ色をした寝具の上、きっとご丁寧に布団まで掛けられていたのだろう、今は足の上で皺塗れになっている。

でも、床に就いた記憶は僕には無いから不思議だ。

そして、何とも無く左を見る。

落とす針の音さえ聞こえそうな静寂に、如何にも孤独を感じていたけれど、それは誤りだと知る────彼女と目が合った。

「…………」

────先ず訪れたのは、驚愕でも困惑でもない。

憧憬だった。

羨望だった。

僕ですら届き得なかった高嶺に、彼女は悠々と立っているかの様だった。

嫉妬すらしそうな程。

白妙に身を包む姿が、僕には最早神々しく見えて────

「……ね、ねぇ!」

彼女の声に、言葉を思い出す。

僭越な自分をやや恥じた。

「ぇ、えっと、如何したのかな?」

突然の事に動転して子供をあやす様な口吻になって仕舞ったけれど、何とかそれだけ口から出した。

或いは、習い性となった末なのかもしれない。

すると彼女は言った。

「──如何やって此処に来たの!」

「あ、えっと……それは僕が訊きたいね」

彼女の齢は目算十八、色白で儚い肌を持っていた。

緩い服の隙間から覗くそれと、彼女の服と、後は部屋全体、彼女も部屋の一つの付属品の様だと、あまり他人を形容すべき言葉ではないと感じつつ、そう思う。

でも、否応にも眼を惹くのは、この白一色で染め上げられた部屋に一つ存在する、その黒髪だった。

但し、一つも孤立して何かいない。

寧ろ全てが調和する様な、全てで調和する様な、そんな感覚がした。

それは、果たして錯覚だったのだろうか。

分からなかった。

「ねぇ、此処は一体……」

二人とも、寝具の上で身体を起こし、見ればその寝具にも沢山何かが取り付けられている。

でも、これじゃまるで────

「此処?」

「そう。何処なのか、教えて欲しい」

「────病院だけど?まさか、憶えてないの?」

矢っ張り、か。

彼女も僕も、白色一辺倒な服飾性の欠片も無い服、恐らく患者用の服を着ているし、こんな毒々しい程に清潔な部屋も、病室とあれば宜なるかな、という感じ。

そう言われれば、仄かに消毒液の、お世辞にも芳香とはし難い匂いもする、気がする。

「成程、病室……」

「そう。私は貴方の、お隣さん」

「……所で」

所で先、彼女は気懸かりな事を言った。

謎がやっと一つ解けたのに、新しい謎はいとも容易く湧き出て来るなぁ。

「『憶えてないの』、って、如何いう事?」

「……その儘の意味」

「『その儘』?」

「……此処に来た時の事、憶えてない?」

そう、謎その二、経緯。

如何して僕が見ず知らずの場所で眠っていたのか、その理由。

僕の事だから、きっと碌でもないのだろうけれど。

「……いや、全く。君は、知ってるみたいな雰囲気だけど……?」

「私、一部始終を見てたんだよね」

「ぇ……!?」

如何やら謎その二は意外と早く解決しそうで、僅かに拍子抜けする。

「でも、本当に憶えてないの?本当に?」

「……うん」

そう言うと彼女は、少し間を置いた。

何か重大な秘密を暴露する様な、独壇場を渋々明け渡す様な、そんな躊躇いとも取れる沈黙だった。

「……空から落ちて来たの、貴方は」

「……そうなんだ」

「……思ったより驚かないね」

「そりゃあね」

空、から。

読心能力何て僕には無いから、それが何処までを想像しているのか僕には知る由も無い。

地表何メートルから自由落下を始めたか、始点はビルの上なのか、それか将又飛行機の中からなのか、或いは対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、そしてその果て無き先。

何れにせよ僕は、傍目には間違い無く自殺志願者か、それか傾奇者か何かだ。

「……有難う、教えてくれて」

「……」

そんな憂慮に肩を竦めつつ、僕はそう言った。

「じゃあ、そろそろ僕は────」

行かなければいけない所が在るから、とは言えなかった。

でも、何処かにそれは在る。

何処が其処かは未だ知らないけれど。

「────待って!」

「如何かした?」

でも、空でない事は確かだった。

だから、早々と立ち去りたかったのに。


「貴方、天使さんなの?」


彼女の科白が、僕を止める。

窓の外、真っ白な雪が落ち、全てを染めていた。

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