第7話:神様を助けろ!(その3)
神様は、いつも清志からプリンをお供えされていた。
律儀な神様は、お返しが必要だといつも思っていた。
なぜなら、清志は何もお願いしないからだ。
神様は、清志の爽やかな笑顔を思い浮かべた。
ちょっと胸が苦しくなった。
最近仕事のし過ぎで疲れがたまっているのかもしれなかった。
上司の水波能売命主任に相談した。
「神様でもお供えをもらいっぱなしでよいのでしょうか」
「いいんじゃないの。願いごとのお礼だと思えば」
「それが、何もお願いしてくれなんです。それなのに、わたしの好物をいつも
お供えしてくれて。姿を現すと、いつもうれしそうで、さわやかにほほ笑ん
でくれるんです。わたしもうれしくて・・・」
主任「・・・・もうこれ以上は、お腹いっぱいだから、仕事しましょうね」
「そうだ!縁結びのためには、ちゃんと相手の生活を確認することが大事です
よね。じゃないと勧められないし」
神様は、自分の考えがうれしそうだった。
主任「あなた、この間、随分褒めていませんでしたか、その男の子のことを」
「ええ、とても素敵なひとです」神様のうっとりした顔。
主任は、これ以上言うと、また神様が暴走しそうなので黙っていた。
「とにかく、一組結びつければ、善行ポイント10倍です。
早く動きなさい!」
◇
しかし、神様は、いくら人間のスマホで「男の子が喜ぶもの」検索しても、ピンとこなかった。
裸でエプロンというお勧めもあったが、寒そうなのでやめておいた。(なぜか必ず喜ばれると書いてあったが・・・)
清志と同年代の伊都に聞こうかとも思ったが、なぜか険悪な雰囲気が予想できたので今回は、やめておいた。
人間の食べ物は、当然ながら、清志のほうがよっぽど詳しい。
困った神様は、本人にきくことにした。
そのために、独身寮の自室のクローゼットの前で一時間悩んで、あまり改まるのもおかしいと思い、いつものデニムのミニスカートにブラウスにした。
そういえば、彼は、何を着て行っても、褒めてくれるのだ。
神様は鏡の前で、くるりと一回転した。
「困っちゃうな♡」
主任が懸念したとおり、神様の暴走が既に始まっていた。
◇
梅雨に入る前のさわやかな日曜日の朝。神様は清志のアパートを訪ねた。
なぜか緊張していた。まだ寝ていたら起こすつもりだった。キャ♡
ピンポーン!チャイムを鳴らすと、すぐに清志が顔を出した。
ジーンズに真っ白なTシャツのラフな格好だが、スラリとした長身で、清潔感あふれてまぶしい。
「あれ、神様!おはよう。用があれば祠にいったのに」
「おはようございます。上司に一度お伺いしてお礼をいうように言われまし
た。いつもお供え物をいただいているお礼です」
「あれば僕が勝手にやっていることだから、お礼なんかいらないし、君が訪ねてくれただけでうれしい」
神様は何も言えなくなってしまった。胸の苦しさは思ったよりも重症かもしれない。
でも、明るい五月の光と風が、若い二人を温かく後押しした。
「ちょうど、朝食を食べていたところ。よかったら、コーヒーでも一緒にど
う。紅茶もあるよ」
「いただきます」
神様の頭の中に、「彼に喜ばれる部屋の片づけ方」「男の子の汚い部屋を片付けるべきか」などのネット記事が浮かんだ。
でも、清志の部屋は、綺麗というか、秩序があった。
彼が必要だと考えるものしかなかった。その点も、神様とよく似ていた。
二方向に開け放たれた窓から新緑の風が吹き抜ける。
竹林と、神様の祠も見えた。「ここから、祠を見ていてくれたんですね」
「ああ、壊れていたのが気になってね。」
「・・・ありがとうございます・・・」
ふたりの間に温かい思いが交差した。
「ここに座ってくれる。今紅茶を入れてくる。テーブルが一人用だから狭いけど」
勉強机とは別に、アウトドア用のテーブルがあった。そのうえに欧州風のハードパンと、飲みかけのトマトジュース、おいしそうなベーコンエッグまであった。
一人暮らしの少年としては相当マメなタイプなのだろう。
「おまたせ」清志が、ブランドものの小さなポットに紅茶を入れてもってきた。ご丁寧に、砂時計までセットしていある。
「茶葉がセイロンしかないけど。あんまり紅茶飲まないんで」
「いただきます」
「僕は失礼して続きを食べるけど。朝食まだなら一緒に食べる?」
神様がさっきから、じっとベーコンエッグを見つめているのに気が付いたのだろう。
「えっ、ごちそうになっていいんですか?」神様が嬉しそうに言った。
清志は、手早く、もう一人分のベーコンエッグを作ってもってきた。
はからずもなごやかで楽しい二人のブランチになった。
「清志さん、料理なさるんですね。上手です」
「できあいの総菜や弁当が嫌いなんだ。別に作ってくれる人もいないから」
「・・・・・チャンス!」
「えっ、なんか言った?」
「ひとりごとです。気にしないでください。ほんとうに気持ちのよい部屋ですね」
「うん、気にっている。高校からも近いし。都心の実家より、こっちのほうがずっといい」
二人でお茶を飲んでいると、清志は、何か足りないことに気が付いた。
「そうだ、プリンがなかった。買ってくる」
えっ、わざわざそれには及びません。
ちょうど切れしているものもあるから、近くのコンビニで買ってくるから待っていて。
やさしい男である。それを無意識でやっているところが始末が悪い。無垢な神様がやられてしまうのも無理もなった。
清志が出ていくと、一人残された神様は、本棚に目を走らせた。
高校の参考書と、バイクや音楽の雑誌、それに、英米文学系の本が多かった。
Scott Fitzgerald、David Salinger、Raymond Thornton Chandlerの原書が並んでいた。
神様も人間界の本をよく読むのだ。人間心理の研究と称して。
「そうだ!」神様は、昨夜読んだ。若い二人が主人公の少女漫画を思い出した。若い娘にむけた指南書だと理解した。
その娘は、彼氏の部屋に行くと、真っ先に彼のベッドの下で探し物をしていた。
彼の本音が隠されていると書かれていた。
「何が、隠されているんだろう・・・」悪いと思ったが、興味深々だった。
神様は、ベッドの下を覗いた。あった!
レコードと、中身が見えないようにカバーがかかった薄い本があった。
レコードは、Bruce HibbardのAOR。問題は、この薄い本だった。
ピンポーン!玄関のチャイムが鳴った。清志が帰ってきたのだ。
神様は、はじかれたように、飛び出し、思わず薄い本を自分のバッグに入れてしまった。
「プリン買ってきたよ。あああ!」
レコードを抱えて、気まずそうに立ち尽くしている神様を見て、清志が声をあげた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「それ探していたんだ!よく見つけてくれたね。神通力?」
清志は、さっそくレコードをかけた。さわやかな、ウエストコーストサウンドが部屋に流れる。
神様は、もう良心の呵責に耐えられなくなった。
「それから・・・・本当にごめんさなさい。」
しゅんとして、思わずバッグに入れてしまった。薄い本を差し出した。
「中身は見てません」
「これは、もう見たくないからほおっておいたんだ。興味があるならあげるよ。持っていっていいよ」
「持っていっていいと言われても・・・・」
若い男性の秘密の薄い本をもらっても・・・・、さすがに無垢な神様でも、気まずかった。
でも恥ずかしさと、怖いもの見たさの興味が戦っていて、興味が勝った。
神様はまた、本を自分のバッグに戻した。
「お借りします。人間心理の勉強です。なにが書いてあっても、清志さんのこと嫌いにはなりませんから」
「そうしてもくれるとうれしい。さすがに僕でも歯が立たなかったんだ」
「えっ、そんなにマニアックなものなんですか?」
「かなりマニアックだと思う」
神様は、真っ赤になりながらも本を返そうとはしなかった。
後で、自室でこっそり見るつもりだった。
それから、また明るい陽射しと気持ちのよい風が吹き抜ける部屋で、AORをBGMにプリンを食べながら、Scott Fitzgeraldの話で盛り上がった。
神様もThe Great Gatsbyは読んでいた。
健全な部屋で、健全な若い二人の健全な会話。
多分訪れる時間を間違えたのだろう。
昼食は、神様が和食を作った。夕食は、清志が、祖父秘伝のカレーを作った。
結局昼間一日中二人で過ごして、あっという間に夜になり、神様は帰っていった。
二人ともお互いに名残惜しそうだったが、神様が外泊するわけにはいかなかった。
◇
その夜、神界の独身寮の自室で、神様は意を決して清志の薄い本を開いた。
「人間心理の研究だから・・・」と誰も聞いていないのに言い訳までして。
・・・その本は、「数学オリンピック」の問題集だった・・・・。




