第6話:女子高生を助けろ(その2)②
主任「それで西城清志さんと、橘伊都さんの縁結びは順調ですか?伊都さんは大変乗り気のようですが。なんどかあなたの祠にお願いに来ていますよね」
神様「それが・・・清志さんとは合わないと思います」
主任「私にはとてもお似合いの二人に見えますが」
神様「・・・でも・・・」
主任「いいですか?女神にとって、縁結びは最もリクエストが多いタスクで
す。これがちゃんとできるかどうかで信者の獲得数が段違いになるので
すよ」
「たまに焼きもちを焼いて破断にする神様も、神奈川の海のほうにいる
みたいですが、彼女は参拝するひとが引きも切らないくらいだから許
されるのです。でも、最近ぼやいていましたよ。場所柄、カップル
ばかり来るので、もう焼きもち妬くのも疲れ果てた、
と言っていました」
神様「清志さんにはふさわしくないと思います。清志さんは、伊都さんみたい
に派手ではありません。
素敵な趣味をお持ちですが、人にひけらかすのが嫌いで自分で楽しむ
タイプです。
背が高く、とても男らしい人ですが、自分がカッコいいとはこれっぽっ
ちも思っていません。
そこがいいのです!
それに、とてもやさしくて、親切です。頭もすごく良くて・・・
とにかく完璧な男のひとです。
きっとひとりの女性をいつまでも大切にしてくれる人だと思います」
主任はあきれ果てた目で神様を見た。若干の哀れみと、からかいの視線も交じっていたかもしれない。
主任「理想的じゃないですか。そんな人の何がいけないというのです。あなたがどう思うかなどは関係ありません。あなたは、縁結びの女神としてタスクをこなせばいいのです」
主任はここで話をやめた。神様の目がうるうるして、今にも泣きそうだったからだ。なんでも一生懸命タスクに取り組む優秀な若手の神様候補生にはめずらしいことだった。
主任「とにかく、二人を温かく見守りなさい。黙っていればあの二人は自然に結ばれます」
神様のつぶらな瞳から涙が一粒こぼれた。
「はい、わかりました」
残念ながら、まったくわかっているようにはみえなかった。
◇
清志が学校から帰ってくると、祠のところで、神様がしょんぼりと立っていた。
今日はいつものデニムミニではなく、白いワンピース姿で、儚げな感じが際立っていた。
「どうしたの?」
清志が心配そうに聞いた。
「怒られちゃいました。上司に。タスクに対する取り組み方が足りないって」
「厳しんだね。どこでも同じだ」
「清志さんは、伊都さんのことどう思います」
「別にどうとも思わないけど」
とたんに神様の顔がぱあッと明るくなった。
「それじゃ困るんです。伊都さんは美人だし。お似合いだと思いますよ」
デレた顔と言葉が真逆だった。
「好きでもないコをいくら進められても、それは、おせっかいというものだ。
それよりも、そんな素敵な恰好しているんだから、これから一緒にライブに
行かないか。先輩がJAZZをやっていてチケットを2枚もらった。
君と行きたい」
「えっ、いいんですか。うれしい!」神様は満面の笑みだった。
既に伊都のことは頭から飛んでいいただろう。完全に女神失格である。
「四谷だから、40分はかかるけど、神様に門限なんかないよね」
「一応社会人ですから。それに下っ端の神様見習いは残業青天井です」
「ブラックな職場だね・・・すぐ着替えてくるから。30分後にここで」
「私も出かける準備をしますね」
「夕食は、向こうで食べよう。おいしい店を知ってるんだ」
「楽しみです!」
◇
神界の独身寮の廊下をスキップせんばかりの神様を見かけて、主任はホッと安堵のため息を漏らした。
さっき、きつく言いすぎたので気にしていたのだった。
「うまくいってそうですね・・・」
◇
清志は神様を後ろに乗せて夕方の首都高を都心にむけて走った。
ビルの谷間に沈んでいく初夏の夕陽に神様は目を見張った。祠のあたりでは目にすることのない東京都心の景色だった。
「すごい、あんな沢山のビルが夕陽に染まって・・・」
首都高の環状線の霞が関出口を降り新宿通りを北上すれば、四谷はすぐだった。清志は、四谷駅近くの地下駐車場にRZ250を止めた。
神様のヘルメットを脱がせると、優しく抱きかかえて、バイクから下ろした。
「キャ!」神様が可愛らし声を上げた。
でもされるままだった。
◇
神様がいちゃついているころ、願をかけた当事者の伊都は、生徒会室にひとり居残ってた。
新入生歓迎会とダンスパーティーの企画と事務に忙殺されていたのだ。
「まったく・・・」
あのお面の男の子とのデートが実現する気配はまったくない。
伊都は、皆が言うほどご利益のある神様にはどうしても思えなかった
◇
清志は商店街のビストロに連れていった。既に、仕事帰りのサラリーマンや、カップルで一杯だった。
「さあ、まず腹ごしらえだ。神様だから、魚か鳥のほうがいいよね」
「一応、四つ足は避けるように言われていますが、わたしは食べてみたいです」
もう、神様の目はキラキラ輝いていた。食いしん坊の神様である。
「じゃあ、魚と、ハラミのステーキを頼んでシェアしよう。前菜は、パテと、キッシュ、ウフ・マヨ でどうかな」
「なんかみんなおいしそうですね」
飲み物は・・・清志は、どうみても未成年どころか、中学生にしか見えない神様の顔をみて
ワインというわけにはいかないから、ジンジャエールと、ペリエでも頼もう。
前菜からすでに神様のテンションは上がりっぱなしだった。
「すごーい、おいしそう!」
騒ぎっぱなしだった。まあ、騒がしいビストロだったから目立つことはなかったが。
これだけ喜んでくれれば、連れてきた甲斐もあるというものだ。
やはり神様らしく、育ちがいいのか、洋食なのに、ナイフとフォークの使いかたは実に綺麗だった。
デザートは、残念ながらプリンがなかったので、クレーム・ブリュレ、と、タルト・タタンを頼んだ。
もう神様のテンションは最高潮だった。
ブリュレを割るとき、「ごめんなさい!」とブリュレに謝っていた。
でも、ひとさじ口にいれるやいなや、つぶらな瞳がさらに大きくなり、「うーん」と言ったきりスプーンをしばらく咥えたまま恍惚としていた。
デザートが終わると、やっと話ができるようになった。
神様は、紅茶、清志はコーヒーをすすりながら
「先輩は、大学を中退して、ミュージシャンになったんだ。有名な大学だっ
たんだけどね。君はJAZZは聞いたことはないよね」
「あいにく、神界には神楽と雅楽が主ですから」
「うるさかったごめんね。結構情熱的な演奏だと思うから」
「大丈夫です。何事も経験ですから」
JAZZのライブは、有名なJAZZ喫茶だった。
地下の階段を下りていくと、既に多くの常連客が詰めかけていた。
背の高い清志は目立つのだろう。その姿をステージでトランペットのチューニングをしている先輩が目にとめると、片手をあげて挨拶した。
清志は丁寧にお辞儀をすると、ステージの手前までいって、
「チケットありがとうございます。早速聴きにきました」
先輩は、髭面をほころばせて、
「これはまた随分と可愛らしい彼女を連れてきてくれたものだ」
とワンピース姿の神様を見て言った。
神様も少し赤くなりながら頭をさげた。
「楽しんでいってね」
先輩はそれだけ言うと、またピアノを中心に音合わせを始めた。
清志は、神様をいざなって、中央のテーブル席に座った。
いきなり乗りの良い、Recado Bossa Novaが始まった。
神様は、目を見張った。その乗りの良さは、里神楽と通じるところが多かった。
若いということは、先入観がないのだ。素直に吸収して楽しむことができる。
先輩のトランペットのソロが始まった。神様もノリノリだった。
たっぷり10分近くの熱い演奏だった。神様は夢中で拍手していた。
続いて、You'd Be So Nice To Come Home Toが酔わせる。
「僕、この曲好きなんだ」清志が言った。確かにかっこいい。
そして、乗りの良い曲が続いた後のバラードNancy (with the Laughing Face) では、うっとりとして清志の肩にもたれていた。
ライブが終わると、もう結構な時間だった。
「帰り道寒いから」
バイクに乗る前に、清志は、自分の皮のボマージャケットを脱いでかけてくれた。
「えへへへ・・・♡」
神様は、はにかみながらも、うれしそうだった。
まるでボマージャケットが歩いているみたいだったが。
◇
帰り道。
首都高のオレンジ色のライトが風のように後ろに流れていく。
神様は清志の逞しい大きな背中にほほをよせて、その光の粒を目で追っていく。
神様は、これほどの幸せな気持ちを感じたことがなかった。
神様にとって幸運だったことは、いつも心配しながら神界から見ている上司の水波能売命がこの日不在だったことだ。
RZは、3号渋谷線から用賀ICを降りて神様の祠へ帰っていった。
◇
次の日の朝、ルンルンで神界の東京支社(本社はいまだに京都だが)にやってきた部下の神様を目にした主任は、その顔からすべてうまくいったのだとわかったが、念のために聞いてみた。
「昨日はどうでした」
部下の神様は、昨日とは打って変わった満面の笑顔で答えた。
「ええ、大成功でした。町に出て、ビストロというところでおいしい料理を食べ、それから、JAZZという西洋の音楽を楽しみました。もう最高の雰囲気で、夜も更けたので清志さんが寒いだろ、とわざわざ自分の大きな皮のジャンバーをかけたりして、夜の首都高という道路も光が流れていくのが宝石のように綺麗で、あれで嫌がる娘はいません」
「そう、よかったわ。うまくいったみたいで。これからもがんばってね」
「はい、頑張ります!」
日本語というのは、困った言葉である。主語を明示しなくても会話が成り立ってしまう言語なのだ。
こうして、橘伊都の恋の祈りは、まったく明後日の方にいってしまったのは、神様といえどもあずかり知らぬことだった。




