第4話:おじさんを助けろ!
須田源治郎は、頑固な農夫だった。宅地化で土地がどんどん値上がりする中で、いまだに野菜を作り続けていた。
それが、彼の生活であり、日常だったからだ。
彼が精魂込めて育てた野菜は、おいしいと評判で、フレンチレストランの有名シェフが名指しで買いにくるほどであった。
そして、彼は、彼の父親がやっていたように、野菜ができると、必ず畑近くの祠へお供えを欠かさなかった。
それが、彼の習慣だった。
野菜を備えると、農作業の帰り道に、祠のところで、可愛らしい娘が出て来て、お礼を言ってくれた。
それも、彼の日常の一部だったのだ。
梅雨の半ばの雨上がりの午後。
源治郎が草刈をしていると、指にチクりと痛みを感じた。赤と黒の斑模様の蛇が逃げていった。
指の付け根に、小さな赤い後がふたつ残っていた。噛まれたのだ。大した痛みはなかった。
源治郎は、そのまま、草刈を続けた。
ほどなくして、噛まれた傷口から、サラサラとした血が止めどもなく滲み出てきて止まらなくなった。
突然、強烈な頭痛が襲ってきて、源治郎は昏倒した。
「おじさん!どうしました。大丈夫ですか?」あの可愛らしい娘の声がした。
「大丈夫だ、と言おうとしたが、言葉にならなかった」
鼻血や、目からも血が流れ出てきた。
「大変!」娘が救急車を呼ぶ声が聞こえた。
「赤と黒の斑の蛇・・・」それだけ言うと、源治郎は意識を失った。
◇
「斎藤クリニック。困っています。今すぐ来れませんか」
清志が帰宅しようと高校を出たところで、神様から悲痛なラインがきた。
「えっ、神様も病気をするの?」と清志は、思ったが、
「すぐ行く!」とだけ、返信すると、RZ250に跨り走り出した。
◇
清志が、クリニックに着くと、ちょうど、神様と斎藤医師が話しているところだった。
神様は、急いでいたのか、巫女服姿だった。その周囲を何人もの男女が取り囲んでいた。
皆顔が似ているので、家族かもしれなかった。
清志は、神様が元気そうなのを見てほっとしたが、
「赤と黒の斑模様の蛇だと言っていました」
神様が真剣な表情で言った。
「ヤマカガシだ・・・。当院には血清がない」
医師の顔が曇った。
病室からは、「父さん!父さん!」という悲痛な声が聞こえている。
シーツまで、血が滲んでいた。腕から、全身に紫色の皮下出血(青あざ)が広がっていた。
「血清はどこにありますか?」
清志が聞いた。
「この辺だと、一番近いのは、東京女子医科大学病院だ。あそこなら血清が在庫されている。でも・・・」
「救急搬送しても、夕方の渋滞に巻き込まれる。間に合うかどうか」
「僕が血清を運びます」
一同の視線が、トップ高の制服姿の背の高い少年に集中した。
「僕は、バイクで来ています。若松河田の東京女子医科大学病院ですね」
「清志さん・・・・」神様が縋るように見つめた。
「わかった。僕から電話を入れておく。僕の名刺を持っていきたまえ!」斎藤医師が言った。
「頼む、おとうを助けてくれ、頼む!」農夫の息子なのだろう。中年の男性が清志の両腕を握った。
医師「もうDIC(播種性血管内凝固症候群)が始まりだしている。一刻の猶予もならないんだ」
「お面を被った男が撮りに行くと伝えてください」
清志は、外へ飛び出していった。
◇
清志が、RZ250に跨った瞬間、
神様からラインが来た
「地下1階の総合外来センターに準備されているそうです!」
「了解。すぐ戻る!」
清志は、RZのエンジンを始動させると、甲州街道を目指して走りだした。
もう渋滞が始まっていた。トラックばかりだった。たしかにこれでは救急車は進めない。
清志は、バイクの機動性を生かして、慎重にすり抜けていった。
清志は、これまでの走行経験から、新宿駅周辺の渋滞を徹底的に回避するルートを選択した。
◇
初台交差点を左折して、十二社通りに入ると、右手に、都庁が見えてきた。
北側から新宿駅を迂回して、若松河田の東京女子医大に行くことにした。
青梅街道の複雑な淀橋交差点は、何度か通ったことがある。
ここから新宿事務所通りに入り、新宿駅周辺の渋滞を避ける。
JRの高架の下をくぐれば、ぬけ弁天通りだ。調剤薬局の角の交差点を右折すれば、東京女子医大が見えてきた。
清志は、地下へRZを入れた。
「斎藤クリニックです。ヤマカガシの抗毒血清を受け取りにきました」
待機していた医師が飛び出してきた。
「君がそうか」
清志は、素顔だった。
医師は、聡明そうな、長身の若者を見つめた。
「これを頼む」
医師が取り出したのは、白い小型の保冷ケースだった。
蓋の中央には、赤い十字のマークが描かれている。
「斎藤先生とは、同期だ。よろしく伝えてくれ」
清志はケースを受け取った。
白いケースを背負った。
「必ず間に合わせます」
清志は、再び、RZ250に跨ると、力強くキックしてエンジンを始動させた。
◇
清志は、夕暮れの東京をひた走った。
甲州街道に入ったところで、白バイに止められた。
「そこのヤマハRZ、止まりなさい!」
清志がしかたなく路肩にとまると、白バイ警官は、訳アリだと思ったのだろう。
「何を運んでいる?」と聞いてきた。
清志がケースを見せる。
白地に赤い十字。
白バイ隊員の表情が変わる。
「……緊急輸送か」
「はい。ヤマカガシの抗毒血清です」
「どこまで行く」
「世田谷の砧です。」
清志は、斎藤クリニックの名刺を見せた。
白バイ警官は、早速電話で確認した。
「分かった。ついて来い!」
白ハイは、赤いランプを点滅させると、サイレンを鳴らした。
◇
斎藤クリニックに到着すると、斎藤医師や、神様のみならず、何人もの人々が飛び出してきた。
「これです」清志は、血清を下ろすと、斎藤医師に渡した。
斎藤医師は、なんども頷くと、早速処置室へ入っていった。
清志は外で待っていた。
しばらくして、斎藤医師が出てきた。
「間に合いました」
「ありがとう、ありがとう、おとうを救ってくれた」
息子たちが何度も、清志の手を握りながら、頭を下げた
白バイ警官も、微笑んでいた。
神様は、泣きながら、
「よかった……清志さん、ほんとうに素敵です!」
清志は、うれし涙にあふれた神様の綺麗な瞳と、その言葉だけで、報われた気がした。
◇
数日後。
元気になった源治郎が祠にやってきた。
いつものように、
「こいつはうちで採れた野菜だ」
神様は泣きそうになった。
清志が横で、
「……また持ってきてくれたんですね」
源治郎
「そりゃそうだ。神様に食べてもらわなくちゃな」
神様、
「……ありがとうございます」
源治郎
「にいさん、ほんとにありがとう。にいさんのおかげだ。にいさん、いい男だし、お似合いの二人だ」
神様と、清志は、お互いに一瞬顔をあわすと同時に赤くなった。
源治郎はうれしそうだった。
梅雨明けもそう遠くないと思える梅雨の中休みの空だった。




