第3話:神様を助けろ!(その2)
土曜日の朝、清志がアパートの駐輪場で、愛車のRZ250を磨いていた。
祖父から譲り受けた。彼の一番大切な友人だった。
ピカピカに仕上がったRZ250を眺めながら、竹林を渡る初夏の気持ちのよい風に吹かれていると、祠の鈴がチリン、チリンと鳴った。
振り返ると、あの神様がいた。また巫女服姿だった。
「やあ!」清志がさわやかに挨拶する。彼にしては珍しいくらいの笑顔だった。
神様の顔にも、ぱあっと笑顔が広がる。
「また誰か困っているの?人助け?」
「あの・・・申し上げにくいのですが、ちょっと困っています。宿題を出されて・・・」
「えっ、君が?」
まるで、宿題ができない中学生の女の子だった。
「上司からレポートを求められていて、人間の幸福について、A4一枚にまとめるようにって。来週水曜日が期限です」
「神様も大変なんだね」
「私あんまり世間を知りませんし・・・清志さんは今幸福ですか?」
「うん、すごく幸福だ」
「えっ・・・」ちょと神様の顔が赤くなった。
「このバイクが綺麗になった。とても幸福だ」
神様がずっこけた。
清志の答えは、神様の期待するものとは少々違っていた。
とたんに不機嫌になる神様。
「あなたは、そうやって自己完結型だからいいでしょうけど」
「でも、幸福って人それぞれなんじゃないかな。最大公約数を取るのはむずかしい」
「そのA4一枚っていうのがミソだと思う。幸福を並べ立てるわけにはいかない。そこで考えさせるんだ。それが出題者の意図だと思う」
さすがトップ校の成績上位者である。神様は感心した。
「一緒に考えてくれますか・・・?」無意識の上目使い。
「ここじゃなんだから、カフェにでも行こうよ。川沿いに新しくオープンしたカフェが素敵だよ」
「えっ!」神様が固まった。
「それって・・・」顔がみるみる赤くなった。
「バイクも綺麗になったし。風も気持ちがいいし」
「行きます!絶対に行きます!30分待ってくれますか?着替えてきます」
神様は、竹林の奥に消えていった。神様も巫女服以外に着替えるのだろうか・・・
◇
神界の独身寮に戻った神様は、すごい勢いで、この間買ったばかりのスマホで検索を始めた。
偶然、上司の水波能売命主任が顔を出した。
「熱心ですね」
「この間の課題を調べています」
「また人間界の通信機を買ったのですか」
「便利なんです!」
「神通力を使いなさい」
「通信料の方が安いです」
「何を調べているのです?」
ちらっと、
「デートばえする服」とか、「デートで可愛く見せるためには」とかの文字が見えた。
「あなたが課題に熱心なのは評価しますが・・・」
「すいません、主任、急ぎますので、失礼します」
神様は、独身寮の自室のクローゼットに突進した。
◇
清志が、気持ちよく風に吹かれていると、また祠の鈴がチリン、チリンと鳴った。
祠のところに行くと、ちょっと幼げだが、完璧に可愛い女の子がいた。
白い清楚なブラウスにデニムのミニスカートというコーデが、初夏の緑色の風に映えていた。
「あの・・・おかしくありませんか・・?」
神様が不安そうに聞いた。
「すごく可愛い!見たことないくらいに」清志は正直だった。
神様の顔が真っ赤になってうつむいてしまった。でも、すごくうれしそうだった。
「さあ、行こうか。バイクなら、すぐだよ」
「はい!」
清志がヘルメットを差し出した。
そのまま、二人はタンデムで川沿いを下って行った。
キラキラした初夏の風が気持ちがいい。
川沿いにオープンしたカフェは、輝くばかりに明るく、気持ちのよい風が吹いていた。
二人は、川がよく見えるテラス席に座った。
「何か買ってくる。好きなものをなんでも」
「わたし、紅茶の方がいいかな。アイスティーで」
ほどなくして戻ってきた清志のトレイには、汗のかいたアイスティーと、しっかりとプリンが添えられていた。
「わああ♡」神様が歓声を上げた。
まったくできる男である。これで、女の子に興味がないと思っているのだから、罪である。
「おいしい!」
神様は、本当に幸せそうだった。
清志は、黙ってブラックのコーヒーをあわててすすった。
特定の女の子の笑顔を独り占めしたいと初めて思ったのだった。
「みなさん、ほんとに幸福そうですね。これをわたしに見せたかったのですね」
「情けは人のためならず、っていうことわざの本当の意味は、自分のためにな
るから、という意味だって」
うんうん、とうなずく神様。
「ちょっぴり分かった気がする。人助けというより、自分を助けているんだと
いうことが」
清志は、神様のきらきらした瞳を見つめていった。
「僕は、将来もっと人の役にたてるようになりたい。だからもっと勉強する」
「素敵です。清志さん。私も皆さんが幸せになれるように頑張ります!」
新緑を映した河面を眺めながら、おしゃれなカフェでの高尚な誓いである。
若いということは何と素晴らしいことか。(皮肉である)
そもそも、不幸な人は、こんなところには来ないのである。
それから、二人は、たわいもないことを延々とおしゃべりした。
清志は、夢を語り、神様が可愛く頷く。神様は商売柄、聞き上手であった。
神様は、ずっとひとりでいろいろなことをこなしてきた。清志も同じだった。
実は、お互いにそっくりだと気が付き始めていた。
おしゃべりに夢中になりすぎて、気が付いたら、陽射しが傾いていた。
清志も神様もこんなに、他人と話をしたことがなかった。
いや、もう他人ではないのかもしれないが・・・
そして、清志は、祠のところまで神様を送り、名残惜しそうにそれぞれの世界に帰っていった。
◇
そして、夜。
「わすれてたぁああ!」
今日の楽しかったカフェの時間をそれぞれ思い出していた二人はほぼ同時に叫んだ。
若い二人は、神様の上司からの課題を議論するのをすっかり忘れてしまっていた。
それを神界の自席から見ていた水波能売命主任がまたため息をついた。
「まったく、あなた自身が幸福になってもしょうがないでしょ・・・」
でも、少しだけうらやましかった。
彼女も経験があったのだ。ずっと昔に・・・




