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第2話:神様を助けろ!(その1)

挿絵(By みてみん)


西城清志は、人生で困ったことなど一度もなかった。


有数の進学校。成績は常に学年トップクラス。


空手は黒帯。身長百八十二センチ。


誰もが認めるイケメン。


周囲から見れば欠点のない高校生だったが、彼は寂しかった。


なんでも自分ひとりでできてしまうのだ。


彼は他人を必要としていなかった。


祖父から譲り受けたビンテージバイク ヤマハRZ250が一番の友達だったのだ。


彼は、訳あって、実家を出て、高校の近くで独り暮らしをしていた。


彼の部屋は、無駄がなかった。


多くの本と、凝ったオーディオシステム一式。好きなレコード。JAZZ、クラッシック、AOR、ブルース。


それから、ビンテージのギブソンのアコースティックギターが一本


棚には、バイクで、旅に出るときのデグナーの皮バッグ。


バイクのストックのパーツが少々。


それにベッドがあるだけだった。


キッチンには、ルイ・ヴィトンのトラベル用の食器セットと、コーヒーのドリッパー、多くの包丁や、大小様々なフライパン。


小型のダッチオーブンまであった。彼は、その年齢ですでに、出来合いの総菜が嫌いで、マメに料理をしていた。


女性いらずである。


二方向に窓があるこの部屋には、近くの竹藪から気持ちのよい風が吹き抜ける。


彼は、このアパートの2階の角部屋が気に入っていた。


彼の実家の大きな屋敷よりもよっぽど快適だった。


でも、ひとつだけ気になることがあった。


窓の外に見える古びた祠が、気になった。


かつて竹藪の奥には、小さな社があったらしい。


いつ建てられたのかは誰も知らない。


境内はなくなり、鳥居は倒れ、最後に残ったのは小さな祠だけだった。


「……崩れた屋根。傾いた柱。視界に入るたび、気の毒に思った。あのさみしい祠が」


彼は、気の毒なもの、可愛そうなもの、弱いものを見ると放っておけない性質だった。


清志は眉をひそめ、窓枠を指で叩いた。


「……可哀そうだ。直してあげよう」


◇


早起きした春の朝、彼は登校前に作業着へ着替えた。


手際よく工具を取り出し、竹藪へ足を踏み入れる。


腐った木材を削り落とし、釘を打ち直し、溜まった落ち葉を掃き清めた。


わずか一時間で、祠は見違えるほど綺麗に修繕された。


「仕上げだ お供えしよう」


清志はポケットから、冷蔵庫の奥で賞味期限の切れていたプリンを取り出した。


壊れた祠の前にプリンを置く。


もう食べるつもりがなかったからだ。


◇


その日の放課後、アパートに戻った清志は竹藪へ向かった。


お供えしたはずのプリンは、カップごと姿を消していた。


「……カラスかな? だがゴミひとつ残さず回収するの?」


清志は腕を組み、消えたお供え物の跡を見つめた。


◇


翌日の放課後、清志は洋菓子店で買い求めたプリンを祠へ置いた。


そのまま近くの竹の陰に身を潜め、じっと観察を続ける。


十数分後、人の気配がまったく無いにもかかわらず、プリンが無くなった。


「……そこか」


清志は足音を殺し、祠の裏側へと回り込んだ。


そこには巫女装束を纏った、中学生くらいの少女がしゃがみ込んでいた。


少女はつぶらな瞳を輝かせ、幸せそうにスプーンでプリンを頬張っている。


挿絵(By みてみん)


「君っ!」


「はぐっ!? ひ、ひゃい!?」


清志が低く声をかけると、少女は跳ね上がって振り返った。


少女はプリンを食べる手を止めた。


「……私に?」


「他に誰がいるの」


少女はもう一度、プリンを見た。


「……そっか」


口の端にクリームをつけたまま、少女は気まずそうに頬をポッと赤く染めた。


「君は誰?」


少女は胸を張った。


「神様です」


「そうなんだ・・・」


「信じていませんね?」


「・・・・」


「ですよねぇ・・・」


「私はこの祠に祀られし神、鈴乃比売命です!」


清志、「えっ、鈴音ちゃん?」


「正式には鈴乃比売命です!」


清志「やっぱり鈴音ちゃんだね」


「うぐぐ……!いきなり下の名でちゃん付けですか 」


神様はぷくっと頬を膨らませ、清志をジト目で見上げた。


「僕は、西城清志。高校2年。そこのアパートの角部屋の住人だ。」


「清志さん・・・私も下の名で呼んじゃいますね。おあいこです」


神様がほほ笑んだ。不覚にも笑顔が可愛いと思ってしまった。


でも、すぐに寂しそうに、


「どうせ私なんか、参拝客ゼロ。賽銭ゼロ。信仰ゼロのダメダメな神様見習いですよ!」


清志は、この娘の投げやりで卑屈な態度が気になった。


「もう、だから、このままでは試用期間が終わったら、また神使に逆戻りしかねない状況なんです」


鈴乃比売命は、ダメな女神だった。大卒のインテリで、幹部候補生なのだが、女神の重要なタスクである、縁結びが壊滅的に下手なのだ。


まあ、ろくに男の子と口をきいたこともないような娘に縁結びがうまくできるはずもないのだが。


人の気持ちがわからないと困っていた。


休日は、もっぱら神界の独身寮で、人間の少女漫画や、定番の文学作品を読むのが日課だった。


上司である神界の主任、水波能売命(ミズハノメノミコト)にいつも怒られていた。


例えば、あるとき、奥手の娘が、「彼に振り向いてほしい」


とお願いをした。


神様は神通力を使って、彼の視線を強制的に彼女へ向けた。


彼、「……?」


娘、「えっ?」


彼、「なんか、首が勝手に……」


神様、「成功です!」


主任、「それは縁結びじゃなくて呪いです」


またある時、漫画で読んだ恋愛に、「吊り橋効果。危険な状況では男女の恋愛感情が高まる」と書いてあった。


「なるほど!」と神様は納得した。


初デートの二人が公園で会うことにした。


突然、神通力で鳩を大量発生させた。


バサバサバサッ!


女の子、


「きゃあああ!」


男の子、


「うわあああ!」


二人とも逃げまどった。


神様、


「……効果がありませんでした」


主任、


「あなた、何をやったの?」


すべてが黒歴史だった。縁結び以外は、仕事ができる神なのだ。


うつむいている神様の顔が曇った。辛いのだろう、今にも泣きそうだった。


清志は、この可愛らしい神様が気の毒になった。


「大丈夫!未来は変えられる!現状を分析して、一緒に対策を考えよう」


清志が力強く言った。


「えっ?」


神様にとっては、いきなり竹林に爽やかな風が吹き抜け、陽光が差したような言葉だった。


神様が男の子を見上げた。随分背が高い。そして、困ったことにイケメンが優しい目をしてほほ笑んでいる。


「一緒に・・・考えてくれますか?」神様は、上目遣いに清志を見上げた。顔が赤かった。


「君は、縁結びが苦手なんだよね」


「ええ、女神の最重要のタスクなんですが、実はまったくわかりません。経験がないので・・・」


「僕も、何度か大仰に告白されたけど、なんかピンとこなくて」


「えっ、そうなんですか」


「僕も苦手なんだよね。正直言うと、女の子と話すのが」


「わたしも、同じです。男性とどう話していいか?いつも困っています」


「一時期は、『The Catcher in the Rye』のホールデンみたいな話し方をまねたこともあったんだ」


「あっ、サリンジャーですね。わたしも読みました。ライ麦畑は子供の世界、崖の下は大人の世界なんですよね。 ホールデン君はその子供と大人の丁度境界にいるんですよね」


「そうなんだ。ホールデンは、大人の世界を危険でインチキな世界と思っていて、小さいこども達をそんな世界から守りたいんだよ。僕はそう思っている」


「私もそう思いました。だから、彼の態度は単なる反抗でも、ふてくされているわけでもないんだと理解しました」


あなたたち、異性と話すのが苦手とか言っていませんでしたっけ?と作者自身が突っ込みたくなるような会話の盛り上がりである。


「人間関係と思想の普遍性を物語に昇華したのが文学だと思う。僕は、その普遍性にいつも感心するけど、実際の人間関係は、例外処理のほうが多い」


「僕も、君も、その例外処理が苦手なだけじゃないかな?」


神様は、ふんふん、と頷いた。


「だから、例外処理をできるだけ、通常状態に戻してやるんだ。それが、縁結びにも、人助けにもつながると思う。人が困るのは、単純にイレギュラーなことがほとんどだと思う」


「なるほど!」神様の顔がぱあっと明るくなった。 清志もうれしかった。


「あの、10月に出雲で、神議り(かみはかり)という神界の幹部会がありまして、そこで査定会議があるんです。その昇進審査の基準が善行ポイントというポイント制でして」


「厳しいんだね。人間の成績表と同じだね。内申書みたい」


「わたし、今、初位という、いわば神様見習いなんです。これをクリアすれば、従六位下になって神様になれるのです」


神様(見習い)は、大きな瞳をキラキラさせて言った。綺麗な瞳だった。ずっとそれに向けて努力してきたのだろう。


「わかった。僕も協力する。君がちゃんとした神様になれるように!」


なんでそんなことを言ったのか、清志も自分自身で驚いていた。


本当は、可哀想な(だが可愛い)女の子に何より弱いのかもしれなかった。


「君ができないこと、手にあまることを僕が助ける。お助けマンだ」


「本当ですか!」


神様の瞳が大きく見開かれ、笑顔が弾けた。


「だけど、縁結びは、僕も苦手だから」


「そこだけは、あなたには、お願いしたくありません・・かな」なぜか神様が目をそらせた。


「どうやって連絡してくれる?神通力?」


「祠の鈴を鳴らします。それから・・・」


神様は、スマホを取り出した。


「要件は、ラインで送りますから」


「スマホを持っている神様はじめてみた」


「神通力よりも通信料のほうが安いんです」


「僕は、ライン嫌いだけど、一応もっている」


二人はラインを交換した。


スマホに「西城清志」と出ると、神様は「キャ♡」っと、とても嬉しそうだった。


「これ」


清志は、近くのパティシエの店で買ってきたプリンを箱から取り出した。


「もうひとつあるからあげる」


神様の目がうるうるしてきた。


うれしそうな女の子の顔を見るのはいいもんだ。(しかも可愛い)


◇


暗い部屋。スピーカーから流れるJAZZバラード。


ジーンズ姿で黒いタンクトップ姿の長身、イケメンの男の子。


清志だった。


清志は押し入れから古いお面を取り出した。


小さい頃、祖父から、


ヒーローショーで買ってもらったお面だった。


じっと、ダサいヒーローのお面を見つめる。


そして、お面を被る。


彼はお助けマンになった。


たったひとりの女の子のためにーー。



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